十五節 目的
母に怒られた。
まぁ、言うまでも無い。先程の雷鬼との闘いで制服をボロボロにしてしまったのだから。身体中の重傷に関しては、既に〝精霊の加護〟によって全て跡形も無く癒えていたので、特に触れられなかった。
理由に関しては魔力が原因だとかベラベラと話す訳にはいかないので、『野良猫の群れに遭遇して襲撃に遭った』と説明したところ、意外とすんなり受け取ってくれた。何だか理解が早すぎて不安なんだけど、良いのだろうか。良いのか。
その後階段を登り自室に入った僕は、先程の〝精霊の泉〟の件でチャックに質問してみた。(因みにチャックも加護によって回復している)
「しかし精霊の泉に、日野子や響君を連れてく必要ってある? なんだか僕等だけの問題な気がするんだけど……」
「いえ、決して私達だけの問題ではありません。それに、今回精霊の泉に行くのは、精霊達の回復だけではありませんし……」
「え? そうなの?」
まぁ、よくよく考えてみれば、確かに回復だけであれば僕等と同様に加護を使えば済む事ではある。それなら、何故態々泉にまで行く必要があるのか。他の理由というのも、僕には全く想像も付かない。
「まぁ、ですが精霊の回復に関しても、泉の方が適正ではありますが……」
「へぇ〜、じゃあ他にどんな訳が?」
「そうですね……。他に重要な目的があるとしたらマスター達の〝魔力の強化〟です。これに関しては以後、必須事項になるかと」
「魔力の……強化か……」
成る程、確かにそれは重要案件だ。
特に〝魔力の強化〟に関しては、また雷鬼の様な強力な魔力者が襲撃してきた時の為に対策すべき案件だ。日野子や響君も連れて行くべき、という点も納得いく。
「でも、どういう風に強化するんだい?」
「それに関してはまた翌日。恐らく、説明するより直接ご自身で体験する方が手っ取り早いかと」
「あぁ……そう?」
ふと頭に浮かんだ質問をチャックは何食わぬ顔で返した。ちぇっ、今教えてくれたって良いだろうに。
まぁ、とりあえず訊いておきたかった事は無事訊く事が出来た。僕は、明日の件を響君に伝えるべくスマホを開いた。
◆◇
――翌日。
その日は土曜日だった。
「……まだ掛かるのか? チャック……」
僕達は額に汗を流しながら、生い茂る木々が微かに光を零す茂みの中を歩いていた。……こんなシーン、何だか前にもあった様な気がする。
午前十時頃に近くの駅で待ち合わせ、そこから電車に揺られる事、約一時間。更にそこからバスに乗り換え、終点の停車場まで乗り続けて、そこから今現在、徒歩で三十分位歩かされていた。泉に着いてすらいないのに、三人共ヘトヘトだった。
そんな中、チャックだけぴんぴんしてた。浮遊しているからかな? だとしたら、一生アイツを恨んで生きてやる。
「魔力の反応が強くなっているので、もうそろそろかと思われます。確か、この辺りに……」
チャックは僕の前方でウロウロと浮遊していた。何かを捜している様子だった。
「……てか俺達、何しに来たんだっけ? 確か、つい昨日までは〝精霊の泉〟に行く話になっていたはずだが……。急遽ハイキングにでも変更になったのか?」
「いや違う、と思いたい……」
「だとしたら……今後に向けての足腰の強化訓練か何かか?」
「それも違う、と思いたい……。何かごめんよ」
偶々今日部活がお休みだった響君が、状況の理解と体力の消費に苦しんでいた。せっかくのオフだっただろうに、本当に申し訳ないな……。
しかし〝足腰の強化訓練〟って何なんだ? 普通だったらまず思い至らない発想だが……。全く、相変わらず彼の言葉は面白過ぎる。
「チャックの言う事が本当ならもう少しのはずだ。だから、もう少し頑張ってくれ……」
「お、おう」
そう言って彼は額に浮かぶ汗を拭った。
しかし、響君はともかく――。
「うぐぅ……。脚が破裂しそう……」
……すぐ隣で更に疲れ果てている奴がいるんだが。
確かコイツ、最優秀選手になったとかほざいてたよな。あの時の自慢気な態度からは全く想像出来ない、らしからぬ姿だった。気のせいだろうが、何故か涙目になっている様に見えるし……。
「日野子、お前運動部だろ。何で死にそうになってんだよ……」
「う、うるさいなぁ」
日野子はぷくっと頰を膨らませた。
「運動部だからっていう偏見をもたないでよ。そもそも私、今自宅休養中だから、最近運動してないんだからね?」
「あ、言い訳した」
「言い訳じゃないし!」
真っ赤に染まったその顔を、いきなりこちらへ向け抗議してきた。どうやら、ちょっとした御怒りモードに突入したらしい。
「酷いなぁ、シルクは。だから女子にモテないんだよ……」
「べ、べべ、別に悔しくなんかないし!」
「ほんとかなぁ……」
くすくすと不敵に笑う日野子。
しかし、彼女も詰めが甘い。
「そもそも日野子だって、彼氏いる訳じゃないんだろ? そっちだって悔しいくせに」
「な、なななな、別に悔しくなんかないもん! いつか絶対出来るもん! 私、顔は良い方だしっ!」
「それ、自分で言う事? 過度な期待は身を滅ぼすぞ?」
「うるさいうるさいっ!」
僕のからかいに、日野子は更に赤みを増した顔でぶんぶんと腕を振り回す。しめしめ、見事にカウンターにハマったな。扱い易い奴め。
ここで、くすくすと笑う声が聞こえた。声の主は、にやけ顔の響君だった。
「……何だよ」
「いやぁ、二人共仲良過ぎだろ、って思ってさ。もういっそお前らが付き合っちまえばいいじゃん」
「「余計な事を言うなっ!」」
一気に顔が火照った僕の発言が、見事に日野子の言葉とシンクロしてしまう。それを聞いた響君は腹を抱えて爆笑した。コイツ……後で覚えておけよ……?
と、ここで僕はある矛盾を感じた。
すかさず日野子に問い掛ける。
「……てかお前、本当に家居なくて大丈夫なの? 仮にも自宅教養中だったよな?」
確かに誘ったのは僕だし、この訪問は日野子にとってもかなり重要である事は間違いないが、昨日彼女は何の迷いも無くあっさりオッケーしていた。これ、他の同級生とかにバレたらまずいような気がするんだけども。
しかし当の本人は、後ろめたさも特に感じさせず、けろりと答える。
「別に大丈夫だよ。こんな遠くで、しかも人が集まるはずも無いこんな茂みに知人が来る訳ないもん」
「そ、そうか?」
「そうそう。それに、自宅教養期間は三日間だし全くもって問題ないよ」
「……いや、五日だろ」
「え、うそ」
「最初伝えてきた時に録音してある」
「気持ち悪い!」
「冗談だよ。だけど五日間なのは本当だ」
日野子、自宅教養期間を無断で二日減らす。
コイツ、どれだけこの訪問に参加したかったのやら……。
「――マスター。発見しました」
と、ここでチャックから報告を受けた。どうやら捜していた物をようやく見つけたようだ。
「ようやくか。というか、発見したって何を?」
「あちらの石碑です」
チャックはそう言うと、前方に向かって指差した。
差された方を見てみると、そこには一見何の変哲も無い小さな石がポツリと置かれていた。
ただの石じゃん、とつっこもうとしたが、近づいてよく見てみると、その石は明らかにそこらに落ちている様な石ではなかった。
その石には、今まで目にした事のない不思議な記号が記されていた。例えるなら、まるでそれはミステリーサークルだった。丸があって、その中心に縦線が引かれていて、丸には中点が書かれていて……とここで説明しても解りにくいので、やっぱり止めておこう。
更にその記号の下には、何やら不思議な文字が彫られてあった。見たところ、英文っぽくはある。ギリシャ文字かな? ただ、ここは日本の筈なのに何故ギリシャ文字が記されているのか、謎は深まるばかりだ。
それに、不可解な点がもう一つ。
「……魔力を感じるね」
「あぁ。しかしこの感じ、シルク君の〝精霊〟の魔力に似ているな」
「え、それ本当?」
「うん、私もそう思う。このどこか安心する感じ、シルクの魔力にそっくり……」
……全然分からなかった。
というか、僕の魔力ってどこか安心するんだ……。やっぱり〝精霊〟の一般的なイメージがそうだから、かな?
それはともかく、二人の言う事が本当ならば、この石、いや石碑が精霊の泉と関連があるという事は、火を見るより明らかだ。
「と、ここからはマスターの出番です」
「……え、僕?」
突然の一言に、一瞬戸惑ってしまう。
そんな僕を見て、チャックはこくりと頷く。
「マスターにはこれから、私がこれから言う呪文を、魔力を込めながら唱えて頂きます。そうする事で、精霊の泉への入り口が開放されます」
「呪文……」
何だかロールプレイングゲームみたいな展開になってきたぞ。
「では、いきますよ」
そう言うと、チャックは呪文を唱え始めた。一応、僕でも一瞬で覚えられる簡単な文ではあったが、まるで厨二病の人が呟きそうなものでもあった。
「では、マスター。宜しくお願いします」
僕は深く深呼吸し、魔力を解放する。
「……〝精霊の泉よ、この聖なる光の力を以て、我に一筋の道を差し伸べたまえ〟!」
すると、石碑の文字と記号に眩い光が灯り、文字が空中に浮かび始めた。
それらの文字は、人一人がすっぽり入る様な大きな円を作り出したかと思うと、そのままくるくると円を描く様に回り、最終的に円から内側に一つの景色が映し出された。
そこに映し出されていたのは、今まで見た事が無い程、美しい泉の景色だった。僕はつい言葉を失ってしまう。
「さぁ、ここが泉への入り口です。先へ進みましょう」
チャックの後を追う様に、僕達三人は円に向かって一歩を踏み出した。