十三節 電撃と精霊
雷鬼の魔力反応は、兎にも角にも凄まじい物だった。彼の魔力一つだけで、周りの空気が震える程だ。魔力によるものか、静電気によって頰に微かに刺激が走った。
雷鬼の身体は、魔力の覚醒による影響で黄色く発光し、その周りに電流を纏っていた。まるで、体内の暴れ狂う魔力をそのまま具現化されたかの様だ。
そこから放たれるプレッシャーでか、僕の脚は小刻みに震えていた。火事の件には劣るが硬直もしている。武者震い、という事にしておこう。
「……とんでもなく馬鹿デカい魔力反応だな」
「えぇ、極めて強力な魔力反応です。おそらく、今逃げても助からないでしょう。マスター、至急戦闘準備を」
「……本当に戦わないと駄目?」
「こんな状況で何を……」
「だってあの電撃、明らかに痛そうなんだもん。絶対、日野子の火球と比べ物にならないでしょ、アレ……」
「気持ちは分からなくもないですが、もう逃げる余裕が――ッ! マスター、前方です!」
チャックが叫ぶのと同時に、太い稲妻が畝りを打ちながら目前に迫ってきていた。はっとして身構える僕だったが、反応が遅れた為、そのまま直撃してしまった。
「ぐ……ッ!」
稲妻をまともに喰らった僕の腕を、強烈な痛みと痺れが襲い、思わず歯を食い縛る。しかし、咄嗟に身構えておいて正解だった。胴体に喰らっていたら、その場で致命傷を負っていた。
……しかし、やはり凄い威力だ。予想通り、日野子の火球の比ではなかった。覚醒した魔力の一撃となると、身体に受ける威力が伊達じゃない。
……つい油断した。いつもの弱気になる短所が隙を作ってしまった。駄目だ駄目だ、弱音を吐いている場合ではない。
「おいおいおい、もう下手こいてんじゃねぇかよ。もっと俺を楽しませてくれよぉぉおおおおっ!」
雷鬼が発狂すると、それと同時にいくつもの電撃の塊、改め電撃弾が彼の周りで生成される。電撃弾は黄色く発光しつつ、そのまま僕に向かって真っ直ぐ飛んできた。
……流石に二度も喰らいたくはなかった。
僕は再び体内の魔力を解放させ、すぐさま手を前に出す。すると、ぼやけた白光がその手から生成され、二つの影を作り出し、前回も世話になった〝騎士の精霊〟の姿へと変化する。
〝騎士の精霊〟はその大きな盾を構えた。
同時に電撃弾が盾に直撃し、辺りに轟音が響き、盾の向こうで細かな電流が舞った。どうやら、無事に防ぎ切ったようだ。
「よし、そのまま進撃だ!」
僕の指示を受け、〝騎士の精霊〟達は前方に向けて進撃を始める。見た目の割に速い速度で距離を詰め、手に握っていた槍の一撃を繰り出そうと、雷鬼に迫った。
「……甘いな、クソが」
しかし、雷鬼はやはり強かった。
彼は即座に自身の魔力を両手に纏った。すると、それを黄色い光刃へと変形させ、まるで双剣の様に振り回した。
「〝電撃斬〟!」
その二閃の斬撃は、黄色の残像を残しながら〝騎士の精霊〟に確実に当てていき、一体につき一撃で仕留めていく。〝騎士の精霊〟は、なす術も無くその斬撃を喰らっていき、そのまま靄の様に消えていってしまった。
とんでもない威力だ。まさか〝精霊の騎士〟を一撃で退けるとは。流石は覚醒した魔力の力、恐るべしと言った所だ。
……しかしこれで終わる程、僕も甘くない。
僕は、〝騎士の精霊〟の靄を目眩しとし、チャックを先陣とした、計十体の下位精霊を放った。短剣を手に構えた精霊達は、不規則に軌道を変えながら飛行し、雷鬼に向かって飛び込んでいった。
「…………チッ」
流石の雷鬼も苛立った様に舌打ちをした。不意を突かれたかの様な表情を浮かべながら。
精霊達は雷鬼に迫ると短剣を振るった。攻撃の直後、そのまま空中で宙返りし、再度攻撃に移る。これを十体が同時に行うので、強力な連続攻撃となって雷鬼を襲う。
しかし、対する雷鬼もその攻撃を電撃斬で受け止めつつ、細かなステップで回避を繰り返す。そして、二つの刃を強引に振り回し、カウンターを繰り出すかの様に、隙を見せた精霊を一体、二体と仕留めていった。
しかしチャックは、それさえも華麗に回避していった。彼の連撃を一つ一つ舞う様に躱していき、斬撃の振り下ろしの隙を突いて横振りの一閃をお見舞いする。
その斬撃は彼の左腕に傷を付けた。彼の苦痛の表情から、多少のダメージが入った事は伝わる。
それに続いて、他の精霊達による援護攻撃が次々と繰り出される。雷鬼の周りを飛び回り、彼の隙を突く様に次々と短剣での攻撃を繰り出していく。
雷鬼も、電撃斬によるカウンターを繰り返す。しかしその最中、先程のダメージが原因かバランスを崩し、何発か斬撃をまともに喰らっていた。
よし、良い調子だ。これなら勝機は見えてくるぞ。精霊を操りながら僕は安堵した。
「ーーーーーーッ!うざいっ!」
ーーその時だった。
雷鬼は叫び声を上げると同時に、周囲に範囲的に放電した。放たれた電撃は轟音を響かせながらドーム状の電磁波となり、周囲にいた精霊を襲う。
近距離攻撃だった為、僕は被害を受けなかったが、先陣で攻撃し続けていたチャックにとっては回避のしようがなく、痺れと激痛によってか苦痛の表情を浮かべる。他の精霊達も、電磁波によって全滅してしまった。
「チャック!」
チャックは他の精霊達の様に消失はしなかったものの、感電によって重症を負い、その場で怯んでしまった。それを見計らったかの様に、雷鬼は回し蹴りでチャックを僕の方へと蹴り飛ばした。
ドサッ、と地面に叩きつけられるチャック。その身体から、ピリピリと微小な電流が走った。
「チャック、大丈夫か?」
「余所見してんじゃねェェェっ!」
雷鬼は早くも体制を整えると、再び僕に向かって電撃を放つ。
僕は反応が遅れたものの、反射的に横に転がりなんとか回避に成功した。しかし、不意を突かれた事に変わりはない。着地に失敗し、よろめいてしまった。
「うがぁぁぁぁぁぁああああッ!」
すると、雷鬼は雄叫びを上げながら、次の攻撃行動に出た。
今度は両手に魔力を集中させ、前に伸ばすと共に電撃を光線の様に放った。電撃は極太の稲妻となり、僕に向かって迫ってくる。
これはまずい……! 一撃喰らうだけで一溜まりも無いだろう。
着地に失敗し、連続で回避する術と余裕を失った僕は咄嗟に〝騎士の精霊〟を現界させる。期待通り、その大きな盾で電撃を防いでくれた。しかし電撃は引き続き放たれている。一体、いつまで保ってくれるか……!
しかし、一つ目的は果たせそうだ。
「チャック、とりあえず退がってろ。ここからは僕が引き受ける」
「で、ですが……! いくらマスターでも、貴方一人に任せる訳には……!」
「意地を張るなよ。そんな傷だらけの身体で何が出来るって言うんだ。いいから退がれ。これはマスター命令だ」
「…………解りました」
チャックは俯きながら後方へ退がる。
反抗し続けるのではないかと心配したが、案外あっさり受け入れてくれた。意外と便利だな、マスター命令。
しかし、ここまできたら食い下がる訳にはいかない。チャックに一時撤退を命じたからには、自力で雷鬼とやり合わなければ。
僕は覚悟を決め、再び魔力を解放した。