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マジック・オブ・ブレイヴ  作者: 早河 遼
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二十一節 睡眠

 

「……さて、どうすべきか」


 ぼそりと呟いてみるが、そうした所で何か解決する訳では決して無い。


 今ここで目の前の相手と戦うべきなのだろうが、近くには母やチャックがいる。下手すれば、戦闘に巻き込む可能性が高い。


 しかしだからと言って敵に背を向けた途端、背後から攻撃されるのは当然の事だ。なので、別の場所に移動させる事も出来ないと考えるしかない。


 まともに戦う事も出来ない上に、その原因を解決する事も出来ない。


 ……何気に詰んでいると感じるのは、気の所為だろうか。


「……〝睡眠(スリーピング)()煙砲(スモーク)〟」


 妖夢が再び煙の砲弾を放つ。大きさは先程より一回り大きいと言った所か。


 それに対抗して僕も下位精霊を現界し、その短剣による一閃で何とか相殺した。


 しかし、相手も攻撃の手を緩めない。

 相殺された事を知った途端、また一発、二発と砲撃を繰り返す。穏やかな女の子に見えて、その好戦的な姿勢は雷鬼の時と似ていた。


 此方も下位精霊の現界を繰り返し、一発ずつ相殺を狙っていく。そんな中で、この状況を打破する方法を考えるべく、僕は頭を働かせた。


 しかし何故だろうか、働かせれば働かせる程、思考力が鈍くなっている。身体の力も心無しか抜けていっているし、瞼も重たい。


 おかしいな、弾は防いでいる筈なのに。


 砲撃をピタリと止めた霊夢は、微笑みを浮かべて口を開いた。


「だんだん、ねむたくなっているみたいですね。あなたがこの煙を吸っているかぎり、どんなに耐えようときょうれつな睡魔におそわれます。これであなたの敗北はもはや、かくていずみです」


「煙を、吸っている限り……」


「そです、なのでおとなしく降参してください。でも、降参しなくてもねむりにつくのは時間の問題ですけどね」


 クスリと笑う妖夢。


 普通だったら純粋無垢で可愛らしい笑顔なのに、僕を完全に堕とそうとするその目だけで、背筋が凍る程まで印象が変わっていた。


 そうこうしているうちに、視界がグラリと揺れた。どうやら眠気によって身体がふらついたらしい。


 妖夢が砲撃している時でなくて本当に良かった。もしそうだとしたら、絶対直撃していた。その時点でもう一巻の終わりだったと思う。


 それに、まずいな、眠気が抑えられなくなってきた。


 やはり、戦闘だの保護だの以前にこの煙をなんとかしない限り、僕の敗北まで時間の問題だ。まずこの煙をなんとかしないと――。


 ここで、眠気を紛らわす為、そして相手の気を引く為に話を持ちかけてみた。


「……しかし、最早戦闘不能に等しい僕に、追い打ちをかけないんだね。良いチャンスだというのに」


「いいんです。ほうっておいても勝手にたおれてくれるし。それに、少しだけなら、ゆーよをあげてもいいかなって」


「ふーん……。性格が悪いのか、優しいのか……」


「でも、早く楽になりたいのなら望みどおりにしますよ。〝睡眠(スリーピング)()煙砲(スモーク)〟」


「どわっ!」


 咄嗟に精霊を現界して相殺する。

 危ない、やっぱり変な事はするんじゃなかった。


 しかし、本当にこの煙は厄介だ。妖夢の言う通り、放っておけば勝手に眠りについてしまうだろう。


 もう本当に限界だ。いっそ何処かに吹き飛んでしまえば一番都合が良いのに。



 ……そうか。


 いっそ、この煙を吹き飛ばしてしまえばいいのか。


「来い、皆!」


 僕の呼び掛けと共に七体の下位精霊が現界された。精霊達は僕を囲む様な配置で僕からの指示を待っているかの様だった。


「僕を中心に円を描く様に飛び回ってくれ。風が出るくらいの速度で!」


 僕の指示を受け取った精霊達は頷いた。


 そして、先程の指示通り自分を中心に、様々な軌道で、グルグルと飛び回り始めた。


 僕の目の前を精霊達が過る。

 一体、また一体……。


 普段だったら目を回す光景だが、意識が消え掛けている今では全く被害は無い。むしろ、これのお陰で目が覚めた。


 この回転によって風が巻き起こり、付近に充満してた煙を吹き飛ばす事に成功した。流石は僕の精霊達だ。ほぼ計算通りに動いてくれた。


 うん、大体こんな感じだな。


 僕はパチンと指を鳴らし、精霊達に止まる様合図を出した。すると、精霊達はピタリと動きを止め、いつもみたく靄の様に消えていった。


「そ、そんな……」


 妖夢は悲哀の表情を浮かべ、後退りをした。

 気持ちは解らなくもない。自分で練った戦略を見事に踏み躙られたのだから。


 しかし、これで終わる筈もない。


「……やだ、こんなとこで終わるのは。一人ぼっちだったわたしをたすけてくれた、主さまの恩返しのためにも、ここで終わっちゃうのは……」


 妖夢は小さな身体をぷるぷると震わせた。

 その身体から、みるみると大量の魔力が流れ落ちている様な感覚を感じ取った。


「ッ!」


 この身に覚えのある感覚に思わず絶句する。


 この規格外とも言える多量の魔力。そして彼女から感じるこの気迫。


 次の一言から、僕の予感が見事に的中する事となった。


「魔力……ッ、覚醒……!」


 目の前の幼き少女がそう叫ぶと、彼女の身体の周りを先程までの白煙が竜巻の様に包み込んだ。


 そこから、かつて雷鬼から感じ取った様な強力な魔力反応を感知する。


 おいおい、まじかよ。こんな小さな子がこんな膨大な魔力を解放させるなんて。幾らなんでも身体が保たないんじゃないのか。


 しかし、彼女の覚醒した魔力は本物だった。


 先程晴れたばかりの睡魔が一気に暴れ始め、強烈な眠気が僕を襲い始めた。


 先程とは比べ物にならないくらいの早さで僕の身体の力が抜け始め、地に膝を突いてしまう。


 駄目だ、もう頭の中も真っ白だ。


 意識も、遠退いていく――。



「う、うぅう……」



 ……何だ?


 何で魔力の発動者である妖夢が苦しそうに唸っているんだ? 一体、何が起こったんだろうか。


 あと少しで途切れそうだった意識を無理矢理取り戻し、僕は唸り声が聞こえる方へ視線を向けた。


 よく見てみると、妖夢が床に倒れ込んでいるのが見えた。大事そうに抱えていたテディベアを床に落とし、苦しそうに胸を押さえている妖夢の姿が。


「……ッ⁈ 妖夢⁈」


 なんとか身体も起こす事が出来た。目前の光景に身体が勝手に動いた、と言った所か。


「どうしたんだ? 大丈夫か?」


 今まで敵であった筈の相手の懐まで行き、声を掛ける。妖夢の表情からその苦しみが伝わってくる。



「きもち、わるい……。からだに、力が入らないし……、それに……ッ! ふるえも……止まらないよぉ……」


 この感じも、覚えがある。


 日野子が苦しんだ〝魔力暴走〟だ。彼女の体から感じる魔力がみるみる膨れ上がり、それが白煙として具現化されどんどん溢れ出ていた。


 まさかとは思うが、彼女はまだ魔力の扱いに慣れていないのではないだろうか。だというのに、無理をして魔力を解放して。自分の身体に、態々負荷を掛ける様な事をして。


 ……こんなにも小さな身体を、ここまで動かす動力源は、一体全体何だと言うのだ。


「魔力の覚醒を今すぐ止めるんだ! じゃないと君の身体が保たないぞ!」


 そう叫んでみるが、彼女は意地でも魔力の覚醒を止めようとしなかった。苦痛が滲むその表情が変わる筈も無く、むしろ苦しみが増している様にも感じた。


「な……んで……」


 妖夢は苦し紛れに口を開く。


「なんで……、わたしのことを……気にかけるんですか……? わたしは、あなたの、てきなんですよ? あなたを、たおすために……、この家を、しゅうげきしたんですよ……? それなのに……なんで……」


「……理由なんて、ないよ」


 僕の考えは言葉通りだ。


「逆に理由が必要なのかよ、目の前の苦しんでいる人を救おうとするのに。確かに君は僕の敵だ。ほんの数秒前まで僕を苦しめてきた敵だ。だけども……! 今はそんな事言ってる場合じゃないだろ?」


 心無しか語気が荒くなっている気がしてきた。妖夢の発言に少し苛立ちを感じたのかもしれない。


「君はまだ幼いんだ。そんな膨大な魔力を身体に溜め込んでいたら、壊れてしまう。例え敵であろうと、もう君の苦しむ姿なんか、見たくないんだよ……!」


 それにこれでは、日野子の時と同じなんだよ。


 もうあんな辛い思い、誰にもさせたくないんだ。


 すると、僕の発言が不思議に思えたのか、妖夢はとろんとした瞳を僕に向けた。


 その瞳は少しだけ潤んでおり、小さな口から漏れ出る息はかなり荒れていた。


「……おひとよし、すぎます」


 その呟いて、妖夢は力無く微笑んだ。


 すると、彼女から魔力の気配が一瞬にして消え去った。


 どうやら魔力の覚醒を解除した事で、暴走が収まったらしい。部屋に充満していた白煙も、跡形も無く消え去っていた。


 一先ず、全て解決したらしい。


「……ふぅ」


 僕は深く溜め息を吐いた。


 遠目にチャックや母の様子を確認する。巻き込んだ感じは無さそうだった。とりあえずは一安心だ。


 ……さて、問題は。


 妖夢をどうすべきか、だ。


「すぅ……すぅ……」


 妖夢は、今までの戦いがまるで無かったかの様に、可愛らしい寝顔を浮かべながらすやすやと眠っていた。


 ……魔力による副作用、ってヤツかな。

 とりあえずこの子の事、なんとかしないと。


 僕は妖夢の寝顔を眺めながら、これからの対策を考え始めた。




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