第4章23話 文化祭最終日⑥
お待たせしまくりで申し訳ないです。
さて、色々あったけれど片付けも終了した。机や椅子が戻された教室を見ていると、先程まで文化祭が行われていたなんて想像しがたい。それでもやりきった実感があることも確かで、ほんの少し寂しさも感じてしまう。
そんな僕たちのテンションを元に戻す方法はこれしかない。
「えっと……皆さんも知っていると思いますが、打ち上げの件について話したいと思います」
「「「「よっしゃー!」」」」
「「「「いぇーーい!」」」」
「……静粛にして下さい」
言っても無駄だと理解しているだろうに委員長らしい発言をする桔梗。でもその桔梗でさえも少し浮き足立っているように見えた。
それもそうだろう。学校行事と打ち上げは切っても切れない関係があるんだから。無事に帰るまでが遠足と教師が言うように、学生にとっては打ち上げが終わるまでが文化祭なんだ。
ただ、今回に限っては──
「今夜の打ち上げに参加できないという人は挙手をお願いします」
桔梗がそう言うと同時、僕と姫乃は揃って手を挙げた。どうやら行かないのは僕たち2人だけらしく、周りの視線を集める結果となった。
「了解です。他にはいませんか?」
念の為、というように桔梗が確認するが、もちろん手を挙げる生徒はいない。何となく申し訳ない気持ちになるが、こればかりは仕方がない。だってこの後にお泊まり会が待っているのだから。
「連絡は以上です。先生からは何かありますか?」
先生はちゃんと生徒のことを理解してくれているようで、連絡事項は何もないというように右手をヒラヒラと振った。
「それでは解散してください。打ち上げの連絡はクラスのグループに送るので忘れないようにしてください」
桔梗のその言葉が終わると、教室の空気は2つに分断される。教室に残って僅かに残る文化祭の余韻を楽しむグループと、帰って娯楽施設に遊びに行くグループだ。この相反するグループが再び1つになるというんだから、打ち上げというイベントがどれほど強大な魅力を持つのかは言わずと知れたところだろう。
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どちらのグループにも属していない僕と姫乃が教室を出ようとすると、大悟以下8人に行く手を塞がれた。まさに八方塞がりというやつだ(上手い)。
「……帰らせてくれよ」
「打ち上げ来ない理由を教えてくれたらな」
「言う必要ある?」
「少なくとも俺らは納得してねえからな。気づいてないと思うけど、1番の立役者はお前だからな」
「………………は?」
僕が立役者? 何も言わずに数日学校を休んで迷惑をかけた覚えしかないんだけど、一体どういうことだ? その答えは桔梗が教えてくれた。
「まず焼きそばの発案者は君です。それだけではなく調理担当、調理指導など、君がいなければ成功はなかったと思います」
「いや、別に僕が──」
僕がやらなくても別の誰かがやっただろうし、僕の口から出かけたそんな言葉を大悟が遮った。
「たしかにお前がいなくても誰かがやっただろうな。でも、この文化祭で実際にやったのはお前だろ?」
「だとしても迷惑をかけたことに変わりはないし……」
「お前は自分を卑下しすぎだ。俺たちはあれを迷惑だなんて思ってない」
大悟の力強い言葉に、残りの7人も首を縦に振った。何故か姫乃まで頷いている。
「大悟…………」
「もともと打ち上げはお前への慰労会も兼ねてたんだよ。だから主役のお前が来れない理由を教えて欲しくてな」
ここまで言われてやっぱり理由は言えませんなんて、口が裂けても言えない。しかし、姫乃が泊まりに来るなんて馬鹿正直に答えられるはずもなく、どう答えるのが正解なのか頭をフル回転させる。
次の瞬間、僕の心配をぶち壊す言葉が姫乃の口から発せられた。
「ごめん、今日環くんの家に泊まるんだ」
「「「「「「「「…………はぁ!?」」」」」」」」
姫乃、いくら何でも正直すぎるよ。
「おい環、どういうことだ?」
「どうもこうも……姫乃の答えが全てだよ」
「親の許可は……ってお前ら一人暮らしだったか」
「そういうこと。じゃあまた来週」
「待てまだ話は……おーい」
大悟たちに追及されるのは火を見るより明らかだったので、その前に逃げ出した。追いかけて来ないということは、何だかんだ気遣ってくれているんだろう。こういうところは本当にありがたい。
「じゃあ帰ろっか」
「うん!」
2人で並んで通学路を歩く。手を繋ぎ、指を絡め、いわゆる“恋人繋ぎ”の状態でゆっくり歩く。文化祭も終わり、漸く訪れた平穏な日常を噛みしめるように、ゆっくりと落ち着いて歩く。
「環くん」
「どうしたの?」
「夜ご飯、何食べる?」
「まだ考えてなかったな……」
何を作ろうか考えていると、姫乃が袖を引っ張ってきた。何か食べたいものがあるんだろうか。
「何か食べたいものある?」
「焼きそば以外!」
「ん、わかった」
今夜は何を食べようか、なんて別に今考えることでもない。きっと家に着く頃には頭に浮かんでくるはずだ。作るのが面倒だったらファミレスに行くのもいいかもしれない。そんなことを思いながら僕は少し歩みを早めた。少しでも長く姫乃と落ち着けるように。
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「ただいま」
「ただいまー」
自分の家ではないのに「ただいま」と言ってくれる姫乃がどうしようもなく愛おしい。絹のような手触りの髪を梳くように撫でれば、蕩けた表情の姫乃が上目遣いで僕を見てきた。
「環くん」
「ん?」
「ただいま」
「さっき言わなかった?」
「あれはこのお家に言ったの。これは環くんに」
何とも可愛いことを言ってくれる。そういうことならと、僕も姫乃に「おかえり」と返す。姫乃はへにゃりと笑って僕の腕に抱きついてきた。色々と柔らかいしいい匂いがする。
「着替えてくるね……ってどこで着替えればいい?」
「そっか、まだ言ってなかったよね」
父さんを泊めた時に使っていた部屋が空いているはずだけど、何となくその部屋を姫乃に貸す気にはなれなかった。父さんには悪いけど、昨日の今日で布団もまだ洗えていないから臭いも残っているだろう。その部屋はぼくが使えばいいし、僕が使えばいいし、姫乃には僕の寝室を使ってもらおう。
「姫乃は僕の部屋を使って」
「環くんは?」
「僕は別にどこでも寝れるよ」
そう答えると、姫乃はわかりやすく頬を膨らませた。何か失言でもしてしまったのだろうか。そんな僕に姫乃は拗ねたような声で言った。
「────たい」
「どうしたの?」
囁くように小さな声だったから聞き取れなかった。聞き返すと、姫乃は顔を赤くしてもう一度言った。
「環くんと一緒にいたい」
「…………っ」
姫乃は決して変な思いでそんな発言をしない、というか僕にもそんなつもりはない。それほどまでに信用されているということがひしひしと伝わり嬉しくなる一方で、もう少し警戒心を持って欲しいという思いもある。
それでもやっぱり嬉しくて、こんな日々がずっと続けばいいのにと思わずにはいられなかった。
第4章はこれにて終了。
次回からお泊まり会の第5章が始まります。果たして環くんは理性を保てるのだろうか。