十九節 風
「……………」
「………やぁ、雷鬼君。久々だね、元気そうで何よりだよ」
「……遅ェぞ、クソが」
赤や黄色、白と様々な光が目紛しい夜、都会の近くのコンクリート状の建物の屋上に一人の少年が入ってきた。彼の到着は、待ち合わせより十五分も遅れていた。雷鬼は背後の影に向かって舌打ちをする。
「仕方ないじゃないか。ボスに少し報告があってね、それが大分時間掛かったんだ」
「詰まらん嘘は吐くな。ど〜せ親父との面会だろ?」
「……やっぱバレバレか。敵わないなぁ、雷鬼君には」
少年は肩を竦むと、柵に身体を預けて目の前に広がる夜景を眺めた。
「良い眺めだね」
「馬鹿馬鹿しい、ただ目が痛くなるだけだろうがよ」
「まぁね。けどもこの景色好きだよ、俺は」
「はぁ〜ぁ。てめぇとは気が合わねぇな。反吐が出るわ、ったくよ」
「ははは、違いない」
少年は後ろでコンクリート状の床に座りこんでいる雷鬼の方を向いた。
「〝精霊〟の件は、今どんな感じだい?」
「この前接触した。邪魔が入って仕留めらんなかったけどな。ボスにはまだ捜索中で通してる」
「そっか……。でも大体の動きは把握済みなんだろ?一昨日ぐらいに、組織で情報が回ってきたけど」
「……あぁ、俺が送ったヤツか。その様子なら、誰か動き始める、と言った所か」
そう言った雷鬼の口は、悪っぽくニヤリと笑っていた。それを見た少年も鼻で笑う。
「あぁ、僕が耳にした情報だと〝睡眠〟の子がそろそろ動き始める筈だ。組織もいよいよ本気を出し始めた、って言う所かな」
「ったく、あんな雑魚に大勢で行った所で面白くねぇだろうがよ。俺一人で充分だろ」
「念の為だよ。それに、覚醒した〝精霊〟の魔力がどれ程恐ろしい物か、君も重々解ってる筈だけど?」
「……まぁな」
勿論、雷鬼には解っていた事だった。〝精霊〟の魔力がどれだけ自分達の組織に影響を及ぼすか、という事を――。
「ヤツにはボスがとどめを刺した筈だ。それなのに、〝精霊〟の魔力は未だに健在してやがる。ボスの目的、それと俺様の目的を果たす為に、今度こそ終わらせてやる……ッ!」
心底に眠る怒りによって、彼の手に力が入る。雷鬼の脳裏に移る怒りの根源は、目の前にいる少年でさえも解らなかったであろう。
「そうだね、それには俺も賛成だ。俺達魔力者が報われる世界を作る為にも――」
「当然だ。今更何をほざいてやがる……」
「あ、そうだ。今度紹介してよ、〝精霊〟の魔力者。一度でも良いから挨拶しておかないと」
「んだよ、てめぇも同行すんのか?」
「別に悪くはないだろ? どんな人なのか、結構気になっててさ」
組織の脅威とも言える〝精霊〟の魔力者がどんな人か興味深々な少年を見て、雷鬼は呆れた様に溜め息を吐き、頭を掻く。
「……金曜に実行だ。詳細は後日連絡する。今日みてぇに遅れたら、マジぶち殺すからな?」
「了解了解。今から楽しみだよ」
少年がニヤリと笑うと、その周りを異様な旋風が音を立てて旋回し、雷鬼の髪や服を大きく揺らした。
◆◇
「………………ッ!」
「……? どうした、チャック?」
テスト勉強を進めるべく、数学のノートと睨めっこしていた僕は、チャックが急に窓の方を向いた事に気づいた。何かを感じ取ったかの様な勢いだったけど……。
しかし、チャックは何事も無かったかの様に咳払いをし、僕の言葉に返答する。
「い、いえ。特に何も御座いません。失礼しました」
「あ、あぁ……。何も無いなら良いんだけど……」
とりあえず何事も無かった事が解り、安堵する僕であった。途端、窓から流れてきた異様な風を感じる。
普通の風である筈なのに、何故だろうか。触れた肌に悪寒が走る。
――自分にもよく解らない。
しかし、何か良からぬ事が起きるのではないかと、その時の僕は察したのであった。