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あの場所でもう一度君と  作者: ましゅ
4章 文化祭
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第4章21話 文化祭最終日④

文化祭書いてると学校行きたくなる(私情)。

 稲村先輩のクラスの“女装メイド喫茶”に入店して数分。僕は早くもこの店に入ったことを後悔し始めていた。

 その名に相応しいファンシーな内装、それだけならまだいい。だが、今僕たちの前にはメイドという言葉の意味を考え直してしまう程にイカついメイドが立ちはだかっている。これで喜ぶのはよっぽどの物好きだろう。


「ご主人様、ご注文はお決まりでしょうか」


 特にイカつい体躯の先輩(自称:ラグビー部()()()()()())にそう言われ、姫乃と陽向が僕にしがみついてきた。普段なら羨ましがられる光景なんだろうけど、シチュエーションがこれだから…………何と言うか、虚しい。


「えっと……紅茶を3つで」

「畏まりましたー。“誘惑のハーブティー”3つ、注文頂きましたァ!」

「「「ありがとうございまぁす♥」」」


 もうヤダ。今すぐ逃げ出したい。お金は置いていくから、マジで逃げさせて下さい。ていうか何その商品名、僕たちを誘惑して何するつもりなんですか? そんな風に教室の隅の席で震えていると、稲村先輩が申し訳なさそうな顔で寄ってきた。


「その……済まない。まさかこんな雰囲気になるとは」

「一応聞きますけど、女子の先輩方は?」

「化粧を施すだけ施して逃げていったよ。『コレは無理!』という捨て台詞を吐いてね」

「は、はぁ……」


 女装してメイドのコスプレをした先輩より、女子の方が数倍恐ろしく思えてきた。先輩たち、不憫だ。


「彼女もね、入店したはいいけれどすぐに出て行ったよ。若干、いや、かなり顔を引き攣らせて『頑張ってね』だとさ。これは嫌われたかなぁ」


 悲しそうにそう呟いて天を仰いだ稲村先輩。かなりのイケメンだからそれだけで画になる──女装さえ、していなければ。それでもさすがと言うべきか、稲村先輩は笑みを浮かべて言った。


「だが、紅茶やコーヒーに至っては問題はないと自負しているよ。何せ、このクラスには喫茶店の息子がいるからね」


 稲村先輩曰く、その先輩はずっと調理のシフトに入っている代わりに女装&コスプレを免除されたそうだ。その他にも料理ができる人は色々な特権を与えられているらしい。


「料理ができたらなぁ」


 しみじみと、そう愚痴をこぼした先輩。僕が料理できることは絶対秘密にしておこう、そう決めたのに──すぐにその決意が無駄になった。


「た、環くん……料理できるよね」

「確かに。美味しかった」

「…………………………」

「何だと!?」


 姫乃、陽向……そう言ってくれるのは嬉しいよ。嬉しいんだけど、時と場所と状況を考えて欲しかったなぁ。


△▲△▲△▲△▲△▲


 2人が口を滑らせた後、僕は稲村先輩に追及──もとい尋問されていた。厚化粧のメイド先輩(♂)に詰め寄られるとか、尋問レベルじゃない。こんなの拷問だ。


「柏木くん、料理ができるとは本当か?」

「まぁ……人並みには」

「環くん謙遜しすぎー。私より上手じゃん」

「──と言われているが?」


 陽向てめぇ! 自分に会話の矛先が向かないからって好き放題言いやがって! 親友ってそういうものじゃないだろうが!

 ていうか稲村先輩。マジで近いです、もう少し離れては貰えませんかね。その……姫乃が怯えているので。


「柏木くん、君に頼みがある」

「はぁ………………はい!?」

「料理を、教えて下さい」

「いや、あの……先輩受験生ですよね!?」


 そうだ、先輩は受験生なんだ。こんな言葉は一時の気の迷いに過ぎないはずだ。現実をつきつければ諦めてくれるはずだ。そう思っていたのに…………。


「問題ないさ、自分に合ったレベルの大学を選んでいるからね。模試では毎回A判定だよ」

「そーですかー」


 神様、どうして逃げ場を与えてくれないんですか。

 もう言葉に感情を込めることすら億劫になって、つい棒読みで返してしまった。


「それでもダメだろうか」


 ズイっと音がしそうなほど机から身を乗り出して頼んでくる稲村先輩。本当に、初日のお化け屋敷よりもホラーだった。もう、なるようになれ。


「……………………わかりました。その代わり浪人しても責任は負いませんよ?」

「ありがとう! これで唯月に文句を言われずに済む……」

「色々抱えてるんですね」


 そのセリフだけで、稲村先輩が苦労していることが伝わってきた。もう少しだけ優しく接することにしようと密かに決意した。


「とりあえず連絡先の交換をしたいんですけど、今って仕事中ですよね」

「あぁ。だから今日が終わったら君のクラスに行くよ」

「いいんですか? だいぶ離れてますけど」

「気にしなくていい、教えを乞う立場だから当然だ」

「わかりました」


 と、そんな会話をしている時に突然横槍が入った。


「ご主人様、ご注文の品です」

「……あ、ありがとうございます」


 極力視界に入れないように努めていたんだけどなぁ。どうしても見なければいけないのか。ふいっと目を逸らすと、同じように目を逸らした姫乃と目が合った。もはや死んだ魚の目と言っても過言ではない程に虚ろな瞳だった。

 でも1つ言わせて欲しい。姫乃、自分で言い出したことだからね。


「最後に美味しくなるおまじないをかけますねー♥」


 その言葉が聞こえた途端、嫌な予感がした。美味しくなるおまじない? いやいや、飲めなくする呪いの間違いじゃなくて? そしてその予感は的中することになる。僕は知らないけれど、風の噂で聞いたことがある。実際のメイド喫茶でもこんなサービスをしてくれるらしい、と。


「美味しくなーれ♥♥」


 うん、見なければよかった。メイド(♂)が胸の前で手でハートを作り、前後に動かしている。何の罰ゲームを受けているんだろう。

 ちなみに稲村先輩は「サボってんじゃねーよ、覚悟決めろや」と言われて引きずられて行った。「ではごゆっくりどうぞー」と言われたけれど、申し訳ないです、これを飲んだらすぐに出ていくつもりです。

 飲む覚悟を決めるのに数分要したのはここだけの話だ。


 可愛らしい細工が施されたカップ(どこで調達したんだろう)に淹れられた紅茶は、目を瞑ってしまえば何てことないただの紅茶だった。喫茶店の息子が調理していると言われた通り、確かに美味しかった。僕でもこの味は出せないだろうな。それにしても、結局誘惑って何だったんだろうか。


 そして、何という悲劇だろう。店を出るために立ち上がるのにも勇気が必要で、余計に時間がかかってしまったために、この“女装メイド喫茶”が僕たちが訪れた最後の店になってしまった。

 姫乃と陽向は、教室に戻っても暫くは死んだ目のままだった。

次回と次々回で文化祭終わらせる予定です。あくまでも予定ですので幾らか前後はするかと思われます。

それが終わればお楽しみのお泊まり会じゃー!

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