ハウス
「突然、音もなく表れて・・魔物か?」
青年は剣を構えながら、おびえた表情でマオに問いかける。
よく見ると剣を持つ手は震え、少しずつ後ずさりしていた。
しかし、マオはすっと立ち上がりズンズンと青年に近づく。
「く・・来るな!!」
そう言う青年を無視して、青年の顔がよく見える距離まで近づき、横から下からと色んな角度から青年の顔を見る。
青年がゴクリと喉を鳴らしたその時、マオが言う。
「ヒー君・・?ヒー君だよね?わたし、マオだよ!」
「誰だお前は?」
「だからマオだって」
「お前なんて・・、知らない」
「え・・、ヒロキ君じゃないの?」
「いや・・ヒロキだけど・・」
「それなら、私だよ私! あー!あの時の事怒ってるの? あの日はなぜか頭突きの気分だったんだよね・・・エヘヘ」
「ず・・頭突きの気分って・・?」
「ほら、学校の廊下ですれ違った時!あの時は痛かったなぁ・・」
「何のことだ・・?」
「そうか・・ヒー君もこっちの世界にきてまだ記憶が曖昧なのかな・・?」
「何を訳の分からないことをごちゃごちゃと・・、この辺りは魔物が出るからさっさと・・・」
ヒロキが言いかけた瞬間、ヒロキがマオを自分の背で隠すように立ち、剣を構える。
その先には、うなり声をあげる狼がいた。
ガルル・・・・
動物園でみた狼も大きく感じたが、この狼は二回りほど大きい。
狼はヒロキの側面に周りこむ素振りをみせながら、ゆっくりと歩いて立ち止まり、向き直って立ち止まりを繰り返している。
ヒロキは、狼の動きに合わせジリジリと向きをかえ狼の正面を向くように構えながら、マオに尋ねる。
「お前、何か持ってるか!?」
えっと・・・といいながら、幾つかあるセーラー服のポケットをまさぐる。
そして、スカートのポケットからヒヨコのイラスト付きハンカチを取り出し・・。
「これくらいしか・・・」
「そんなので、どうやってここまでこれたんだよ・・」と、ヒロキがガックリしながら答えると、周り込もうとしていた狼が歩みを止める。
ワオーーーーン
突然、遠吠えするとヒロキたちの背後から物音がした。
「しまった。仲間を呼んだか」
ヒロキがそう言うと、間髪入れず遠吠えをした狼に切りかかる。
狼に少しの傷を負わせたようだが、狼はひるむことなく前足でヒロキを攻撃する。
「くっ!!」
ヒロキが剣で攻撃を受けると、その反動を生かしてマオの近くに戻る。
グルルルル・・・
ガウガウ!!
最初の狼とは別に、2匹の狼が背後から表れ、ヒロキとマオを囲みゆっくりと距離を縮めながら近づいてくる。
「くそ・・囲まれる前に1匹仕留めたかったが、すっかり囲まれた・・・。おい、お前走るのは得意か?」
「うん・・、たぶん」
「じゃあもう一度、あいつに切りかかったらすぐに逃げるんだ」
「え・・、でもこっちの2匹がきそうだよ・・?」
「大丈夫だ。こう見えても俺は勇者だからな。」
(え・・・ヒー君が勇者・・?魔王の敵・・?)
「3つ数えて俺が合図したら走れ!いいな!」
「え・・あ・・うん」
「3・・2・・1 てぇええええい」
ヒロキが最初に現れた狼に切りつけ、すぐに叫ぶ。
「走れーーー!」
しかし、マオの予想通り後から来た2匹がヒロキに攻撃をしかける。
その攻撃に対してマオは両手を広げ通せんぼをして叫ぶ。
「まてーー!!!!」
狼たちは飛び掛かって攻撃しようとした瞬間、マオの声に反応して慌てて急ブレーキをかけ、伏せをした状態になる。
攻撃を受けると思い防御姿勢をしていたヒロキが、恐る恐る目を開く。
「な・・・な・・なんで?」
狼たちが平伏した状態になったのを見て、ヒロキがあっけにとられている。
「ハハ・・・、家で犬飼ってるからかなぁ・・?」
マオがおどけながら答える。
その様子を見た狼たちも、自分たちがなぜ平伏しているのか疑問に感じたのか伏せをやめようとゆっくり体を起こそうとしていた。
それに気づいたマオが再度「まて!!」をすると狼たちは平伏をした。
「め!だよ!!言う事聞けないとハウスだよ!!・・・アレ・・?」
マオが飼っている犬によく言った言葉がつい出てしまった。
脳裏に、尻尾を丸めてハウスに戻るマオの家の犬の姿が浮かぶ。
すると、あの暗闇で現れたのと同じひし形の紋章が目の前に浮かびあがった。
マオは、浮かび上がった紋章を眺めながら、ゆっくりと右手で紋章を掴む。
キャウンキャウンキャウン・・・
3匹の狼たちが逃げて行くのを耳で感じ取りながら、握る手の隙間からキラキラと光がこぼれるのをマオは見つめていた。
しばらくすると、ヒロキの視線が自分に突き刺さるのを感じる。
じーーー
慌ててマオが答える。
「きっとヒー君の攻撃がすごかったから、狼たちびっくりして逃げて行ったんだよー」
マオの言葉を無視して視線を向け続けるヒロキに、マオは気になっていることを尋ねた。
「それより、ヒー君って本当に勇者なの?」
マオの問いかけに、ヒロキが表情を暗くしたような気がした。