◇3◇
「ねえアロルド、おやかたさまは今日どこに行ってるの?」
「マールバラ公のパーティへ行っておられます」
つまんないの、と僕は窓の外の景色を見ながらひとりごちた。外では雪が降っていた。
今までのクリスマスには誰にもプレゼントを渡す相手がいなかったし、そんな余裕もなかった。でも、今年はおやかたさまにプレゼントをあげようって決めていた。だから、アロルドに教わりながら、一か月くらい前から練習して、おやかたさまのために石で天使を彫っていたんだ。
「お仕事ですから致し方ありません」
「わかってるよ」
お仕事っていうものはお金がもらえる限り、自分の持てる能力全てを使ってすることだ。僕はそのへんの意識、結構してるつもりなんだ。お仕事とプライベートはきっちり分けるべきだよ、やっぱり。パーティなんて、プライベートに見せかけたお仕事だから、僕は嫌いだ。
フットマンたちはお屋敷の掃除に精を出していた。僕がご馳走を作ってほしいと言ったらきっと作ってくれるけど、一人で食べるのも意味がない。
はやくおやかたさま、帰ってこないかな。
がちゃ、がちゃ。
ちえっ。今日も開いてないや。クリスマスくらい開けててもいいじゃないか。
開かずの間は今日も開かずの間だった。開いてしまったらただの部屋になってしまうけどね。仕方ないから、僕は目玉を見つけたあの書斎に行った。
あの目玉は本当の目玉じゃない。本物を見たことがあるからわかる。あれはたぶん、人形の目玉だ。
しかも焦げていたから、燃やされた人形の目玉だ。どうしてそれが、おやかたさまのお父さんの部屋にあったんだろう。
僕は他のところもあさってみた。部屋の持ち主が死んでいて、大事な書類はきっともうおやかたさまが持って行ってしまっているから、あちこちの引き出しやチェストの鍵が開いていた。
「あれ」
がっ、と手に衝撃を感じた。部屋の隅のほうにあるクローゼットの中に、開き切らない引き出しがあった。何かが引っかかってるんだろうか。
僕は引き出しのわずかな隙間に手を突っ込んだ。ちょっと手の甲が痛かったけど、それでも指で中を探ってみた。子供の手じゃなければ入らないくらいの大きさなら、大人たちが何かを見落としているかもしれない。
僕はめいっぱい手を伸ばした。
かさり。
軽い何かが手に触れて、僕はどきっとした。思わず手を引っ込めて、手の甲をすりむいてしまった。
なんだ、これ。
もう一度手を差し入れた。四角くて、薄い。……手紙?
僕はそれを引っ張り出した。茶色くてよれよれになっていたけど、あて名は読み取れた。おやかたさまの苗字だ。でも、書いてある名前が違う。
ひっくり返して差出人の名前を見てみたけど、僕の知らない人だった。
僕は手紙をポケットの中に入れた。そして自分の部屋に帰った。
部屋に帰ると、僕はアロルドからもらった辞書を引き、アロルドの授業のノートを見ながら、手紙の解読を始めた。よかったのは、その手紙を書いた人の字が綺麗だったってことだ。僕には単語の意味や、イディオム、決まり文句はよくわからなかったけど、ちょっとずつ読み取れてきた。どうやらこの手紙を書いた人は、おやかたさまのお父さんのお友達だったみたいだ。おやかたさまのお父さんを責めている内容だった。
『お前の最近の娘への仕打ちは目に余る』
『奥さんのことは残念だったが、悲しみに暮れているのはお前だけじゃない。幼くして母を失った娘の悲しみをなぜわかってやろうとしない』
『お前が幼少期、父親に人形を焼かれたことも私は知っている。しかし、それはお前の娘の人形を焼く理由にはならない』
『お前は父親が許せないだけだろう。女に生まれた、それだけで人形を愛せる立場にある娘へその恨みが向いているに過ぎない』
僕が読み取れたのはこんな感じだ。なんだか難しい文章だけど、僕はこの人が何を言っているかわかる気がした。
手紙の結びには、こう書いてあった。
『娘はお前の人形じゃない』
あの焼かれた人形の目玉は、おやかたさまのお父さんの人形のものだったのかな。
おやかたさまの人形、キャンディも燃やされたみたいだから、キャンディの目玉かもしれないけど。
僕は部屋から出て、また廊下の窓から頬杖をついて、雪の降り積もる庭園を見ていた。おやかたさまが帰ってこないかなあって思いながら。外の冷たい空気が窓を閉めていても感じられた。
おやかたさまのお父さんは、きっと人形が好きだったんだ。でも、男が人形を持ってるなんて変だから、きっと燃やされちゃったんだ。それで、おやかたさまが生まれて、奥さんが死んじゃって、なんだか……ちょっとおかしくなっちゃったんじゃないかな?
女の子が人形を持っていたって別にいいのに、何で自分はダメだったのにこいつはいいんだって思っちゃったのかな。
それで、娘の人形を、自分のと同じように燃やして……。
…………ん?
本当に、それだけ?
僕はほっぺたから手を離した。
娘が人形を持てる女であることを、おやかたさまのお父さんが憎んだんじゃないの?
だから……。
僕はマリオンがとてもかわいそうになった。僕がもう少し大きければ、ルイーゼおばあちゃんが僕にしてくれたように、抱きしめてあげたいとまで思った。
「カーライル坊ちゃま」
僕は飛び上がりそうになった。燭台を持ったアロルドがすぐ近くにいた。アロルドは本当に足音を立てないんだから!
「本日はもう遅いです。お休みくださいませ」
「う、うん……おやすみ、アロルド」
僕は名残おしく窓の外を見た。雪がちらちら舞って、庭園は砂糖をふりかけたケーキみたいに見えた。
ぬいぐるみだらけのベッドの中にもぐりこんでも、僕はずっと考えていた。
僕はずっと、おやかたさまが男の格好をしているのが不思議だった。でも、今日見つけた手紙がその答えを教えてくれた。
おやかたさまのお父さんが、娘が女であることを許さなかった……。
でも、それって、できるんだろうか。僕がアロルドから教わった話では、男は男、女は女で全然マナーが違うし、女が男の格好をしていたらそれだけでものすごく怒られちゃうんじゃないかな。
僕はおやかたさまの顔を思い出した。そして、ちょっとぶるっとした。
……怒られてきたんだ、きっと。
だから、あんなに冷たいおやかたさまになっちゃったんだ。
お父さんが死んだ後も、お父さんから逃れられないんだ。
僕はベッドから這い出した。テーブルの上に置いた、おやかたさまへのプレゼントを転がした。
その日結局、おやかたさまは帰ってこなかった。