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第二十話 「ブランド力の強化」

第一章

第二十話 「ブランド力の強化」

 

 消費者が商品を購入する際に、特定の販売者または特定の製造者の商品を買おうと意識してもらうために必要なのは、まず明確な識別だ。

 つまりこの場合は、ひと目でうちの製品だとわかるようにすること。

 ロゴや商標をプリントするのが一般的だろう。

 

「親方、この工房って、紋章というか、家紋というか、そういうのってありますか?」


「ああ、一応な。

 俺の爺さんの頃から、うちで作った弓には、隼をシンボルにしたエンブレムを木で彫ってい付けているんじゃよ」

 

「じゃあ、そのエンブレムを簡略化したものを、矢に描き入れるのって、どうですかね?」


「おお、シュン。

 なかなかいいアイデアじゃの」

 

 相談の結果、矢柄にシンボルマークと工房名を焼印することにした。

 早速ジュノに頼んで焼きごてを発注する。

 

 そしてそれ以後、この工房で生産される矢には全て、シンボルと工房名が記されるようになった。

 

 

 

 これで、うちの製品を識別することができた。

 きっとハンター達は、命中率の差を矢の製造元の違いとして認識してくれるようになる。

 しかし、そうなるのはきっとずいぶん先のことだ。


 このまま何もしなければ、の話だ。

 

 次は、いかに消費者にうちの製品の良さを知ってもらうか、である。

 矢のPRの方法について、若旦那に相談することにした。

 

「ねえ、若旦那。

 この街で、最も有名で腕の立つ弓使いって、誰なんですか?」

 

 若旦那は少し考えると、こう答えた。

 

「そうだな、クーリンディアというエルフがこの街に住んでいて、この間の弓術大会でも優勝していたな。

 俺もその大会を見ていたけど、百発百中で的に当てていた。

 それはもう、圧巻だったぞ。

 専業でハンターをしているって言ってたな。

 そうそう、彼の使う弓は、この工房で作ったものなんだぞ」

 

「そのクーリンディアと専属契約を結べないですかね?

 例えば、彼の使う矢は全て無償で提供する。

 代わりに、弓や矢に関するユーザーとしての意見を聞かせてもらうんです。

 また、弓の名人がうちの製品を好んで使っていると他のハンター達が聞けば、良い宣伝になると思うんですよね」

 

 元の世界でも、スポーツ用品のメーカーが一流のスポーツ選手と専属契約を結び、道具を提供することはごく一般的だ。

 サッカー選手のスパイクとか、テニス選手のラケットとか、一流選手をスポンサードするのは一般的なことだった。

 

「なるほど!

 それはいいアイデアだ。

 彼は弓の手入れのために、よくこの工房にも顔を出しているし、もうそろそろ来る頃だ。

 来たら相談してみることにしよう」

 

 

 

 後日、クリーンディアとの契約は無事に成立した、と若旦那から伝えられた。


 弓の名人クーランディアはうちの工房の矢しか使わないらしい。

 それはうちの矢がよく命中するからだ。

 そんな噂が急速に広まっていった。

 

 それからしばらく後、ハンター協会はライバル工房との独占契約を結んだ。

 しかしそれでも、うちの工房への矢の受注量は減ることはなかった。

 ハンター達は協会から矢を買わずに、街の武具店でうちの製品を指定して購入するようになったからだ。

 受注量は減るどころか、うなぎのぼりに増えていき、その受注をさばくために俺達は休み無しで働くことになってしまった。

 工房は新しく奴隷を雇い入れ増産に対応するようにしたが、品質管理のしっかりした生産工程のおかげで、矢の品質を落とすようなことは一度もなかった。

 

 

 

 そして、厳しい冬も終わり、そろそろ春を迎えようとしていた頃、朝食の後に作業の準備をしようとしていた時、ふいに若旦那に呼ばれた。

 連れて行かれたのは工房の一室ではなく、親方の一家が生活する、母屋であった。

 母屋は石造りの立派な建物で、年季は入っているが、隅々まで手入れの行き届いている清潔で暖かみを感じる家だった。

 俺は初めて足を踏み入れることに若干の興奮と緊張を感じながら、客間に通された。

 

 そこには、親方をはじめ、おかみさん、若旦那、お嬢さんら一家全員が揃っていた。

 皆は大きな長方形のテーブルの席に座っており、俺を連れてきた若旦那が席につくと、俺にも空いた席につくように勧めてきた。

 

 俺が席に着くと、クララはお茶を出してくれた。

 他の皆にはお茶は出されていない。

 俺だけに、特別なお茶を出してくれたのだろうか。

 ズズッとすするように、ひと口飲んだ。

 

 苦い。


 顔をしかめたくなるほど苦いのだが、俺は空気を読んで平静を装う。

 みんなが俺のことを見つめているのが気になってしかたがなかった。

 

 なんだろう、この雰囲気は。

 今まででこんな場面は、こんな空気は初めてだ。

 何か怒られるようなことしたかな、と思いを巡らせたが、思い当たるフシはない。

 

 彼ら表情を観察すると、皆温和な表情を浮かべていた。

 クララなんかニコニコと満面の笑みさえ浮かべている。

 

 俺が席に着くと、親方が切り出した。

 

「なあ、シュンよ。

 お前、平民にならんか?」

 

 

 

 壁の正の字は50個になろうとしていた。

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