五節 魔力暴走
「…………ッ、うーん……」
……何が起きたのか。
それを理解するのに少し時間を使ってしまった。
身体中が痛い、そして熱い。
どうやら、さっきの火の塊が僕に直撃して、その衝撃で吹っ飛ばされたんだろう。それで壁に叩きつけられて、今に至る、と。
恐る恐る目を開け、身体を起こす。同時に全身に痛みが走った。精霊の加護があっても、流石にあの火の塊のダメージは防ぎ切れなかったか。身体中に火傷を負ったようだ。かなり痛い。
しかし、あんなにどデカい火の塊をまともに受けているにしては、痛みが薄い。どうやら、精霊の加護が威力を少しだけ軽減してくれたそうだ。
精霊の加護って意外と万能だな。まさか、防御力を上げる効果もあったなんて。もしこれが無かったら、今頃、全身大火傷を負ってあの世行きだっただろう。
「ご無事ですか、マスター」
途端、チャックの声が聞こえる。どうやら心配してくれているらしい。
「あぁ、大丈夫だ。心配掛けてしまってごめん」
「そんな、滅相もない」
「というか、一体何が……」
立ち上がりつつそう言い掛けた所で、僕は目に映ったものによって、言葉を失った。
目の前の木材が消えていた。いや、正確には消し炭になって辺りに散っていた、と言うのが正しいか。どうやら、先程の火の塊によって木材が破壊されたらしい。
どういった経歴でかは、見ていなかったので何とも言えない。しかし、正直そんな事はどうでも良かった。
「ぐ、うぐっ……、ハァ、ハァ……」
目の前の日野子は、僕が今まで見てきた日野子と様子が全く違った。
その身体を紅く光らせ、両手に真っ赤な炎を纏いながら、苦しみ踠いていたのだ。息を上げ、苦痛の表情を浮かべながら。
そして彼女の居る方から、さっき感じた謎のオーラと熱気が漂ってきていた。
「な、何が起きてるんだ……?」
「……あれが、〝魔力暴走〟です」
「…………え? 何で魔力……」
「私にも詳細はよく解りません。しかし、あの方の身体から、かなり強力な魔力を感じます」
「なんだって⁈」
じゃあ、彼女の身から漂うあのオーラは、やっぱり魔力だったという事か。僕の予感が的中してしまった。
「恐らく、あの魔力は〝火炎〟です。その〝火炎〟の魔力が、先程何らかの原因で目覚め、体内で暴走を始めています。運の悪い事に、自然現象を操る魔力故に、かなり大規模な物になっております」
「嘘だろ……!」
こうしているうちにも、日野子の魔力はどんどん勢いを増してきている。
抑える難易度が高い自然現象を操る魔力である上に、火事によって精神も不安定になっている。更に言えば、彼女は魔力に目覚めた現実を受け入れられていない。
最悪の事態が次々と重なり、日野子を苦しめている。正に最悪のシナリオだ。
「止まって……! お願いだからっ、止まって!」
目の前の日野子は、暴走する魔力を抑えようと身体を小さくする。必死に自分に言い聞かせようとする彼女のその瞳には、涙を浮かべていた様に見えた。
「日野子っ!」
「ダメっ、逃げ……て、シルク………!」
日野子の声が聞こえた途端、彼女の左手が紅く灯ったかと思うと、瞬時に先程の炎の塊が放たれた。その大きさは先程の物より一回り大きかった。
身の危険を察知した僕は、咄嗟に横に転がり受け身を取る。炎の塊は、僕の横をそのまま直進し、壁に着弾すると同時に音を上げて爆発した。
間一髪、どうやら回避に成功したようだ。
「日野子、落ち着くんだ! ここで平常心を乱したら更に魔力が暴走するぞ!」
「……そんな事、言われても……、ッ!」
日野子の体内の魔力が膨張するのを感じた。先程の火球を放つ時のそれとは比べ物にならない。これはさっきよりも強力な物が来る予感がする。
「……あぁ…まただ、お願い……! 早く、逃げて……!」
これはまずい、ここは一旦距離を取らないと。そう考えてはいるのに何故だろうか。恐怖のせいか、足が震えて思うように動かない。
そして、彼女の両手から火が放射された。放射された火は音を上げながら真っ直ぐに放たれ――。
「――――っ!」
――そのまま僕のすぐ横を通過した。
危なかった。あれをまともに喰らっていたら、流石の精霊の加護でも黒焦げになっていただろう。そう考えただけでも足が竦み、まるで石の様に固くなる。
――僕はなんて無力なんだ。
あまりの苛立ちに歯を食い縛る。
目の前で友人が、大切な人が、苦しんでいると言うのに、ただ僕は彼女に向かって叫ぶ事しか出来ないのか。ただ突っ立っている事しか出来ないのか。
彼女の苦しみを抑える事も、彼女の感情を落ち着かせる事も、何一つ出来ない。これで〝世界を変える〟だって? 馬鹿馬鹿し過ぎて我ながら反吐が出る。
ただ、相手の魔力の様子を見れば、分が悪いのは、一目瞭然だった。むしろ悪過ぎる。対して僕は、まだ魔力解放の方法すら解らない様な状態だ。同じ魔力を持つ者なのに、魔力を使えないのであれば対抗出来ない。
そんな僕が、彼女の魔力に太刀打ち出来る訳――。
「マスター! 前方から火球が!」
ネガティブな言葉で脳内が埋め尽くされる中、左耳に声が届く。僕はハッとして前方を見た。
目の前から、再び火球が迫ってきていた。
それもかなり大きい。先程の火球より更に一回り大きく、僕の身体を覆い尽くすかの様な大きさだった。
「―――――――ッ!」
今まで放たれてきた物とは比べ物にならない程の威力なのは間違いない。あの火炎放射でさえも超える威力だろう。多分、精霊の加護があっても致命傷を負ってしまう。
「だめ……ッ!シルクーーーッ!」
危ない………ッ!
覚悟を決めた僕は、反射的に防御姿勢を取り、咄嗟に目を瞑る。
その時、今まで感じた事のない感覚が身体中を走った気がするが、それを追求する余裕は無い。
そしていつしか、火の粉と灼熱が肌に伝わる程まで火球が近づき――。
「………………………」
沈黙が続いていた。
身体が吹っ飛ばされる感触は無い。
痛みも、熱さも、感じない。
おかしいな、今頃僕は激痛で気絶してもおかしくない状況な筈だ。それなのに、意識も正常だ。
……一体何があったんだ?
僕は思わず瞑っていた目を恐る恐る開く。開いた目の前には、二つの大きな影が映っていた。
チャックと似た様な、神々しく神秘的なオーラ。その身体は霧の様な光で包まれており、若干透明になっていた。
甲冑を身に付けており、その姿はまるで騎士。いや、騎士そのものだった。自身の身体より大きな盾を構え、もう片方の手にはランスを持っていた。
「何だ………これは?」
全てを理解するのに、大分時間が掛かった。
しかし、このオーラ、その姿、その微小に感じる魔力から察するに、心当たりは一つしか無かった。
「まさか、〝騎士の精霊〟……?」
「マスター、おめでとうございます」
チャックは僕の横に飛んできて、今までより若干興奮気味の声色でそう言った。まぁ、表情はあまり変わりないけど。
「あの精霊は、貴方様の魔力によって呼び出された者です。つまり、マスターは完全に魔力を扱える様になったという事です」
「なんだって……? つまりそれって……」
「改めましておめでとうございます。これにより、マスターは正真正銘の〝魔力者〟と呼ぶに相応しい者となったのです」
僕は、ふと右手に目を向ける。
実感は無い。しかし、今まで頭の中を覆い尽くしていた黒い雲が晴れ、何処からか希望の光が差してきたのは、言うまでもなかった。
御精読、有難うございます!
ここで魔力に関する解説を。
日野子の魔力、〝火炎〟は火を操る事が出来る攻撃型の魔力です。火球や火炎放射を放ったり、自身の手に炎を纏ったりする事が可能です。
但し、水に弱い為、水辺や雨中での戦闘は苦戦を強いられる、と言った所でしょうか。
次回はシルク君の快進撃が始まります。
若干戦闘描写っぽいのが入ってるかも、です。まだ本格的な物ではありませんが。
そして、シルク君は日野子を救えるのか、是非御確認下さい。