十一節 孤独
◇◆
「……まさか、君が魔力者だったなんて」
「別に騙すつもりは無かったんだ。魔力者である事をバラされたくねぇのは、こっちだって同じだしな」
響君は申し訳なさそうに肩を竦める。
「しっかし、ビンゴだった訳だな。シルク君が魔力者である事も、あの火事に魔力が関わっていた事も。昨日、お前から魔力を感じなかった訳じゃないが、あまりにも反応が薄かったから、何かの勘違いかと思ったぜ」
「……やっぱり、勘付いていたのか」
「お前の横にいたお化けも、見間違いかと思ったし」
「道理で触れてこないと思った……」
思い返してみれば、確かに昨日響君は、チャックの事に関して一切触れてこなかった。クラスの友人なら最初に食い掛かる話題なのに。まぁ、お化けじゃなくて精霊だけど。
でも、魔力は感じたという訳か。やはり僕も詰めが甘い。まだ完全に魔力を抑え切れていないのは、我ながら失態である。
「え? シルク、知り合いなの?」
日野子は僕に問いかける。当然だろう、学校にすら来れていない日野子にとって、響君とは完全に初対面なのだから。
「さっきの話で出てた他クラスの人だよ。名前は、響君って言うらしい。少なくとも悪い奴ではなさそうだけど……」
「へぇ〜。だとしたら、話が早いかもね」
日野子はそう返答すると、響君の前までとことこと歩いていき、手を差し出す。
「初めまして、私は日野子。同じ魔力者として、色々と力になってほしいの。良いかな?」
微笑みを浮かべる彼女の自己紹介に答えるかの様に、響君は白い歯を見せる。
「あぁ、同じ魔力者として喜んで力になるぜ。こちらこそ宜しくな」
彼がそう言って、日野子が差し出した手を握ろうとしたその時――。
「……日野子さん、その場から離れて下さい」
「へ? チャックさん?」
「……チャック?」
僕の横にいたチャックが急に口を開いた。
彼の手には、小型の剣が握られていた。
「……は? ちょっと待て。お前、何する気……」
僕の言葉を遮るかの様に、チャックは風の如く前進する。彼の進む先には、響君が立っていた。
その短剣は、響君に近づくと共に、平行に半円を描く様な軌道で彼の首元に剣先を進め…………あと僅かの所でピタリと止まった。
その様子を見た一同は目を丸くした。勿論、響君も例外ではない。騒ぎ立てたりはしなかったが、固唾を飲んだのか、喉仏が動いたのがはっきりと見えた。
「響さん、と言いましたね? 確かに貴方の魔力からは敵対心は感じられません。しかし、貴方の目的が見えないのも事実。故に、例え我が主と面識があれど、簡単に貴方を信用する訳にはいきません」
チャックは、真っ直ぐと響君の目を見てそう言った。まるで彼の心理を試すかの様な、鋭い眼光だった。……さてはコイツ、はなから警戒してたな。
「貴方の目的を吐いて下さい。その内容によって、貴方に罰を与えます。嘘など以ての外、即その首を斬り落とします」
「や、止めろチャック! 敵対心を感じないならそんな事する必要ないだろ? 今すぐその短剣を下ろせ!」
というか、首を斬り落とすとか物騒過ぎるだろ! 相手は高校生だぞ! 言葉の使い方に気をつけろ!
そんな僕の制止を受け止めたのか、チャックは小さく溜め息を吐くと、首元に突きつけていた短剣を下ろし、僕の横へと戻ってきた。
「……ブハァッ! いきなりの事過ぎてビックリしたっ! 俺の事、悪い魔力者だと勘違いしてるなら、もっと真面目に接したのにっ!」
「ごめんなさい、ウチの精霊が……。こんなんだけど、根はホント良い奴だから! だから許してあげて!」
息を止めていたのか、思いっ切り息を吸い込む響君に向かって、横にいる物騒な精霊に代わって全力で謝罪した。やっぱ怖い思いしたよなぁ……。本当にごめんよ……。
「……ま、でもそうだよな。流石に初対面で信用される訳ないからな。何しろお互い魔力者だ。無理もない」
彼は首を横に振り、後ろの小屋を親指で指した。
「とりあえず詳しい話は中でしようぜ。ずっと立ちっぱ、ってのも、疲れるだろ?」
「あ、あぁ。態々お気遣いありがとね」
「な〜に、気にすんなよ。……一応言っとくが、罠とかそういう物は置いてないからな?」
「解ってるよ。大丈夫だ、疑っているのはこの精霊だけだから」
「…………」
そんなこんなで、一同は場所を移す事にした。未だに疑いの眼差しを向けるこの精霊さんに関しては、無理矢理小屋に押し込む形でとりあえず解決となった。
◇◆
小屋の中は予想通りボロボロではあったものの、見掛けによらず案外快適だった。足を踏み入れた途端、木の香りと柔らかな陽の光に包まれ、自然の温もりというものを感じた。
「俺が魔力の練習場にしている所さ。所謂〝拠点〟とか言う場所だ。人気も少ないから、魔力の事がバレる心配も無いんだ」
「へぇ……。便利だな、中々」
そう言いながら僕は辺りを見回す。……一応、罠の様な物も見当たらない。別に疑っていた訳ではないが、チャックの反応もあるので、念の為の確認である。
屋内の中央には木製のテーブルが置いてあり、それを四脚の木製の椅子が囲んでいた。僕等はそれに腰を掛ける。
「さて、では全て吐いてもらいましょうか」
チャックが早速威圧する。
おいおい、ここは取り調べ室かよ……。心なしか、自然の恵みで柔らかかった辺りの空気が一気に引き締まった様に感じた。
「シルク君と何故接したかを話せば良いんだろ? まぁ、深い理由は特に無いけど。強いて言うなら、魔力者の仲間が欲しかった、という事かな」
「魔力者の、仲間?」
右隣の日野子が首を傾げた。
「そうさ。何せ俺は、二ヶ月前ぐらいに魔力に目覚めちまってさ。それまで、自力で魔力と向き合ってきたんだ」
「に、二ヶ月……」
そんなに早くから目覚めていたのか……。最近目覚めたばかりの僕にとって、気が遠くなるような長い期間だった。
そんな事を語る彼の顔には、変わらず笑みが浮かんでいた。僕と出会った時や、今日この小屋の前で再会した時と同じように。
ただ、何かが違った。その笑顔からは若干、苦労の色が滲み出ている。多分、彼が今まで経験してきた出来事が脳内で蘇ってきたのだろう。僕等が全く予想出来ない様な、葛藤が。
「そ、それって、魔力暴走とか大丈夫だったの……?」
再び日野子が恐る恐る問うた。
その問いに対して、目の前の彼はキョトンと呆けていた。そんな言葉初めて耳にした、と言わんばかりの表情で。
「暴走? そんな事が起きるのか、魔力ってのは」
「え、起きなかったの?」
「魔力に関しては、今まで本当に無知だったからなぁ。とりあえず、俺の身には何も起きなかったけど」
「そ、それなら良いんだけど……」
「……一応、貴方の魔力を拝見させて頂いても宜しいですか?」
突然、チャックが口を挟む。先程よりは声色も軽くなり、目の色も変わっていた。どうやら警戒心が若干薄くなったようだ。
彼の質問は良い所を突いていた。響君の宿す魔力がどのような物かを知れば、彼の言葉に嘘偽りが無い証明にもなるし、魔力暴走が起きなかった理由も同時に解る。妥当な判断だ、と僕も思う。
響君の方も特に躊躇する事はなかった。
「良いぜ。見てろよ」
そう言って立ち上がると、右手から蒼白に発光した棒状の物体を、特殊な音を立てながら出現させた。まるでバトンの様な形状や長さ、太さをしているその物体からは、強力な魔力反応を感じた。
「ほう……。〝電棒〟の魔力者でしたか」
チャックは呟く。
「へぇ、これ〝電棒〟って言うのか。この魔力、俺の任意で発動しやすいから、暴走ってまではいかなかったかな」
響君はその〝電棒〟を両手でクルクルと器用に回した。回す度に響くこの近未来風の音、まるでSF映画のライトセイバーの様だった。
「だけど、普通とは違う生き方ってのは、やっぱ楽なもんじゃない。誰も頼りになる奴が居ない、ってのは中々気持ち悪い気分になるしな」
彼は右手に持ち直した〝電棒〟を両端から徐々に収縮しつつ続ける。
「この前の火事に魔力が関わっていた、という噂を聞いた時、飛んで喜んだもんさ。何せ、今まで家族にも友達にも、自分の魔力を隠してきたからな。やっと、この事を明かせる相手が見つかる、って」
「……そっか」
――今まで、一人で抱え込んできたのか。
「だから、俺も……お前らの力を貸してほしいんだ。疑われるのも無理は無い。しかし、俺はこの通り危害を加えない。だから、俺もお前らの……仲間に加えてほしいんだ」
そう言うと僕等に向かって頭を下げた。
「…………」
魔力が取り巻いた〝苦労〟と〝孤独〟か。
確かに僕や日野子だって、魔力による苦労を経験してきた。この前の火災が大きな例だ。しかし、響君とは明らかな違いがある。
それは、魔力の事を打ち明けられる人間、支えてくれる人間が居るか居ないか、という違いだ。
日野子の魔力が暴走した時、そこには魔力の存在を知っていた僕が居た。もし僕が無知だったなら、彼女を助けられなかった。今だってそうだ。魔力に関する悩みを、日野子に打ち明ける事が出来る。
しかし、響君には、その顔色から察するにそういった人が居なかった。魔力の知識がある知り合いが、魔力の事を打ち明けられる人物が居なかったのだろう。
無知の人間に伝えた所で、信じて貰えないだろうし、信じて貰えた所で、その人は響君を恐れる事になる。だから、彼はきっと、一人で抱え込んでいたのだろう。
僕等と出会うまで、ずっとーー。
僕には、彼の口から出た〝気持ち悪い気分〟が一体どんな気分なのか、想像出来ない。しかし、その正体が〝孤独〟である事は、彼の明るい表情から滲み出た苦痛が物語っている。
人は誰かに支えられないと生きていけない生き物だ。だから誰かが彼を支えなくてはならない。
ならば、同じ魔力者として、孤独に苦しむ彼を支えるべきではないのだろうか――。
僕は日野子と目を合わせる。
彼女の答えは、やはり変わらないようだった。
「勿論、賛成だよ。というか、むしろ助けたくなっちゃった。私も同じ様に苦しんだ身だし、響君の気持ちが痛い程伝わるんだ。だから、逆にお願い」
僕はチャックの意見も聞こうと、彼の方を見た。
するとチャックはゆっくりと頷いた。
「彼の言葉から嘘は感じられません。それに、最終的にはマスターの判断に身を委ねるまでです」
「……解った」
だったら脅す必要無いじゃん、と心の中でツッコむ。でもまぁ、彼は元々罰を与える気は無かったのだろう。彼なりのやり方で、響君という人物を見定めようとしたのだと僕は思う。
椅子を後ろに下げ、僕はその場に立ち上がる。
「……君の言う事を信じるよ。僕等にも力を貸してくれないか?」
そう言って、右手を差し出す。
響君は安堵した表情を浮かべ、強く頷く。今までの苦労や孤独から解放されたかの様な、そんな表情を浮かべていた。
「あぁ、勿論だ。これから、宜しくな!」
そして僕の手を握り、硬く握手を交わした。これからお互い、助け合う事を誓うかの様に。同時に僕にまた一人、心強い仲間が増えたのだった。