十七節 覚悟
僕に続いて日野子や響君も泉の水を飲み、三人全員が自身の魔力を強化し終えた。やはり他の二人も自分の魔力の変化に戸惑いを隠し切れない様子だった。
泉の水を飲んでから少し時間が経った僕でさえも、未だこの感覚に慣れない。何というか、今までの自分とは違うものになってしまったのではないかと不安を覚えたりもする。
でも、変わってるのは魔力だけだ。心臓だって平常通り作動しているし、手を開閉してみてもしっかりした感触がある。やはり今まで通りの自分である事に変わり無い筈だ。
「……でもやっぱり慣れないね、この感じ。身体の中が何だかポカポカするし……。何だか身体の中がコタツになってるみたい」
「コタツって……。もう少しまともな例え無いのかよ……」
「もう、うるさいなぁ。この例えが一番近いのっ」
僕のツッコミに対し、日野子は拗ねた様子でそう言う。
「でも、確かに身体はポカポカするけど、コタツ程では無い気がするなぁ。もしかして、これって個人差なのかな」
「日野子さんの〝火炎〟の魔力によるものでしょう」
ここでチャックが割って入ってきた。
「魔力の活性化による身体の変化は、皆さんが宿している魔力の種類によって大きく変わります。日野子さんの魔力は炎を操る物ですので、他の御二人より体温の上昇が高くなるのです」
「な、成る程……」
そこはやっぱり〝個人差〟という事か。
「そういえば、さっき〝慣れない〟みたいな事言ってたけど、火事の時も魔力の暴走で体温上がってなかったっけ? あの時とはまた違うの?」
「みたい、だね。あの時は熱くて熱くて仕方なかったけど、今回のはなんだか違うの。身体の奥底から熱がじわ〜って広がっていく感じ」
「ほ、ほうほう」
日野子は腕を動かしながら説明してくれたが、正直言って解り難かった為、少々曖昧な返答になってしまった。
まぁ、しかし、今回の体温上昇が火事の時とは別物であると言う事は納得出来た。考えてみれば、あの時の熱は此方まで伝わる程の高温だったからな。
「さて、ではこれからの行動について会議したい事があるので、此方に集まって頂けますか?」
「……会議?」
僕は首を傾げる。頭にクエスチョンマークが浮かんだのは、他の二人も同様であるはずだ。
ただ、何か意図があるのは確かなので、僕等は渋々とチャックの元へ集まる。
「これからについて少しお伝えしたい事があるのですが――。あ、お掛けになって結構です」
「お、おう」
どうやら長くなりそうだ。彼の言う通り、僕等はその場に座り込む。とりあえず、地面は湿っていないので、泥で尻が汚れる事は無さそうだった。
「では話を戻させて頂きます。実は皆さんには、これから覚悟すべき事があります」
「覚悟すべき事……?」
僕はチャックに訊き返す。
が、すぐに言葉の意図を理解しはっとする。
「……例の一件か」
「……えぇ」
どうやら僕の予想が的中したようだ。チャックはこくりと頷く。
「……〝例の一件〟? 済まねぇ、何が何だか話の内容が掴めないんだが……」
「あー、そういえば昨日響君は塾だったね」
会話についていけず頭を抱える響君を、日野子がすかさずフォローする。
「昨日の帰り道、シルクが道中で謎の魔力者に襲われたの」
「は、マジで⁈ 日野子さんしれっと言ってるけど、シルク君よく無事だったな⁈ 怪我とか大丈夫なのかよ⁈」
す、凄い反応だな……。
何となく想像ついてたけど、かなりのオーバーリアクションだった。
「私がなんとか助けたの。ほんと、間一髪だったよ。あの時は、本当に間に合って良かった」
「そう、だったのか……。悪ぃな、俺だけ何にも出来なくて……」
「気にしなくて大丈夫だよ。こうして三人一緒に居られてるんだから。あ、あと私の事は普通に呼び捨てでいいよ。さん付けだと、何だか違和感を感じるんだよねぇ」
「あ、序でに僕も〝シルク〟で良いよ。せっかく助け合う仲なんだ。あんまり改まるのもよくないよ。因みに怪我は〝精霊の加護〟で治癒してもらった」
「ほ、ほう……。てかそうか、着いた時に精霊達を召喚?させたのはそういう事だったのか」
〝召喚〟って……。
強ち間違いではないけど、少し違和感。
あと、何だかんだで名前の呼び方も変える方針になっていたな。話の流れの繋ぎ方の上手さは、流石日野子と行った所か。
そんなこんなで三人で情報を共有し終え、再び会議が再開される。
「チャック、お前の言う〝覚悟すべき事〟って、他の魔力者からの突然の襲撃に備える、という事か?」
「……近い様で遠いです」
近い様で遠い……? 随分と曖昧で解りにくい返答だった。
でも〝例の一件〟が絡むとなると、それくらいしか思いつかないが……。
「〝他の魔力者からの突然の襲撃に備える〟というのは正しいです。しかし、問題はもう少し狭い範囲の話となります」
「狭い、範囲?」
益々脳内が疑問点で埋め尽くされる。狭い範囲となると、魔力者全体ではない、という事か?
「人の犯行というのは、何かしらの〝目的〟が不可欠です。つまり例え魔力者で有れど、何の目的も無く我々を襲撃する等、まず有り得ないのです」
「それは……そうだろうけど……」
「雷鬼さんの昨日の発言をもう一度思い出してみて下さい」
雷鬼の、発言?
僕は脳をフル回転させ、出来る範囲で昨日の出来事を思い返してみる。
戦闘中は……特に意味のある発言はしていなかったな。というか、痛みしか思い出せない。
初めて顔を合わせた時。後方からの不意打ちをチャックが防いで、また飛んできた電流をギリギリの所で躱して、奴が魔力を覚醒させて、それから……。
『〝豪腕〟の名において!精霊の魔力者である貴様を排除するッ!』
「ッ! そうか!」
そういう事か。チャックが〝狭い範囲〟と言っていた事。〝何かしらの目的がある〟と言っていた事の意味を漸く理解した。
奴が初めて自分の名前を名乗った時、彼は〝豪腕〟の名において僕を排除する、と言っていた。戦闘の激化で記憶から抜けそうになっていたが、思い出せて良かった。
「つまり僕等が警戒すべきは〝豪腕〟と名乗る集団という事か。それが団体の名前かどうかは定かじゃないけど……」
「……はい、その通りです」
チャックはそう頷くと、腕を組む。
「そして大きな問題点を挙げるとするなら、彼等の目的はマスターのようですね。原因は恐らく、この〝精霊〟の魔力でしょう」
「…………」
「詳細は定かではありません。しかし、マスターの魔力が彼等を引き寄せているという事は、火を見るより明らかでしょう」
「……あぁ」
「御心配為さらず。貴方様は、私が付いております。如何なる時でも、貴方様を御護り致します」
「……分かってるんだ、分かってるんだけども」
全てを理解した僕の中に生まれたこのモヤモヤとした感じは、恐らく〝恐怖〟や〝緊張〟か何かの類いだろう。背中の上を変な汗が流れ、思わず身震いをする。心なしか、気分も悪くなってきた。
ただこの気分は、多分自分が襲われる事に対する物だけでは無いという事を心の何処かで察した。
僕が襲われる分には良い。僕にはチャックも付いているし、場所さえ悪くなければ誰にも迷惑を掛ける事は無い。
でも、もし僕の仲間だからという理由で、日野子や響に危害を加えられる事になったら――。
「どうしたのシルク? 顔色が悪いけど……」
「…………!」
日野子の声で我に返った。
どうやらかなり考え込んでしまったらしい。周りの状況が入ってこなくなる程に。僕の悪い癖だ。
「……もしかして、自分が原因であるこの状況に私達をこれ以上巻き込む訳にはいかない、なんて考えてたんでしょ?」
「…………」
「図星かぁ。あはは、シルクは相変わらず優しいなぁ。……優し過ぎるよ、また一人で抱え込もうとして」
……やっぱりお見通しか。
やれやれ、流石、何年も一緒に居るだけある。
「……でもさ、シルクだけが大変な目に遭ったら、今度は私達が辛くなるんだよ? また私を昨日みたいな気持ちにさせるの?」
日野子はそう言って頰を膨らませる。
その発言は、あまりにも説得力があり過ぎて、硝子の様にチクリと胸に突き刺さった。
そして彼女は、僕のすぐ正面まで来て、そのまま座り込んだ。
というか距離が近い。自分の鼓動がいつもよりうるさくなった気がした。
「だからさ、シルクが闘う時は、私も一緒に闘ってあげる。シルクが死にそうな時は、私が護ってあげる。だって、私達仲間なんだし、それに幼馴染なんだから、そういうものでしょ?」
そう語る日野子の微笑みは、とても眩しかった。
何故だろう、心がじんわりと温かくなるのを感じた。涙腺が緩みそうになったが、何とか堪える。流石に人前で涙を見せるのは恥ずかしいからな。
自分では無意識だったけど、やっぱりどこかで心細いと感じていた自分がいた。先が見えない未来に不安を覚える自分がいた。
そんな中、支えてくれる仲間がいると実感した今、曇りが晴れ、心のどこかで安堵したんだと思う。
「日野子の言う通りだ。俺達、あの日助け合うって約束したろ? お前の背中は俺が支えてやっから。その代わり、俺の背中はお前が支えてくれ」
「響君……」
「……お前なぁ、自分だけ呼び捨てで呼べって言う癖にそりゃねぇぜ。なんなら俺の名前も呼び捨てにしろよ。じゃないと、俺も戻すぜ? 呼び方」
「あ〜、ごめんごめん、悪かったって。……ありがとう、響」
響のその言葉に、僕はつい笑みを零してしまう。
――この二人が仲間で、本当に良かった。
この二人が同じ魔力者で、本当に良かった。
僕はとても弱くて、脆い人間だ。
でも、そうだとしても――。
彼等だけは、命を変えてでも護らないと――。
この時僕は、一つの〝決心〟を胸に刻み付けたのだった。
「……えぇ、えぇ。きっとこの三人なら乗り越えられるでしょう」
ここで様子を見ていたチャックが、こくこくと頷いていた。その顔には、微かに笑みが浮かんでいた。
「いや、待て待て。……なんでお前泣いてんの?」
「……マスターに、この様な素晴らしき御仲間が付いている事に感動し……非常に感極まっております……」
「お前そんなキャラじゃないだろ。勝手に崩壊するな」
チャックは、目に浮かべていた涙を指で拭うと、一旦仕切り直すかの様に咳払いをする。
「……しかし、私の予想では相手は多勢。流石に三人だけとなると、骨が折れるでしょう」
「言われてみると、確かに」
チャックの言う通りだ。常識的に見ても、あの様な集団は大体多人数。例えそうでなかったとしても、数が多い方が此方としても心強い。
「故に、皆さんに一つ、提案があるのですが……」
「提案?」
「付近の街の人の中で魔力者を見つけ、我々の仲間として勧誘してみましょう。そうする事で戦力は拡大し、〝豪腕〟と渡り合える程の実力は持てるのではないかと」
「勧誘……だって?」
他の魔力者を僕等の仲間として勧誘する――。
この提案が、僕達の運命の歯車を大きく動かす事となるのだった。




