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桜木町ハードバンパイア

またしても下手くそですが………なりとぞ………

第一話「更けた夜と美術室」



 翌朝、僕は寝坊した。

 季節が災いしてか、布団から出るのに少々時間を食ってしまった。

走りながら腕時計を見ていると、針は九時を指し示している。自宅最寄りの駅を視界にとらえたところで、僕は走るのをやめた。

こうも諦めきれるといっそ清々しい。一限は逃したとしても、二限からいけばまだ間に合う……授業の内容は先生にあとから聞けばいい。もしくはクラスメイトからでも。

改札を抜け、ホームでぼうっと立ちながら、昨日のことを思い返していた。

「昨日の子……」

あの美術室で見かけた子を思い出していた。するりとした艶のある黒髪、混じり気のない、言い表すのであれば〝清楚〟が相応しいあの出で立ち。考えれば考えるほど、彼女の後ろ姿が頭の中でインフレを起こしていた。

だが、少し疑問が残る。

クラスメイト全員の顔を覚えているわけでもないが、登下校の時や、昼休みの間のときとかに見ているはずだ。ただ見たことがないだけかも知れないが、僕は彼女が子の学校の人間には見えなかった。

 もしかしたら幽霊かもしれない? そんなまさか。

 あんな鮮明に記憶に残っているというのに、幽霊なんてオチがあってたまるか。足はちゃんとあったし、僕には幻だなんて全然思わなかった。

 幽霊か……もしそうなら僕にとうとう霊感が。


「あ、あの……」

「へっ?」


 後ろから不意にかけられた声に、僕は思わずドキッとした。その拍子に、思わず姿勢を崩してしまう。

 その瞬間、僕の腕を、声の主が掴んだ。

「危な……っ。だ、っ大丈夫……ですか?」

 間一髪だった。彼女が僕の腕を掴んでくれていなかったら、僕はホーム下に落下していたところだった。姿勢を戻し、彼女のほうを向く

「あ、有難うございます……っあ」

 その瞬間、まるで時が止まったかのように思えた。

 昨日美術室で見た黒髪の少女が、そこに立っていたからだ。後ろ姿しか見れていなかったが、雰囲気であのときの彼女だとすぐに分かった。艶やかな黒髪から覗く真っ白な頬、混じりけのない大和撫子の美貌に、緑色の絵の具がついていたからだ。

 瞳は真っ赤な夕日のようにほんのりと赤く、均整の整った顔、背丈は僕よりわずかに大きい。僕の身長が一七〇センチくらいだが、彼女は一七五くらいはあるだろうか。

「あ、あの……なんですか?」

「あ、いや。なんでも、……ないです」

 まじまじと見すぎて後悔した。僕はおとなしく振り返り、真っ正面を向いて向こう側のホームをじっと眺めた。しばらくしてそのまま電車が来たので、駆け込むようにして僕はその電車の中へと乗り込み、彼女から離れた位置のつり革を掴んだ。

「はぁ……」

 そっとため息をこぼす。どうやら他人と話すこと……ましてや異性と話すのはかなりの苦手みたいだった。

 普段ならこんなことにならないはずだというのに。意識しすぎていたからなのだろうか……電車の窓から見える流れる風景を見ながら、そんなことを考えていた。


 改札を通り抜け、学校へと一目散に走っていく。

 遅刻をしている身の上、流石に走っている素振りでも見せなければ先生に何を言われるか。

 校門前では生徒指導の先生がスマホを片手に突っ立っていた。ジャージを着ている姿しか見たことがない……確かこの人、体育科じゃないはず。

「っす、すみません先生っ!遅れました!」

「おーっ、佐冬か。珍しいな、お前ともあろうもんが。どうした」

「あ、いや。別に大したことじゃ……」

 この先生、時々話すのだが名前を一切覚えていない。クラスメイトの面々がよく言う「ジャージ先生」という愛称で呼んでいるため、正直名前を意識したことがないからだ。

 別に悪い人じゃない。短髪に、蓄えた無精髭からか親しみやすいおっちゃんみたいに思っているからだろう。遅刻常習者の面々からは結構慕われているとか。あんまり怒るひとじゃないからそう思われるのも頷ける。

「ほらっ、さっさと教室行け。現代文のタケカワ先生にバレねぇようにな」

 軽く会釈して、校舎へと駆け込もうとしたその時、僕は先生に質問をしてみた。

「あ、っあの……先生」

「んぁ? なんだ?」

「……美術部って……うちの学校、あったりします?」

「なに言ってんだ? あるに決まってるだろう。なんだぁ? もしかして入部希望かぁ? お前もうそろそろで三年だろう。いきなり美術部って、流石に遅すぎるんじゃねぇか?」

「あ、いや別に……そういうわけじゃ……」

 脳裏にふと、彼女の姿が思い浮かぶ。入部……確かに悪くはないかもしれないが、確かに三年生になってから入部は遅すぎる。

「……失礼しますっ」

 僕はそのまま校舎へと走っていった。

「いや……まて、うちの美術部って、たしか先月廃部になったんじゃなかったか……?」


急いで靴を履きかえ、階段をかけ上がる。授業中の為か、廊下は静かだった。普段の休み時間中だとクラスメイトたちの喧騒でうるさいのだが、遅刻したときにしか見れないこういった風景は新鮮に思えてくる。

一年生は一階、二年生は二階。そして僕が行かなければならない教室は三階、三年生のフロアだ。先日僕がふらっと散歩していたのもそのフロアである。

僕が行かなければならない教室は進路指導の先生からすでに聞いてる。3ーD……立った気がするが、わからなければ先生に聞けばいい。

「あーっと……えっと、その……」

「3ーDだよ、私と同じ」

 ふとかけられた聞き覚えのある声に反応し、僕は後ろを振り向いたその時だった。

 ホームで出会ったあの少女が、僕の後ろに立っていたのだ。

「あ、あのときの……!?」

「流石に二度も会ってるのにその驚き方……ウケる」

 クスクスと笑う彼女に、僕は少しだけ恥ずかしくなった。

「っそ、そりゃ……いきなり後ろから声をかけられたんじゃ驚かないはずないでしょ」

「いやでもその反応、なんだか面白くって……」

 その時、廊下をパタパタとならす先生のサンダルの音が近づいて来るのを感じた。急いで教室に入ろうとしたその時、彼女の手が僕の手をさらった。

「え……っ?」

「一緒に教室入ろ? 一人で入ると、恥ずかしいから」

 舌をペロッと出して悪戯に笑う彼女の顔を、僕は終始目が離せずにいた。


「そういえば……っ、名前っ」

 僕が無意識に発した言葉は、予想より大きく出てしまった。

 だが、彼女は振り向いて答えてくれた。

「私はハクミヤイブキっ。伯爵の伯に、雅で、ハクミヤ。宜しく、サトーくんっ」


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