二十三節 属性
〝睡眠〟の魔力者こと、妖夢の襲撃から二日後。
金曜日の放課後の事だった。
「チャック、本当にここで合っているのか?」
「えぇ、間違いありません。昨日この街の上空で、強力な魔力反応を感知しました。恐らく、この辺りが感知源かと」
「そうか。……なるべく、日没までには戻りたいとこだけど、この調子だと捜索は難航しそうだな……」
まぁ、日没と言っても、今日は曇っているから日が見えない訳だけど。
まぁ、そんなこんなで、僕とチャック、そして日野子の三人は、魔力者勧誘作戦の一環として隣町に訪れていた。ここ最近、僕等の代わりに魔力者の捜索をしてくれていたチャックが、昨夜、遂に魔力者を捜し当てる事に成功したからだ。
しかし、チャックの案内によって、今住宅地の方を捜索しているものの、中々見つからない。そんな訳で、この住宅地の辺りを三人で彷徨っているのだ。
「あれ、そういえば響君は?」
ここで日野子がそう問うてくる。
そういえば、彼女にはまだ伝えていなかった。
「あぁ、アイツは部活だよ。なんか本番が近いとかなんだで、休めないんだって。後で合流するとは言っていたけれど」
まぁ、急に今日行く事になったので、突然部活を休めなど言える訳がないのだが。
「へぇ……、流石は吹奏楽部。相変わらずブラックだなぁ……」
「んな事言うなよ……。響に悪いだろ? それに、うちの学校で一番大変って言われてる部活、水泳部じゃなかったっけ?」
「あぁ、言われてみれば確かに。よく言われてるよね、うちの水泳部」
そう納得した様に日野子は頷く。
そう、我が校の水泳部は結構広く名の知れた部で、なんと、全国大会の常連とも言われる程の強豪なのだ。
その為、朝から晩、夏冬関係無く練習漬け。その上休日もあまり取れない、という僕だったら三日もしないうちに退部してしまう様なハードな練習メニューに取り組んでいるそうだ。
まぁ、うちの運動部はそれなりに盛んな所が多いから、どこに行ってもそれなりに活動は大変だしな。因みに、響曰く、吹部に関しても結構盛んらしく、本選大会(?)に行く程の実力はあるそうだ。吹部の事はよく解らないけれども。
「私が最近よく話す〝真凛ちゃん〟って子も、水泳部の活動、結構大変だって言ってたしなぁ。でも、練習はそれなりにためになる物で楽しいみたいだよ?」
「へぇ、そうなのか。てか、その〝真凛〟って人、最近日野子がよく話してる人だよね? あの人も水泳部なんだ」
「そうそう! よく解ったね」
「まぁね、結構目にする事が多いからね」
何気なくそう返す僕だったが、それを聞いた日野子は何故か意味深な笑みを浮かべた。
あれ、僕何か失言でもしたのかな? 普通に会話しているつもりだったんだけれど。
「……何々? もしかして、私が他人と仲良くしてるの見てヤキモチ焼いてる感じ? やだもぉ、可愛いなぁ」
「何故そうなる……」
いや、ほんとに何故そうなる。
ほんと、女子の発言はたまに謎めいている。
「……別に、日野子がどうしようと僕には全く関係無いし、それに偶々見かけただけだよ。たまたま」
「ほんとかなぁ……? もしかして、話し相手が居なくて、寂しかったとか?」
「話し相手ぐらい僕にも居るわ」
そう返すと、日野子は悪戯っぽくニヤけ顔を浮かべる。止めろ、その笑い方をされると、本当に友達が居ないみたいじゃないか。
クラスの友人は本当に居る。嘘ではない。
実際、趣味が合って会話する様になった人は、ここ数日で結構増えている。
因みに、僕の事を霊媒師だの死神だの変な扱いをしているのも彼等である。まぁ、この件に関しては、特に気にしていないけれど。
「…………!」
……と、ここで。
チャックが何かを感付いた様に動きを止めた。
「……どうした? チャック」
僕は一応問うてみる。
動きを止めた、と言っても、この感じは危険を察知した様な雰囲気ではない。むしろ、『何かを見つけ出した』時の様な雰囲気である。
……という事は、もしかして。
今度は視線で問うてみた。
するとチャックは、微笑を浮かべて頷いた。
「……えぇ、魔力者の居場所を特定出来ました」
「本当か?」
「はい、長らくお待たせ致しました。私とした事が、かなり手を焼いてしまいました」
「いやいや、そんな」
むしろ褒め称えたいくらいだった。
今回の件に関しては、チャックに頼りっきりだったからな。本当に世話になった。
「場所は恐らく、この先にある児童公園の何処かかと。その奥部から、昨日とよく似た魔力反応を先程感じました」
「も、もうそこまで特定したのか……」
相変わらず凄いな、コイツの探索能力は。
何を根拠にそんな的確な推理が出来るんだ。シャーロックホームズも顔負けの推理力である。
「よし、そうとなれば急いで向かおう。チャック、引き続き案内を頼めるかい?」
「承知しました。此方です」
チャックの誘導により、僕等はその児童公園へと足を向ける。
一応スマホを開き、児童公園への道筋を検索する。すると、運の良い事に、目的地はこの先を直進した先だった。これなら、すぐに到着するだろう。
……にしても、今日は暑いな。
夏が近付いている所為か、アスファルトが少しばかり熱を放っていた。もう日が沈むというのに、空気が蒸しており、その所為か首元や背中にべっとりとした汗が張り付き気持ちが悪い。
少しでも汗を乾かそうとワイシャツの袖を仰ぎつつ、薄橙色を帯びた雲を見つめていると、ふと頭の中でとある興味が湧いた。
早速、チャックに問いをぶつけてみる。
「ねぇ、チャック」
「何でしょうか、マスター」
「その魔力者の魔力の詳細とか、そういうのって解ってたりする?」
「そうですねぇ……、あくまで、私の憶測を含む解答ではありますが……」
そうチャックは顎に手をやる。
「恐らく、あれは木属性の魔力。木々や自然エネルギーと共鳴していたので、その可能性は高いかと」
「……? 〝属性〟?」
初めて耳にする用語に、僕は少し戸惑う。
正確には、ロールプレイングゲームとかでしか聞かない様な、場違いな単語が出てきて、と言った所か。
何? 魔力にも属性とかあるの?
「はい、ありますよ」
チャックはこくりと頷く。
「魔力には、大きく分けて、火、水、土、風、木、光、闇、無、謎、と言った九つの属性が存在します。属性によって、相性や特性等が存在しますが、大体の魔力は無属性に分類されます」
「へぇ、そうだったのか」
「未だに解明されていない属性もある為、詳細は曖昧です。元々、似た性能の魔力を一括させる為の用語です故、重要性は極めて低いので、そこまで深く考える必要は無いでしょう」
成る程。
それを区別させる為の属性、という事か。
つまり、チャックはその属性を元に魔力の区別を付けていたのか。まぁ、彼にとっては、その他にもまだ基準はありそうだけれど。
相変わらず、彼の脳内は読解不可能だ。
「となると、私の属性は〝火〟という事かな? 魔力が〝火炎〟と呼ばれてるから」
「そういう事になりますね」
日野子の問いに、チャックは再び頷く。
「日野子さんの〝火炎〟は、火属性の魔力の中で最も原型に近い物ですので、区別するのが一番安易な魔力とも言えます」
「へぇ……、因みに僕の〝精霊〟は?」
「……それが、マスターの〝精霊〟は少しイレギュラーなのですよ」
「へ?」
予想外の返答に、思わずぽかんとする。
イレギュラー、と申しますと?
「例えるならば、〝光〟と〝無〟の中間地点、と言った所でしょうか。謎属性、として言い切れる訳でもないですし……」
「何だその中途半端な感じは」
「マスターの魔力は元々は特殊な物なので、区別が付けにくいのですよ。まぁ、〝属性〟は、あくまで魔力を大きく分割した様な物ですので、先程申し上げた通り、あまり深く考えない方が宜しいかと」
「ぐぬぬ……」
何だろう、このすっきりしない展開は。
胸の奥が物凄くモヤモヤするのだけれど。
この件は、しばらく心の中に残りそうだ。
……と、そんな事を話しているうちに、僕等はいつの間にか、児童公園の入口を通過していた。
話していると、本当に時間の流れが速く感じるものだ。とりあえず様子を確認しようと、辺りを見回してみる。
木々が彼方此方に立つその公園には、原っぱが広がっており、辺りを見回してみると、ネットや滑り台、ターザンロープと言った、様々なアスレチックの遊具が幾つか設置されていた。正に子供で賑わいそうな場所だと言えるだろう。
そんなアスレチック広場の奥には、鬱蒼とした木々が並んでいた。どうやら雑木林の様だ。チャックの言う〝奥部〟と言うのはあそこかもしれない。
とりあえず、雑木林の方に意識を集中させてみる。
「…………」
……案の定、木々の奥部から、風に乗る様に流れてきた不思議な物を感じ取った。
今まで感じ取ってきたこの感じ、間違える筈も無かった。
「……魔力を、感じるね」
どうやら日野子も感知したようだった。
その一言に無言で頷く。
「あの奥へ行ってみましょう。……大丈夫です、あの魔力からは、敵対意識を感じません。下手に刺激しなければ、攻撃される事は無いでしょう」
「……あぁ」
確かにチャックの言う通りだ。
魔力からは、敵対心を感じない。
だけど相手は魔力者だ。日野子や妖夢みたく、暴走を起こす可能性も考えられなくもない。
ここは、警戒心を忘れず、慎重に。
「……行こうか」
軽く息を吐き、雑木林へと歩き始める。
雑木林へと近付く度に、段々と魔力の気配が濃くなっていくのを感じる。
響の時の様な、手慣れた感じ。だけれど、どこか怯えている様な、そんな乱れの様な物も感じ取れる。
一体、どんな人なんだろう。
そんな期待や不満を抱きつつ、僕等は雑木林に足を踏み入れ、木々の間を通り抜けていく。茶色に染まった枯葉の音を刻み、反応が強くなる魔力を嗅ぎながら。
そうして進んでいくうちに、視線の先に遮音壁が見えてきた。道路に隣接しているからだろうか。これ以上、先に進めない事からここが奥部で間違い無いだろう。
「…………」
感じる魔力が強い事から、発生源はここで間違いは無かった。
……いや、間違えるはずがなかった。
理由は他でもない。発生源であるから、というのも言えるだろうが。だが、もっと説得力のある理由が、そこにはあった。
何故なら、本来ここに存在しないであろう謎の物体が嫌でも目に入ってきたからだ。
「……何だ、コレ……」
思わず絶句した僕の目に映っていたのは、樹木で形成られた、人一人分の大きさをした球形の物体だった。
シルク君と日野子、相変わらずイチャイチャしてる。
〝属性〟に関してはあまり深く考えなくて大丈夫です。物語上、全く重要性が無いので。