十四節 失態
魔力を解放し直す僕を見てか、雷鬼は電撃を放ちつつ嘲笑する。まるで、格が違い過ぎる自分に挑む僕を、小馬鹿にするかの様に。
「……部下を一人失ったってところかァ? これで貴様の命運は尽きたなァ! そろそろ大人しく散り散りになっちまいな!」
「まだ終わってなんかいない。というか、終わる訳にはいかない。チャックの仇は必ず取らせてもらうぞ。それにチャックは部下じゃない。相棒だ」
「何だよ、仲良しこよしってか? 気持ち悪りぃ。もういっそ付き合っちまえよ」
「やめろ馬鹿。チャックの場合、命令だなんだで本気にし兼ねないから冗談でもマジでやめて」
そんな場違いな馬鹿っぽいやり取りをしているうちに、〝騎士の精霊〟が後退りをし始めた。どうやら、そろそろ限界がきているようだ。
それに比べ、雷鬼は強力な魔力攻撃を放ち続けているにも関わらず、雑談が出来る程の余裕を残している。どうやらこの時点で格の違いを見せつけられているかのようだ。
もう時間がない。こうなったら――。
……一か八かでやってみるか。
深く深呼吸をすると共に、魔力を更に上乗せする。〝魔力覚醒〟って言う程では無いが、今身体に蓄積した魔力は相当なものである。その所為か、体温が不思議と高くなるのを感じる。
先日偶然にも現界されたあの精霊を、練習時には悉く現界に失敗していたあの精霊を、今こそ……!
「ーーー来い!大精霊ヴェルシャール!」
僕は叱声と共に力を込め、体内に蓄積させた全ての魔力を、一気に解放する。
同時に、〝騎士の精霊〟の眼前に強い衝撃と光が発生した。光があまりにも強過ぎたので、思わず目を瞑ってしまう。今まで鳴り響いていた轟音も、一瞬にして遮断された。
「な……⁉︎」
信じられない、と言わんばかりに驚愕した雷鬼の声が聞こえてくる。今までの彼の態度からは全く想像のつかない声音だった。
僕は目を開ける。すると、僕の目前にはかつて火事の件で見た物と同じ光景が広がっていた。
〝騎士の精霊〟の前にはとても美しい光と共に、それに相応しいような美しい女性が立っていたのだ。彼女からは、かつて火事の時に感じたような神々しいオーラが感知され、彼女の立ち位置だけまるで別世界に感じられた。
それに、あの姿には見覚えがあった。
「…………御見事です」
後方からチャックの呟きが微かに聞こえてきた。僕自身も、心の中で軽くガッツポーズを決める。
目の前に立つ女性の精霊こそ、〝大精霊ヴェルシャール〟だった。無事、現界させる事に成功したのだ。
しかし、彼女は役目を終えると、そのまま靄の如く徐々に消えていってしまった。その靄からは、光の粒子がちらちらと瞬き、幻想的な空間を作り出していた。
戦況が逆転した。これを好機と見た僕は間を作らず、残った魔力を解放させ、新たに二体の精霊を現界させる。
「 槍兵の精霊!」
現界させたのは槍使いの精霊である。彼等は自分の身体よりも長そうな槍を両手で持ち、それをすぐさま構えた。
〝槍兵の精霊〟は、そのまま〝騎士の精霊〟を横切る形で雷鬼に向かって真っ直ぐ突進する。
「……くそがッ!」
不意を突かれた雷鬼だったが、〝槍兵の精霊〟による一突きを咄嗟のバック宙で躱した。そして着地と同時に両手から電撃を放ち、精霊達にぶつけていく。その対応力、流石と言った所だった。
〝槍兵の精霊〟は攻撃力やリーチに長けている分、防御力は脆い。電撃を受けた二体は成す術も無く、そのまま消えていってしまった。
「〝電撃砲〟!」
その後、雷鬼は瞬時に両手で魔力を溜め、大きな電撃の塊を生成し、僕に向かって放ってきた。
その〝電撃砲〟を防ぐべく、〝騎士の精霊〟を咄嗟に僕の前方へと配置する。その直後、何度目かも解らない雷鳴の混じった轟音が電流と共に盾の向こうから響き渡る。
防御は成功した。しかし、力尽きてしまったのか、〝精霊の騎士〟は地に槍を刺し、そのまま靄と光の粒子と共に消えていってしまった。
「詰みだな……!」
雷鬼はそう呟くと、再び電撃弾を生成し、僕に向かって放ってきた。
限度がきた精霊は連続で現界出来ない。つまり、もう〝精霊の騎士〟を現界させる事は出来ない。
防御手段を失った僕は、神に縋る気持ちで、もう一度体内の残存魔力を全て解放させ、手を突き出して叫ぶ。
「頼む……! もう一度来てくれ! 大精霊!」
しかしそう叫んではみたものの、魔力が体内を流れる感覚がしない上に、光や音も起こる気配がない。
瞬時に僕は悟った。
………駄目だったか。
そう思ったと同時に、身体に強い衝撃が走る。
身体中が強く痺れ、激痛が走り、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
「………ぐはっ!」
その瞬間を彼は見逃さなかった。
雷鬼は、左右の手から電流を物凄い速度で、吹き飛ばされる僕に向かって次々と連射した。
僕は空中で一回転するが、なんとか上手く受け身を取り着地する。しかし、次々と放たれる電流による不意打ちを避けられる筈が無かった。
「ガっ…………ッ!」
着地すると同時に連射を次々と喰らう。身体がぼろぼろになる程の激痛を受け続け、少しずつ身体の感覚が失われていく。
「マスター……ッ!」
後方から声が聞こえた気がした。しかし、今の僕には誰の声なのか、理解する事すら出来なかった。
「これで終いだぁぁぁぁぁぁぁっ!」
すると雷鬼は突然連射が止め、両手に電撃の刃を纏い、そのまま此方に向かって飛び掛かってきた。いわゆる飛び斬りというヤツだ。
先程の連射を受けて、激痛と麻痺によって完全に身体の感覚を失った僕は回避する余裕も術も無く、その場で立ち尽くし、雷鬼の動きを眼中に収める事ぐらいしか出来なかった。
もうここまでか……。
すまなかった、チャック――。
チャックとの約束も守れなかった情けない僕は、雷鬼の斬撃を受けようと覚悟を決めた。
「……火炎弾!」
その時、後方から叫び声が聞こえた。
同時に頭上を高温の何かが横切ったのを感じる。
「ぐはッ……!」
僕に迫ってきていた雷鬼は、空中でその物体に直撃し、不敵な笑みで歪んでいた表情を苦痛の滲む物へと一変させた。そしてそのまま後方へと吹き飛ばされる。
雷鬼が謎の物体に直撃した所に、紅を染めた微小の黒煙と火の粉が舞った。これを目にした時、僕はその物体が炎である事を理解した。
吹き飛ばされた雷鬼は、不意打ちを喰らったにも関わらず、空中で一回転をして上手く着地する。
一体、何が起こったんだ?
「……チッ。邪魔が入っちまったか」
彼は、炎が直撃したのであろう腹部を摩りつつ、罰が悪そうに舌打ちする。
邪魔、だって?
僕は、雷鬼の目線の先にある物を見ようと、後ろを振り向いた。
そこにあったのは、息を切らしながら立っていた日野子の姿だった。
「シルク! 大丈夫?」
「ひ……日野子か……」
言葉を返すと同時に、彼女の登場に安堵してか、身体中の力が穴の空いた風船の様に一気に抜け、フラついてしまった。その背中を、駆けつけてくれた日野子が支えてくれた。
そうか、先程の謎の炎は、日野子による魔力攻撃だったという事か。僕は先程の謎を漸く理解する。
しかし、何故――。
「……どうして、この状況が、解ったんだ」
「魔力の激しいぶつかり合いが、私の居た所まで伝わってきたの。もしかして、と思って」
「そう、だったのか……」
本当に危なかった。日野子がこの危機に気付いていなかったら、僕は今頃三途の川を渡っている所だった。一先ず、彼女のお陰で九死に一生を得たようだ。
「……流石に二対一は分が悪りぃな。それに、間接的とはいえ、ボスの命令に背く事になっちまう」
雷鬼はボソリと呟く。何を言っていたのか、今の僕には聞き取れなかった。
そして彼は魔力の解放、及び覚醒を解除する。今までの膨張がまるで嘘かの様に、彼から感じる壮大な魔力が1ミリも感じなくなった。
「今日の所は見逃してやるよ。だが、次会った時には地獄に落ちたと思いな」
雷鬼はそう言うと、そのまま背を向け、すたすたと行ってしまった。
ここで彼に向かって魔力攻撃を仕掛けたいところだったが、今の僕にはその体力も魔力も無かった。ただ呆然と彼の背中を見つめている事しか出来なかった。
◆◇
「大丈夫、シルク? ……チャックさんまで!」
日野子は再び僕に対して心配の言葉を掛けてくれた。どうやらぼろぼろになったチャックにも気付いたらしい。
〝精霊の加護〟の効果の一種である〝傷の治癒〟を受けながら困った様に彼女に笑い掛けた。酷く心配を掛けてしまった彼女を少しでも安心させられる様に。
「……あぁ、大丈夫だ。チャックには、本当に酷い目に遭わせちゃったけど……」
そう言いかけた途端、目が丸くなる。
目の前の日野子が、突然肩を震わせたからだ。よく見ると、その目は涙で滲んでいた。
え、ちょっと、何で涙目なの? あぁ……泣いちゃったよ……。
「別に泣く事は無いのに……。この通り僕は生きてる訳なんだから。ほら、泣き止ん――」
「シルクのばかっ!」
涙をぼろぼろと流しながら日野子は僕の腹にパンチする。ちょ、痛いよ……。
「そうやって一人で抱え込んでっ! あの時一緒に背負うって約束したでしょ⁈ これじゃあまたシルクだけに背負わす事になっちゃうじゃん! 少しは私を頼ってよ! ばかばかばかっ!」
ぽかぽかぽかぽか……と日野子は僕の腹にパンチし続ける。同時に彼女の涙もぼろぼろと流れていく。
ーー日野子には本当に辛い思いをさせてしまった。
僕だってそうだった。
あの時、日野子を助けたいという一心で火の海に飛び込んだ。もしあの時助けられなかったら、泣き叫ぶぐらいじゃ済まなかっただろう。
しかし、日野子は今回僕がぼろぼろになるまで助けられなかった。その辛さは計り知れないものだろう。自分はシルクを救えなかった、と。
ーーいや、違う。そんな筈は無い。
僕は、腹に拳を置いて泣いている日野子の頭を優しく撫でる。……ほんと、僕にこんなキザなシーンは似合わないって……。
「いや、僕一人で背負ってたら今頃死んでた。お前が来てくれたから今こうして生きてるんだから。だから、泣くなよ……」
日野子は「ばか……」と再び呟くと、涙を拭った。その頰が赤く染まった気がするが、俯いている為よく解らなかった。多分、気のせいだろう。
「……チャック、本当にごめん」
僕は、僕の元へと浮遊してきたチャックにそう伝えた。そして、魔力によって他の精霊達も現界させた。
下位精霊達、〝騎士の精霊〟に〝槍兵の精霊〟、彼等には本当に助けられたのに、ただ傷つける事ぐらいしか出来なかった。
「皆もごめん。もっと僕が冷静に指示出しが出来ていればこんなに傷を負わせずに済んだのに……」
そんな情けない僕に対して、精霊達は微笑みを浮かべ頷く。まるで「気にすんな」とか「大丈夫だよ」とか言っているかの様に。
「マスター、この中に貴方様の事を恨む者は誰も居ません。むしろ貴方様は偉大です。何せ〝魔力覚醒〟を起こした魔力者を相手に、互角に渡り合えたのですから」
「チャック……」
こんな僕に文句を吐くどころか、そんな言葉を掛けてくれるだなんて。彼が相棒であってくれて本当に良かった、と心の底からそう感じた。
「しかし……」
と、チャックは腕を組む。
「精霊達の傷は深いものです。雷鬼とやらの魔力の強さを感じられますね……」
「……だな」
確かにそうだ。
あの鉄壁の〝騎士の精霊〟でさえ、いとも簡単に始末してしまう程だ。奴の強さは桁違いである。何か対抗策を考えないと、もし再び彼と遭遇した時、二の舞になってしまう。
すると、チャックは何かを決心したかの様に軽く頷いた。
「……良い機会です。精霊達の傷を癒す為にも、一度足を運ぶ事にしましょうか」
「足を運ぶって……どこへ?」
「マスター、明日日野子さんや響さんに予定を空けるよう伝えておいて下さい」
「いや、日野子ならいるけど……」
チャックはこほんと咳払いをすると、改めて僕の方を向いた。
「先日話に出ていた聖域の一つ、〝精霊の泉〟。其方に明日、皆さんをご案内致します」
御精読、有難うございます!
今回、久々の後書きとなります。
戦闘描写は個人的にかなり苦労している面があり、自分の考えている動きを読者に中々上手く伝えられず、改稿の度に頭を抱えています……笑
多分、戦闘描写は今後も手を加えると思います。
さて、次回から一応展開が変わっていきます。
読んで頂ければ幸いです。