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ピュグマリオンの匣庭  作者: 勿忘草
2/10

◇1◇

 今日はどこを探検しようかな。

 アロルドの授業が早く終わったから、僕はたっぷりの自由時間をもらった。僕は、こういうときはいつもお屋敷の探検をすることにしている。


 このお屋敷はとっても広い。玄関ホールには絵とか彫刻とか花瓶が飾ってあって、三方向へ通路が伸びている。

 まっすぐ行けば二つの扉に挟まれた、幅の広い階段。踊り場には知らないおじさんの肖像画。扉は大広間と裏庭につながっている。裏庭は庭師がよく来てちょくちょく整えられてるけど、大広間は僕がこのお屋敷に来てから一度も使われていないみたいだ。

 右へ行けば廊下があって、扉からキッチンや洗い場に行ける。ここに来れば大抵フットマンやバトラーの誰かに会える。

 左へ行っても廊下があって、ここから行ける部屋にはバトラーやフットマンたちの住み込みの部屋や、物置とかがある。


 僕はここに来てから……ええと、二か月だ。

 二か月経つことには経ったけど、でもお屋敷の探検は五回しかしていなくて……しかも短い時間だったから、僕はまだまだこのお屋敷のことがよくわかっていない。それにね、僕、おやかたさまのことだってあんまりわかっちゃいないんだ。おやかたさまはお屋敷を留守にしがちで、今日もどこかに行っている。

 アロルドに聞いたらいつも、おやかたさまはお仕事をしているんだって言われる。


 今日は二階の探検をすることにした。二階にはおやかたさまの書斎とか、図書室とか、僕の部屋がある。

 ぴかぴかの窓の外ではお屋敷を囲む森がざわめくのが見える。廊下はとっても長くて、一つひとつの扉を開けて中に入っていたら何日あっても足りない。ところどころに花瓶が飾ってあって、いい匂いのする花が活けてある。

 扉はどれもおんなじような形をしているけど、なんだかちょっとずつ違うような気がする。匂いとか、中にある空気の感じとかが、扉から漏れてくるような気がするんだ。

 だから僕は、その日気に入った扉を開けてみることにしている。


 えっと……じゃあ、今日は、扉の前に飾ってある野原の風景画が綺麗だったから、ここにしよう!

 僕は一つ目の部屋のドアノブをひねった。


 一つ目の部屋は、誰かの書斎だった。でも、おやかたさまの書斎じゃないと思うんだ。どうしてかっていうと、おやかたさまの書斎は別の場所にあるから。僕がこのお屋敷に来たときに一番に行った部屋。仕事に必要なものだけがそろえられた、狭い部屋だ。

 この書斎は、銀で作られた鹿の置物とか、見たことのない不思議な柄の織物とかが飾られている広い部屋だった。カーテンは開けられていて、日の光が射し込んでいたけど、この書斎は何だか薄暗くて、もうずっと誰にも使われていないような感じがした。


 僕は部屋の中に入ると扉を閉めた。複雑なダイヤの模様のじゅうたんを歩いて、窓の前にある書き物机の前に立った。机の上には何も乗っていない。うっすら埃が積もっているから、やっぱりこの机はしばらく誰も使っていなかったみたいだ。

 部屋の両壁には本棚があって、ぎっしり本が詰め込まれていた。僕にはまだ難しい本だ。いくつか手に取ってページをめくってみたけど、少しもわからなかった。

 僕の先生であるアロルドは、このお屋敷のバトラーでもある。お仕事の合間に僕の世話の一つとして勉強を見ているから、あんまり長い時間つきっきりってわけにもいかない。僕は彼のおかげでずいぶん英語が上手になったけど、それでもまだ大人が使うようには英語を使えない。

 くしゅん、と僕はくしゃみをした。声が部屋に響いて、途中で静けさに負けてしょんぼりと消えていった。


 誰かの書斎をひとしきり探検した後も、僕は二階をたくさん見て回った。途中でアロルドに呼ばれて食堂でひとり昼食を食べ、それからは図書室に行った。

 僕はアロルドの授業はあんまり好きじゃなかったけど(彼はとても格好良くていい人だけど、テキスト選びにセンスがないんだ)、自分で選んだ本を読むことはそれなりに好きだった。

 図書館は今日も暗かった。僕はランタンを持って、背の高い本棚の間を進んでいった。このランタン、割らないようにしなくっちゃね。


『パンチ・アンド・ジュディ』

『ジュモー』

『ギニョール』

『マリオネット』

『ポーセリン・ドール』


 ちらほらそんな単語が見える。なんだか呪文みたいだ。

 僕はそんな魔法の本が置いていそうな本棚から離れて、最近お気に入りの本棚の方に向かった。

この本棚には物語がたくさん置いてあるんだ。今読んでるのは妖精と友達の女の子の話。女の子は夜になるとこっそり森に来て、妖精たちに眠くならない魔法をかけてもらい、夜のあいだじゅう遊ぶんだ。

 女の子は妖精のことが大好きだから、お母さんに怒られても、毎晩妖精に会いに行く。


 僕、不思議でたまらないんだ。

 どうして女の子は、そんなに妖精のことが好きなのに、捕まえて閉じ込めておかないんだろう?

 妖精だったら閉じ込めておいてはだめなのかな?

 人間だったら閉じ込めておいて許されるのかな?


 読書に夢中になっていると、いつのまにか夕方になっていた。そろそろおやかたさまが帰ってくるってアロルドから聞いている時間だ。

 おやかたさまがお屋敷にいる間は、僕は歩き回っちゃいけない。部屋で大人しくしていなきゃいけないんだ。おやかたさまが僕のところへ時々来る以外は、僕が自らおやかたさまのもとへ行くことはない。


 アロルドが呼びに来るまで、僕は初めに入った書斎にもう一度戻ってみた。

 何だかここ、すごく気になるんだよね。何かが隠されているような気がする。もう部屋は暗くなっていたから、廊下に置いてあったランタンで辺りを照らしてみた。

 机に近づいて行って、引き出しを開けてみる。何も入っていない。ペンすら入ってなかった。

 チェストも開けてみると、すみっこの方に何かが落ちていた。僕はランタンを近づけて見てみようとした。


「――坊ちゃま、そろそろお部屋にお戻りください」


 部屋の外からアロルドの声が聞こえた。僕は見つけたものを咄嗟にズボンのポケットの中に突っ込んだ。それから扉の方を見ると、扉をほんの少しだけ開けて、アロルドはおじいちゃんなのにしっかり背筋を伸ばして立ち、こちらを見ていた。

 アロルドに連れられて自分の部屋に行く途中、僕はアロルドに話しかけた。


「ねえアロルド」

「何でしょう」

「僕がさっきいた部屋って、誰の部屋なの?」

「先代のお館様の部屋です」


 ということは、おやかたさまのお父さんの書斎ってことだ。僕はポケットにそっと触れてみた。ちゃんとさっき拾ったものはポケットの中に入っている。

 部屋の前に着くと、アロルドは一礼して、廊下を歩いて行った。最初は僕を部屋の中まで連れて行ったけど、この二か月間僕が一度も逃げ出そうとしなかったから、最近は部屋の前まで送るだけになっていた。

 僕はアロルドの背中が廊下の角を曲がるのを見てから、隣の部屋の前に行った。

 僕の部屋の隣は、いつも外から鍵がかかっている。

 そう、開かずの間なんだ!

 僕、前からずっと気になってる。一体中には何があるんだろう? 

 僕は今日も、自分の部屋に入る前に金色のドアノブをガチャガチャやってみた。開かないことはわかっているけど、もしかしたらいつか誰かが鍵を閉め忘れるかもしれない。だから、チャンスがあったらいつも挑戦してるんだ。


 部屋に戻ってから、僕はフットマンたちが食事の用意をしに来る前に、ポケットの中からさっきあの書斎で拾ったものを取り出した。

 それは、白くてまんまるだった。僕の手のひらにくるまっちゃうくらいの、小さな玉だった。ちょっと茶色くなっている箇所があって、全体的によれよれしていた。

 青い円が描いてあって、その真ん中には黒く塗りつぶしてある円が描いてあった。

 僕は玉としばらく見つめ合った。

 僕が持っているのは、誰かの目玉だった。



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