十八節 帰路
〝精霊達の回復〟と〝魔力の強化〟。
無事に二つの目的を達成した僕達は、今バスに揺られながら帰路を進んでいた。
スマホの画面を開いて時間を確認すると、どうやら正午を過ぎてからまだ余程の時間は経っていなかった。精々一時間ぐらい? 大分経ってるか。
そんな事を考えていると、突然僕の腹から間抜けな音が鳴った。それと同時に胃の方で、まるで異様な空気が溜まるかの様な感覚に陥った。
どうやら、僕の腹の虫が鳴いた様だ。要するに空腹のようだ。そういえばもう昼時なのに、まだ何も口にしていなかったな。
「あははは! 今凄い音だったよ、シルク!」
それに反応した日野子がゲラゲラと笑う。
みるみるうちに自身の顔が火照っていくのを感じた。止めろ馬鹿、笑い過ぎだ。
「でもそだよね、私もお腹ぺこぺこだよぉ」
「俺も右に同じだ。帰る途中でどっか寄ろうぜ。マックで良いか?」
「賛成!」
「賛成っ!」
響の提案に口々に賛成する。
これからの僕等の予定が無事決まったようだ。
「そういえば、チャックはハンバーガー食えんのか? というか、何か食ってるイメージが思い浮かばないんだが……」
「確かにチャックは家でも何も口にしないなぁ。今まで気付かなかったけど……」
「チャックさん、可哀想……。もっと助手を気遣いなさい、シルク」
「うぐっ……。地味にダメージが大きい……」
日野子の叱りの言葉が、ぐさりと突き刺さる。ほんと、御もっともな意見です。返す言葉もありません。
「お気遣い有難う御座います、日野子さん。しかし、私は精霊です故、食事は不要なのです」
「え、そうなの?」
「えぇ」
チャックはこくりと頷く。しかし今気付いたけど、今みたいな車内とかでも自分の定位置を維持しながら浮遊出来るのか。何だか不思議な物だ。
そんな事を考えるうちに、自分はチャックに無関心だった事に薄々気付き始め、心底申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「すまんな、チャック。下手な嘘を吐かせる程無理させちゃって。後でアップルパイ、奢ってあげるからね」
「別に私は嘘等吐いておりませんが……。ですが、マスターの命令ならば喜んでお受けしましょう。私自身も、その、あっぷるぱい、とやらに興味を引いたので」
「だから命令として受け取られると、逆に申し訳なくなるんだが……。というか、嘘で無いなら、本来生き物が食事で摂取する物を、お前はどうやって補ってるんだ? 栄養分とか……」
「マスターの魔力です」
「え? 僕の魔力?」
「はい、人間を始めとする生物が食事で摂取している栄養分となる物は、全て魔力で補っています。私の場合はマスターに宿る魔力ですが、他の精霊達に関しても、聖域に宿っている魔力を補充しながら生息しております」
「な、なるほど……」
だから精霊達は聖域に住んでいる、という事か。この前チャックの言っていた事と見事に繋がった。
「じゃあ空腹にもならないという事か」
「えぇ、それに関しては、幽霊や守護霊等、霊の類いである者達に共通する特徴ではありますが」
「……ふーん」
僕は軽く相槌を打ってみる。
しかしどうでも良いけれど、幽霊とか守護霊とかも実在する物だったのか。まぁ、精霊が居る時点で不思議ではないが。昔の僕だったら絶対信じなかった話だっただろうけど。
「……さて、雑談はとりあえず置いておくとして」
ここで、僕は先程泉で聞いた話に触れておく事にした。
「……他の魔力者を集める、って言ってたけど、一体どういう方法で進めていくんだい? あとは目標人数だとか、詳しい話を」
「そうですね……」
チャックは顎に手をやり、天井を見上げながら考え始めた。
「……まずは数、ですね。これに関しては様子を見て判断しますが、やはり多い方が断然有利でしょう。精々二人位は勧誘したい所ですね」
「確かに。それは妥当な判断かもな」
響が共感したかの様にこくこくと頷く。
二人か。少ないようで結構大変そうだな……。ここはチャックの捜索能力に賭けるとしよう。
「次に方法ですね。魔力者に関しては、私が付近の街を飛び回って情報を集めてきます。それが一番効率が良いかと」
「……そうか? 確かに一番魔力反応に敏感なのはチャックだけど、流石に一人で希少な魔力者を探すなんて、中々難しいんじゃないか? 人手が多い方が良いだろうから、僕達も協力するけど」
僕はチャックにそう尋ねてみる。
しかし、チャックは首を横に振った。
「……いえ、有り難き提案なのですが、皆さんが探索に協力するとなると、〝豪腕〟の者達に狙われる危険性が高くなります。ですので、今回は控えて頂きたいです。それに……」
「それに?」
訊き返してみた僕だったが、同時に嫌な予感がした。これからチャックの口から、聞きたくもない言葉が出てくるような、そんな気が……。
「……皆さん、定期テストと言うのが近いのでは? 学校で耳にしましたが、どうやら学力を試す物であるとかないとか……」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! それを口にするなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
バスに乗ってる他の人を考慮しながらとりあえず叫んでみるが、悲しい事にどれだけ叫んでも現実からは逃れられない。
そうなのだ、僕等の高校ではテストまでもうじき一週間を切ろうとしていた。捉え方によっては、今降り掛かっている事態よりも恐ろしい事である。
他の二人の様子を見てみても、やはりその顔は見事に青褪めていた。やっぱりそうなるよね、当然の反応である。
「う、うううう、嘘だよね? 定期テストが近づいてるだなんてそんなの嘘だよね? きっと、チャックさんなりの〝スピリッツジョーク〟だよね?」
「何ですか〝スピリッツジョーク〟って……。私は滅多な事がない限り、嘘は吐きませんよ? 日野子さん」
「い、嫌だよぉぉぉおお……。私、全然勉強してないのにぃ……」
日野子は涙目になって嘆いていた。彼女は部活に関しては優秀だが、勉強は並レベルなのである。というか、マジで何なんだ? 〝スピリッツジョーク〟って。
「だ、大丈夫だろ!最低限の勉強をすれば赤点なんて取んないと聞くし、大丈夫だろ! そんな事よりチャックの手伝いをした方が良いだろ? な?」
「響……お前って奴は! なんて天才的思考を持っているのだ! 僕は一生お前に着いていくぞ!」
現実逃避の中で生まれた二人の友情。
肩を組みながらわははと笑っていても、当然チャックは許す筈も無く……。
「駄目です。今回ばかりはマスターであれど許せません。高校での成績は以後響くと担任の先生も仰っていたではありませんか。魔力者に関しては私にお任せ下さい」
「「は、はい……」」
男の友情パワー、惨敗。
結局、現実と向き合う羽目になってしまった。
これ以上駄々を捏ねても、チャックには通用しないだろうな……。諦めて勉強しよ。
と、ここで。
バスのアナウンスが終点に着くと知らせてきた。
もう着くのか。会話してると、案外時間の流れが早くなるものだ。降りたら皆で昼食タイムにでもするか。
「響、マックの場所調べて貰っても良い?」
「何故に俺? まぁ、良いけど……」
「……てか、この近くにあるのかな?」
「あるみたいだよ、ほら」
何故か響より先に日野子がスマホを見せてきた。画面の地図アプリを見る限り、どうやら駅前に一店舗あるようだ。丁度良い。
「という訳で、悪いな響。お前の負けだ」
「何の勝負だよ! てか、頼んでおきながらそりゃねぇだろ、お前ら!」
「お、アップルパイのクーポンあった。ラッキー」
「無視するなっ!」
何だ何だ、冗談だって。
響のツッコミとその表情があまりにも面白くて、僕は思わず吹き出してしまう。
その後、四人は近くのマックで少し遅めの昼食を取った。
因みにチャックはアップルパイをえらく気に入ったらしく、普段の顔からは想像出来ないホッコリした顔で頬張っていた。ギャップが凄すぎるな、この精霊さんは。
それと、〝魔力者勧誘作戦〟に関しては結局バスでの話通りとなった。
チャックが捜索を進める中で、僕等は最大の敵、テストとの戦いに向けて準備する事となったのだったーー。