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異世界転生(お試し版)

「………え?」


 突然聴こえた何者かの声に反応し、川へと進めていた歩みを止める。

 周囲を見回してみるが、人の姿も気配も無い。

 幻聴だったのだろうか?

 そう思いかけた時、再びその声は聴こえた。


『待ちなさい、と言ったのです』


「え……えっ?」


 男のようにも女のようにも聞こえる正体不明の声が再び自分に語りかけてきた。


「え、どこ?……ですか?誰?」


 あらためて周囲をキョロキョロと見渡すが、声の発信源と思われるものは見当たらない。


『探しても無駄です。私はここにはいません。声だけで君に語りかけています』


「………………………」


 導星(とうせい)は何か返事をすべきかと思ったが、自分の理解を越える出来事に思考が追いついていなかった。


『驚かせて申し訳ない。私は君に"異世界転生"を提案するために語りかけているのです』


「いせかい……てんせい………。つまり生まれ変わりって事ですか?あなたは………神様ですか?」


『神というものとは違いますが………』


 導星の様子を見るに、状況が理解できていないようである。


『……まぁ、それで君が理解しやすいのであれば、そのようなものと思ってください』


「はあ」


『さて、本題に戻します。導星、私は君を"異世界転生"……つまり、こことは違う世界に生まれ変わらせて新たな人生を与えたいと考えています』


「それは………どうも、ありがとうございます」


 まだ導星の反応が薄い。

 "管理者"は導星がちゃんと理解できているのか不安になってきた。


『その為に、いま君に死なれると困るのです』


「でも……生まれ変わるんですから、結局死ぬんですよね?」


『………順をおって説明します。まず"転生"と言いましたが、君の考える"生まれ変わり"とは少し違います。現在の君の生きた肉体と魂をそのまま異世界へ運び、再構成するのです』


 導星の顔に「?」のマークが浮かび始めた。


『つまり………わかりやすく言うと………』


 10秒ほどの沈黙。


『君を異世界に生まれ変わりさせるのには、ある一定のエネルギーが溜まっていないといけないのです。ですが今はまだそのエネルギーが足りていない。なので、その前に君が死んでしまうと転生させられないのです』


 そして更に30秒の沈黙。


「……なんとなく理解しましたが……」


『それは良かった』


「ですが、僕はそのエネルギーが溜まるまで生き続けていたいとは思いません。生まれ変わりの権利は別の誰かに譲ります。僕は別に死んで生まれ変われるなんて思っていなかったし、生まれ変わりたいとも思っていませんので」


『え』


「……宗教には疎いですが、自殺は罪が重いんでしたっけ?あの世なんてものも信じてませんでしたが、神様がいるならあるんでしょうね。あの世で重い罰を受けようと思います」


『いやいや!いやいやいやいや!!ちょっと待って!!異世界転生したくないの!?』


「はあ。異世界というのがどういう世界か知りませんし、たとえどんな世界だとしても僕は基本的に"人生が下手"なんだと思いますから。どこへ行こうと大差ないんじゃないかな」


『う………』


 困った。

 最近の20代~40代くらいの世代なら「異世界」と言えば一発で理解してもらえる便利なワードだが、どうやらこの導星にはそれが当てはまらない。

 この様子では本人の言う通り、仮に異世界転生させたとしても、第二の人生を心の底から素直に楽しんでもらえないかもしれない。

 だがそれでも。

 それでも、と"管理者"は思う。

 ここまで精神を疲弊させた若者を、現在の辛い環境から抜け出させ、新しい可能性を与えたいと。

 可能性によって明るい未来が見えてくる事もあるかもしれない。


『……わかりました。では、一度"異世界"を体験してみてください』


「それって………どういう事ですか?」


『これから君を、24時間限定で"お試し異世界転生"させます』


「え?……でもさっきはエネルギーが溜まってないとかなんとか……」


『うぐ』


 先ほどの「エネルギー不足」という表現は、導星に理解させやすくするため"管理者側の都合"を省いた方便でしかない。

 実際のところは「タイミング」というのが問題であり、こちら側の世界の人間を異世界へ転生させるには双方の世界の準備が整っている必要がある。

 すなわち「こちらの世界から人間を一人送り出す準備」と「別の世界から人間を一人受け入れる準備」である。

 先ほどはそこを上手く説明するのが面倒であったため「エネルギー不足」という表現を使ったが、早速裏目に出た。


『あー………である故に24時間限定なのです』


「でも、その24時間分のエネルギーを消費しちゃうんじゃ………僕はいいんで、他の誰かのために取っておいて……」


『はい!それじゃあ、行ってらっしゃい!!』


「あ、ちょっ……」



 最後まで言わせる前に、導星を異世界へ"お試し転生"させたのであった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 目の前が真っ白に光輝き、眩しくて目を固く閉じる。

 そしてすぐに(まぶた)の向こう側が真っ白な光ではなくなった気配を感じ、ゆっくりと目を開ける。

 するとそこは、どこかの森の中であった。


「え………何これ………本当に?」


 先ほどまで聴こえていた声も、もしかしたら自分の幻聴かもという可能性まで考えていた導星だっただけに、一瞬にして目の前の景色が変わるという現象を体感し、今一度認識を改めようと頭を働かせ始めていた。

 もっとも、「幻聴の可能性」から「夢の可能性」に疑いがシフトする、というだけであったが。


『……聞こえますか?導星』


「あ、神様」


『ここが、君をいずれ本格的に転生させる予定の異世界です。とりあえず今日一日、この世界を体験してみてください。異世界転生の下見というやつですね』


「下見………ですか」


『そうそう、本来の転生の時は戦闘能力も魔力も全て普通の一般人レベルからスタートさせますが、今回は一日だけのお試しという事で、全ての能力が最強クラスに設定されています。なので存分にこの世界を満喫してください』


「魔力………」


 と言われても……と言おうとしたが、さすがに思った事を即座に声に出せるほど、脳の処理が追いついていなかった。

 だが、ここまでくると逆に「諦めの境地」に達し始めていた。

 脳の処理が追いつかないなら、無理に追いつかせようとするのはやめよう。



「もう、何でもいい。一日だけ見て廻ろう」

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