第4章20話 文化祭最終日③
文化祭もそろそろ終わりかなぁ。
ライブが終了し体育館から人が出ていく中で、僕はまだ動くことができなかった。そんな僕の腕を引っ張って、姫乃と陽向はほぼ無理やり僕を体育館の外に連れ出した。
「環くん、なんか変だよ?」
「どうしたの?」
「…………ごめん、ちょっと待ってて」
「「えぇっ!?」」
驚く2人をよそに僕は走った。目的はただ1つ。そのために、体育館から出てきた彼らの前で立ち止まる。
「小栗先輩!」
「ん、あぁ、柏木くん」
「ライブ、凄かったです」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいな」
体育館から出てきたばかりでこんなことを言うのは不躾かもしれない。だけど、僕の心は『今しかない』と叫んでいた。
「あの……」
「…………?」
「僕も、メンバーに入れて下さい! お願いします!」
小栗先輩は、いや、先輩だけじゃない。伊織も、大樹もきょとんとした目で僕を見つめてきた。少し先走りすぎたのかと思って説明しようとすると、3人は急に笑みを浮かべて口々に叫んだ。
「本当か!? ありがとう!」
「よっしゃ!」
「文化祭の力ってすげーな」
3人でひとしきり盛り上がってから、代表して小栗先輩が言った。
「えっと……いきなりなんだけど、柏木くんは何か楽器は──」
そう心配そうに尋ねてきたけれど、それに関しては大丈夫だ。だから僕は自信を持って、こう言った。
「小さい頃にピアノを習ってました。今でも弾けるので、何か力にはなれるかと思います」
「…………マジで?」
「はい、マジです」
まだ母さんが生きていた頃、やっておいて損はないと、母さんが教えてくれた。懐かしさに思いを馳せていると、目の前で突然3人が一斉にガッツポーズをしたので、思わず面食らってしまった。
「柏木くん、最高だよ!」
「キーボードできるやつが誰もいなくてさ」
「超助かる!」
急に大声を上げたので、周りの人が驚いたように振り返った。それで少し落ち着いたのか、ボリュームを下げて小栗先輩は言った。
「改めて、歓迎するよ柏木くん。これからよろしくな」
「…………っ! はいっ!」
こうして僕も、Rebellionの一員となった。
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「まぁ文化祭はまだ少しだけ続くし、楽しもうか。詳しい話はまた今度しようか」
「「「はい!」」」
「んじゃ今日はこれで解散」
「「お疲れっした!」」
最後に小栗先輩がそう締めてこの場は解散となった。先輩と篠田はこの後それぞれ彼女とデートする予定があるようで、残っているのは僕と伊織だけだ。
「それにしても、伊織がバンドやってたなんて驚いたよ」
「小栗さんは中学も一緒だったんだよ。結構仲良くしてもらっててさ、高校一緒だったらバンドやろうって声かけてもらってたんだ」
「なるほどね」
僕には仲のいい先輩なんていなかったから少しだけ伊織が羨ましくなった。すると、伊織が僕の後ろを気にかけ始めた。何をしたいのかわからず思わず首を傾げると、伊織は心配そうに尋ねてきた。
「姫乃さんはいいのか?」
「あー……今日は陽向に取られた」
「……? あのな、非常に言いづらいんだけど」
「何だよ」
「さっきからその2人がお前を見てるぞ」
「は?」
振り返ると、姫乃と陽向はジト目で僕を睨んでいた。まずい、これは機嫌が悪くなってるやつだ。伊織が気を利かせて「行けよ」と言ってくれたので、少し歩みを速めて2人のもとへ向かった。
「遅ーい」という言葉で迎えられてひたすら謝る。その結果、ペットボトルジュース1本ずつ奢るという条件で和解が成立した。…………成立したんだけど、解せない。
「ほらほらー、環くん早く」
「いや、どこ行くのさ」
「何か女装メイド喫茶やってるクラスがあるみたい。面白そうじゃない?」
「嫌な予感しかしないんだけど」
この学校、本当に自由すぎるだろ。だから毎年倍率が高いんだろうけど、さすがに予想以上だった。女装メイド喫茶に行った後、姫乃たちに言われそうなことを色々考えながら2人の後について行った。
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女装メイド喫茶は3年生の出し物だった。カップル限定のゲーム然り、メイド喫茶然り、やっぱり高校生活最後だから、という思いが込められているんだろうな。それなのに、引くぐらい空いていた。おそるおそる扉を開けると、いきなり野太い声に迎えられた。
「「「いらっしゃいませ、ご主人様!」」」
「うわっ!?」
「きゃ!」
うん、怖い。
条件反射で扉を閉めようとするると、焦ったように内側から足を挟んできて阻止された。
「いやいや、普通ここで閉めるか!?」
「すみません。身の危険を感じたので、つい」
「ウチはそんなヤバい店じゃないんだが……」
そう言って大きなため息をついた先輩。その先輩の声なんだけど、どこかで聞いた気がしてならない。そんなことを考えていると、逆に先輩から声をかけてもらえた。
「えっと……柏木環くん、だっけ?」
「……稲村先輩ですよね?」
メイド服+厚化粧で一瞬誰かわからなかったけれど、僕のことを知っている3年生の先輩なんて限られている。ほぼ確信しながら尋ねると、途端に稲村先輩は顔をほころばせた。普通に不気味だ。
「良かった、気づいてくれるか……」
「え?」
「いや、誰も気づいてくれなくて……というかそもそも人が来ないんだよ」
その理由は考えればすぐにわかる。稲村先輩も薄々勘づいてるようで、諦めたようにため息をついていた。
「俺のシフトになって唯一来てくれたのは彼女くらいだよ」
何というか、すごく憐れだ。というか彼女さん、1人でこの中に入ったとか何気に勇気があるな。
「…………とりあえず入っていいですか?」
「入ってくれるか!? あ、でも……」
「何ですか?」
「同行者は入ってくれそうにないな」
「え?」
そういえば姫乃たち、何も言わないな。そう思って振り返ると、廊下の壁まで退いて震えている姫乃と陽向と目が合った。その目は「本当に入るの?」と必死に訴えかけていた。
うん、気持ちはわかるよ。わかるけど、そこまですることはないんじゃないかな。稲村先輩が泣きそうになっていた。
実際女装メイド喫茶なんてあったら、「入りたい」なんて思うのかな……