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あの場所でもう一度君と  作者: ましゅ
1章 出会いの1学期
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第1章1話 環と姫乃

初めての投稿です。

拙い文章ですが、楽しんで頂けると幸いです。

よろしくお願いします。

 今思えば、彼女との出会いは奇跡だったのかもしれない。

 彼女と過ごす日々を重ねる度にそう思うようになっていた。




 僕は柏木環(かしわぎたまき)、十七歳の高校二年生。県内の公立高校に通っている。

 諸事情により現在一人暮らし。ぶっちゃけると陰キャ。

 性格暗いし、前髪も長い。

 そんな僕と彼女──結城姫乃(ゆうきひめの)との出会いは一年前に遡る。


「何してんの?」


 六月下旬のジメジメとした昼下がり。

 その日の全ての授業(幸い午前授業だった)を終え、帰りに公園に寄った僕。目の前の光景を見た僕が絞り出せたのはその一言だけだった。

 僕の住む町にはそこそこ有名な公園があり、何故か石垣が作られている。噂によると明治時代からの遺産だというが、真偽の程は定かじゃない。

 それでも丈夫で崩れることもないので、よく近所の人達がボルダリングの壁替わりに使っているのを目にする。

 そこまではいいのだが、今僕の目の前にはその石垣に掴まり必死に震えている一人の女子──結城姫乃がいた。クラスでも人気ランキングのトップに君臨しているはずの彼女は、情けない姿を見られても振り返ることもせずに答えた。ただし、声は震えていた。


「その声、環くんだよね。あの、助けてくれない?」


 クラスの人気者に名前を覚えられていたことに妙な感動を覚えると同時、『助けて』という簡単な一言で今の状況を大体把握した。

 おそらく、というかほぼ確実に下りられなくなっているんだろう。

 何故こんなことになっているのか聞きたいことは山ほどあったけれど、続く結城の言葉で思考を中断せざるを得なかった。


「やば、そろそろ限界……」


 溜息をついて石垣に近づく。

 さすがにここで見捨てるほど鬼ではない。

 近づきすぎると、現役女子高生らしいスカート丈のせいで際どい状況になってしまうから適度な間隔は残したままだけど。そこで結城を見ると確かに手がプルプルと震えていた。近くに使えそうなものは何もない。天候のせいもあってか、人通りも皆無なので誰かに助けを求めることも出来ない。となると、僕が取れる行動は限られてしまうわけで


「じゃあ受け止めるから飛び下りて」


 そう、飛び下りる彼女を受け止めるくらいのことしか出来ない。しかしこの言葉を聞いた結城の反応は驚き九割呆れ一割くらいのものだった。


「飛び降りる?この高さを!?」


 『この高さ』と言うけど、実際には五メートルもないくらいだ。僕は簡単に出来るだろうと思ったけれど、案外男女では高さの感覚に差があるのかもしれない。でもいつまでもつかまっていられるわけでないことは結城も理解しているようで諦めたように呟いた。


「もし落としたら呪うからね!」

「ハイハイ」


 適当にあしらってから早く飛び下りるように促す。お互いの声が重なった。


「「せーの」」


 果たして結城は飛び下りたわけだが、なんと空中で反転することもなく前を向いたまま飛び下りてきた。危うく受け止め損ねてしまうところだった。ギリギリのところでバランスを崩すことなく受け止める。そのまま体勢を立て直したんだけど、何だろう、結城の様子がおかしい。


「結城さん?どこか痛めた?」


 その問いに対して、結城は顔を真っ赤に染めながらこう答えた。


「あの、えっと……触れてるんだけど」


 何に触れているんだ、そんな疑問を浮かべながら手元を確認する。

 すると、僕の両手は結城の小さく華奢な身体の、それとなく存在をアピールしている柔らかそうな凸凹、つまりは胸に置かれていた。

やってしまった。瞬時にそう思ったけれど時すでに遅し。起こってしまったことは覆しようがない。せめてもと、今自分が出せる最高の速度で手を離すが、その勢いにバランスを崩して尻もちをついてしまった。情けない。


「……その、ごめん」

「いや、まぁ不可抗力でしょ、環くんが気にすることじゃないよ」


 素直に謝った僕に結城はそう言ってくれたけれど、真っ赤な顔を見ていると相当恥ずかしかったということが如実に伝わってきて居たたまれなくなる。無言の時間が続いたけれど、暫く経ってから結城が口を開いた。


「環くん、助けてくれてありがとう」

「別にお礼なんていいよ。目の前で怪我されるのが嫌だっただけだし」

「……あっそう」

「それよりも──」


 そう、結果的に助けることが出来たのはよかった。でも何故あんな所に掴まっていたのか、それが聞きたい。あまりにも馬鹿げた理由だとこっちとしても何か変な気持ちになりそうだったけれど、知らないよりはマシだろう。そう思って結城に尋ねた。


「あぁ、それは──」


 結城が言ったことを簡潔にまとめると以下のような内容だった。

・子猫が石垣に引っ掛かって震えていた。

・助けようと思い石垣に登る。

・突然のことに驚いた猫は石垣から飛び下りた。

・結構な高さがあることに気づき、動けなくなってしまった。

 なんとも言いようがない、優しさとも間抜けとも取れる行動だった。それなりに筋も通っていたので信じるけれど、今後はもっと周りの状況を確認して欲しいものだ。


「なるほどね。まぁ気をつけてよ?」


 僕はこれ以上深く関わるつもりもなかったのでそれだけ言って結城に背を向けた。結城がまだ何か言いたそうな顔をしていたけれど、それも無視して帰路につく。結構時間を取られてしまった、そんなことを考えながら歩いていると突然後ろから小さな悲鳴が聞こえた。


「あっ……」


 嫌な予感がした。本能が振り向くなと言っていたけれど、何故か振り返ってしまった。視線の先には、側溝に足を取られて転んでいる結城がいた。

 何がどうしてこうなった?

 呆れたような僕の視線に気づいたのだろうか、こちらを見た結城が力なく笑った。


「……大丈夫?」


 面倒臭いことに巻き込まれたな、そんな思いを抱きながら声をかける。何もなかったら即行で帰ろうという甘い考えはすぐに打ち砕かれることになった。


「んー、足挫いたみたい」


 何故事態はこうも悪化していくんだ、自分の不幸を呪いたくなってくる。

 結城の怪我を見た限りでは、足を挫いただけでなく側溝の角で擦りむいてもいるようだった。これでは歩くことも難しいと思う。溜息をついて結城の隣でしゃがむ。

 ただ残念ながら結城がこの姿勢の意味に気づいてくれることはなかった。説明をしなければならないのが面倒臭い。


「えっと……環くん?」

「その状態だと歩くのもキツイんじゃない?家まで送ってくよ」

「え、でも……」

「ここまで来たら今更だよ。ほら、早く」


 半ば強引になってしまった気もするけど、結城は素直に従ってくれた。

 雨も降り出してきそうなので早足で帰ることにする。

 背中に掴まっている結城は見た目通り軽かった。筋力にそこまで自信がない僕にでも余裕で背負うことが出来た。当の結城はというと、何も言わずに静かに掴まっていた。


「そういえば結城さんの家ってどこなの?」


 普通これは背負う前に確認することではないかと自分でも思ったけれど、今更だと開き直り堂々と聞くことにした。


「んーっと、あそこのコンビニの奥のマンション分かる?あれ、私ん家」


 そう言って結城が示した建物を見て、硬直した。

 それも当然だろう、彼女が示したマンションは僕の住む場所でもあるのだから。同じ高校の生徒も結構住んでいると言われたけれど、まさかこんな形でそれが判明するとは思いもしなかった。


「マジか……」

「どしたの?」

「僕の家もあそこなんだよ」

「本当に!?」


 それを聞いた結城は突然僕に覆い被さるような体勢になった。声に喜びみたいな感情が込められているような気がする。結城の勢いに思わずバランスを崩して転びそうになる。頼むから人の背中で暴れないでほしい。

 注意しても結城の姿勢は元に戻ることはなく、初めよりも密着した状態になっている。何が彼女の琴線に触れたのかは分からないけれど。女子ってこういうものなんだろうか。何にしろ、当たってるから心臓に悪い。かといってそれを指摘するほど勇気があるわけでもない。僕が我慢すればいいだけの話だ。

 背中に感じる柔らかい感触から気を紛らわすために会話を続ける。


「まさか同じマンションだったとはね……」

「ほんとにねー」

「で、どこ?」

「え?」

「いや、『え?』じゃなくて、何号室?」

「あ、えっとね、四〇六」

「真上かよ……」


 なんと僕の住む部屋の真上だった。

 さすがの僕もこれ以上はツッコミ切れなくなると思う。

 そんな驚きを押しとどめて、もう一つ、確認すべきことを尋ねた。


「家に湿布とかある?」

「あー……無いかも」


 おい。

 今日何度目とも知れない溜息をついて告げる。


「じゃあ僕の家で手当くらいしてく?」

「いいの?」

「それくらいなら別に──」

「ありがとう!」


 食い気味な彼女に少し恐怖を感じながら自宅へと向かう。

 エントランスを通った時に、管理人さんに「君たちいつの間に……」と変な勘違いをされた。否定はしたけど絶対信じてないな。

 エレベーターを使おうとして、故障していることを思い出す。

結城を背負ったまま階段で三階まで行かなければならないことに憂鬱になるけれど、ここで嘆いていても仕方がない。そう思って階段を上り始めたけれど、三階に着く頃にはヘトヘトになっていた。

 改めて自分の体力の無さを実感した。


「大丈夫?」

「まだ何とかね」


 だいぶ限界が近づいていたけれど、気合いでなんとか自室の前へ辿り着く。

 ドアを開ける時になって、家に誰かを、ましてや女子を招くなんて初めてだということを思い出したけれど、疲れている身としてはどうでもよかった。


「どうぞ」

「お邪魔しまーす」


 僕の部屋に入った結城は突然こう言った。


「わ、めっちゃ綺麗じゃん。男子の部屋とは思えないね」

「成績の維持ときちんとした暮らし方が一人暮らしの条件だから」


 これは本心だ。

 親のことなんて思い出したくもないけれど、条件を守らないと強制送還が待っている。それだけは死んでもごめんだった。

 そんな僕の心情なんてこれっぽっちも知らない結城は、僕の背中から下りて器用に片足でリビングにあるソファまで行って座った。何も言ってないのに人の家に上がる精神はどうかと思うけど、説明する手間が省けたので良しとする。

 僕はキッチンへ向かい、常備してある救急箱を手にしてリビングに戻った。

結城はだいぶ寛いでいるようだった。男子の部屋で堂々と寛ぐ結城の胆力に、改めて敬服する。


「はい、この中に湿布とか入ってるから」

「ん、ありがとー」


 そう言って結城は手当を始めた──のだが、どうにも危機感が感じられない。普通、女子が付き合ってもない男子の家に来たら多少は警戒するだろう。それなのに結城にはそれがない。それどころか湿布を貼るためにソファの上で胡座をかくものだから、


「結城さん、見えてます」


 白、か。

 結城もその一言だけで状況を把握したようで、咄嗟にスカートを手で押さえる。もう手遅れだと思うんだけど。


「何見てるの、変態!」

「僕に非はないでしょ……そもそも制服で胡座かかないでよ」


 そう言うと、結城は口を噤んだ。どうやら言い返すことが出来なくなったらしい。正論を言っただけだから当然といえば当然だけど。でも僕にも見ないという選択肢はあったはずなので謝っておくべきだろう。


「まぁ見ちゃったことは謝るよ、ごめん」

「んーん、別に謝らなくていいよ。それよりも、湿布とか包帯ありがとね」

「歩けそう?」

「家まで行くくらいなら大丈夫だよ」

「そっか」


 そのまま結城を玄関まで送る。

 靴を履いたところで結城がこちらを振り返って言った。


「環くん、今度の日曜日って空いてる?」

「?……まぁ買い物に行くくらいかな」

「良かった、じゃあちょっと付き合ってくれない?」


 この時はまだ、結城が何をしようとしているのか分かっていなかった。

 僕の生活がここから劇的に変わることになるなんて、思いもしていなかった。


彼女欲しいなぁと考えながら書いてました。

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