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僕の息抜き短編集  作者: 智琉 誠。
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ミスター精神的ルンペン

「君はどう足掻いても上流の人間には見えない」




 彼は相変わらず不躾な物言いで、僕を見下す。彼とは大学に入ってから知り合った。学部と年齢は違うが、一応学友と呼ぶべき存在だろう。


 二人の年齢には、まだ不釣り合いな上質なオーダースーツを身に纏い、高級なワインを口にしている。本物の上質というやつを知っている人間からしたら、世を知らぬ若輩者が貴族ぶった、至極滑稽な猿芝居にでも見えるだろう。




「君には味なんか分からないだろう」




「そんなのはお互い様さ」




 性根を失礼で固めた様な奴だと思ったが、それは彼の面白味でもあり、人間らしさなんだろう。初めて二人で酒を交わした時から、彼はどうにも僕を見下したがる。というか、本人は悪意なく素直な感想を述べてるだけで、僕自身は自覚していないだけで、余程僕は品性を感じられない人種らしい。


 それでも彼は、何故だか僕をいつも高級な酒場に、二人で上質な衣を纏って連れ合って行きたいらしい。それが僕を見下す為の口実なのもしっかり理解している。そこまで阿呆ではないし、人の意図をはかれない人間でもないつもりだ。




「そうそう、君を形容するのに最適な言葉を思いついたぞ」




「次はなんだい」




 呆れきっている僕を他所に、彼は意気揚々とグラスに少しだけ残ったワインを飲み干すと、下品な大声で続けた。




「ミスター精神的ルンペンだ。ルンペンだよ、意味分かるかい」




「そうか、君は僕を浮浪者の日本代表だと言いたいのか」




 怒りすら覚えず、何処か彼を可哀想に思えた。僕だったら他人を、まして親しいと言える間柄の人間を、幾らなんでもそんな言葉で揶揄することはしない。




「君は大学にまで入って、字書きになるつもりなんだろう?


高い学費を払ったのに字を書く乞食になりたい白痴みたいな奴だ」




 同じ大学の仲間達は皆、官僚になりたがる。そして先生と呼ばれたがる。


僕にはどうしても共感できず、目指す気すら起こらない。口にはしないが、僕からしたら彼らの方が精神的ルンペンだと思うが。




「作家が乞食か。君は余程芸術には無縁な、余裕なきリアリストなんだろう」




「ふん、言っていればいいさ。官僚になれば、一生人の上だぞ。そして何不自由なく生き、美しい嫁を貰って、その子供も将来安泰」




 もう既に官僚にでもなったかの如く、鼻高々にグラスを掲げる彼は、リアリストでもなんでもないのだと悟った。学内でも、僕はいつも変わり者扱いを受ける。それはきっと、彼と同じ様な強迫観念を植え込まれた、一種の精神疾患者特有の症状なのかもしれない。




 真っ白なテーブルクロスの上に置かれた、ワインのボトルが空だと気づくと、彼は忙しなくウエイターを呼びつけた。




「勘定だ。勘定」




 華奢な若いウエイターに、横柄な口調で言うと。彼はそのスーツには、お世辞でも似合うと言えない、使い古されたしなしなの皮財布を手にした。


彼に気づかれない様そっと手元に目をやると、ここの勘定を払えるだけのギリギリの金だけが、薄い皮の隙間に押し込まれていた。




「これで」




 ウエイターに手渡された紙幣は、財布に乱雑に押し込まれていたせいで皺くちゃだ。そしてなんだか薄汚れてくすんでいる。可愛らしいウエイターは、乱暴な振る舞いの彼にも笑顔を崩さず、すぐに釣りを持って戻ってきた。




「おい、なんだこれは」




「お釣りですが」




「金額が違うじゃないか。ウエイターって仕事をしている人間は、そんな簡単な計算も出来ないのか」




 彼女の些細な不手際に、激怒する彼を目の当たりにした僕は、笑いを堪えるのに必死だった。言ってしまえば、彼が汚い紙幣で勘定を払った時から限界だった。彼の怒りは留まることを知らず、終いには店の支配人まで呼びつける騒ぎになった。たった数銭の間違いだったのにも関わらず。




「ごめんよ、僕は外で煙草でも吸って待ってるよ」




 達磨みたいに顔を真っ赤にして、未だ激怒している彼を置いて僕は店を出た。


ジャケットの内ポケットから煙草を一本取り出し、店で貰ったマッチで火を点けた。




「ミスター精神的ルンペン。誰のことだろうなあ」

見栄っ張りな人間とそうではない人間をテーマに書きました。

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