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僕の息抜き短編集  作者: 智琉 誠。
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思い出の彼女

強烈に脳裏に刻み込まれた出来事は、いつ思い出と呼べる様になるのか。どういう過程を経て、思い出へと昇華されるのか考えていた。吐き出された煙草の煙の様に、ごく自然に薄らいでいくのはいつなのか。




 フロントガラスは曇り、視界を遮っていた。路肩に積もった雪の反射が目に刺さって、薄目を開けているのがやっとだ。雪道用タイヤに交換してあるとはいえ、極寒の環境で凍った道路を走るのは、慣れていないのもあって心細い。


肌を切る冷たい風が吹き抜ける中、歩道には下校途中の小学生たちが肩をすくめて固まって歩いている。


何度目だろうか。この縁もゆかりもない雪国へ訪れたのは。ある程度悲しみも癒え、虚無感に苛まれる日々からもとっくに解放された。今はただ、一人の生活を淡々と平凡に過ごしている。それでも、またこの町に来てしまった。




彼女の両親が、娘のことは忘れてくれと泣きながら俺に懇願してきたこともあった。まだ若いのだから新しい人生を見つけろと。


数センチ窓を開けて、少し折れてしまった煙草を咥えた。彼女と一緒にいた頃は、長い間禁煙したものだ。きっと彼女が知ったら、俺の体を案じて取り上げられてしまうだろう。




コンビニすら無い、真っ直ぐ続く雪道を走り続けた。初めて訪れた時は、自分の身長くらい積み上がった雪を見て感動したものだ。


ようやく小さな店が見えてきた。この花屋の主人とも、随分馴染みになった。


店の脇に車を停めると、エンジン音で気づいたのか主人が奥から顔を出した。




「今年も、もうそんな時期か…」




寂しそうに、そして懐かしむ様に主人は呟く。何も言わずとも、彼は同じ花束を用意し始めた。俺はそれを無言で眺めていた。


去年と同じ花束を受け取り、カウンターに千円札を置いて花屋を後にする。


また、真っ直ぐな道を走った。もうすぐ、今年もまた彼女に会える。


花屋からそこまでは、車で五分もかからない。




花束を片手に彼女の元へ向かった。何年もここで待っていてくれる。


立ち尽くす彼女の肩には雪が積もっていた。俺は悴んだ手で、そっと柔らかい雪を払い除けた。その身体は随分冷たい。それもそうだ。この過酷な冬の中、ずっと一人で待っていたんだから。




「今年も寒いな。元気でやってたか」




小脇に抱いていた花束を彼女の傍にそっと置いた。




「もう今年で十年だよ。俺もオッサンになったよな」




何も答えない彼女に、俺は一方的に語りかけた。




「ごめんな、会いに来れるのもこれで最後なんだ」




そう口にした途端、涙が溢れて止まらなくなった。普段、泣くことなどない自分が、大粒の涙を零していることに驚いた。




「俺、結婚するんだ」




無言の彼女に、妻になる人の写真を見せた。少しだけ彼女に似た、物静かで優しい女性だ。彼女は嫉妬しているだろうか。オッサンになった俺にもやきもちを妬いてくれるだろうか。




「だからまた煙草やめるよ。お前、いつも心配してくれたもんな」




年甲斐もなく顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


気づけば自分の肩にも雪が積もっている。もう一度、彼女の肩の雪を払い、ポケットから煙草の箱を取り出した。そして近くにあったゴミ箱目掛けて放り投げた。




「早く思い出になってくれよな」

悲しい記憶はいつ思い出になるのか、そんなことを考えながら執筆した作品です。


彼のなかで「彼女」はいつ、思い出になるのでしょうか…

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