十節 正体
◆◇
「……近いです、この辺りに居るかと思われます」
僕等はチャックの案内によって、無事、魔力の感知源に到着した。
チャックの言っていた近道という物は、中々歩き難いものだった。(今の状況だと〝走り難い〟と言うべきだろうか)
遊歩道の茂みの中を突っ切り、木々を横切り、今まで通った事が無い道を通り、否突っ切り、制服が汚れる事を気にしつつひたすら走る事、およそ三分、漸くその場所に到着したという事だ。
が、しかし。
「…………チャック」
「はい、マスター」
「……本当にこの場所で合っているのか? 魔力の気配は感じられないし、周りにあるのは木々と木造の建物ぐらいなんだけど……」
チャックの言う魔力の感知源に着いたのは良いのだけれど、その場所からは微塵も魔力を感じられなくなっていた。走っていくうちに、段々と薄れていったのも感じたし。
目の前にある特徴的な物と言ったら、小さな木造の建物ぐらいだ。何かの倉庫として使われていたのだろうか。見た所、木の風化が激しく、かなり老朽化が進んでいた。
でも、この建物からも魔力を感知出来なかった。
「おい、まさかだけど、チャック……?」
「いえ、私がこんな事で失態を起こす事はありません」
……相変わらず、チャックは無表情だった。焦りとかそういうのも読み取れない。
「今、魔力を感知出来ないのは、恐らくその魔力者が魔力解放を解除したからでしょう。しかし、ほんの僅かですが、魔力の残り香を感じます。それにこの感じから察するに、まだ近くにいるでしょう」
「お、おう」
僕にはその残り香というのを全く感じ取れなかったが、不思議な事に、チャックの言葉から少なくとも嘘は感じられない。もし彼の言う事が本当なら、まだ近くに――。
「やぁシルク君、一日振り。大分お疲れのようだな」
――噂をすれば、か。
久々に全力で走った所為か、未だに息が上がっている僕を見て、からかう声が聞こえる。
「……余計なお世話だ。こちとら大変だったんだぞ? 大体、初めて会う人間を馴れ馴れしくからかう……」
……いや、違った。
目の前の少年は初対面の人間ではなかった。
一度だけだが、間違いなく認識がある人物だった。
「お? その表情、どうやら覚えてくれてたみたいだな。有難いぜ」
目の前の少年は軽い感じでそう言うと、白い歯を見せながら悪戯っぽく笑った。
◆◇
――それは昨日の学校での出来事だった。
移動教室での授業を終えた僕は、トイレを経由して、一人のんびりと教室へ向かっていた。その為、クラスの友人には先に向かうよう伝えていた。
彼が話しかけてきたのは、トイレから出て、廊下を歩いていた時だった。
「よぉ、お前がシルク君か? 火事の件で、友人を助けたって言われてる……」
見知らぬ人から声を掛けられた所為で、思わず困惑する。ただ、これは火事の件による物だと、頭の何処かですぐ理解してしまった。
「……ごめん、どちら様ですか?」
しかし、それでも初対面の人間だと言う事には変わりない。なので、こちらはどういう対応をすべきか、脳が追いつかなかった。
「あー、悪い。いきなり初対面の奴に話しかけられたら混乱するよな。俺の事は〝響〟とでも呼んでくれ。吹部でパーカスやってんだ」
「響……」
……反射的に、昔のヒーロー番組を頭の中で連想してしまった。
「……しっかし凄ぇよな、お前。例え友人が逃げ遅れたからって、火の中に飛び込める高校生なんてそういないぜ? 本当に凄い」
「そ、そりゃあどうも……」
「もう、お前はこの学校の英雄だぜ?」
「いやぁ……それほどでも……」
「いや、最早神に等しい! よっ、シルク様!」
「やめろやめろやめろっ! 無茶苦茶恥ずかしいから! これ以上何も言うなっ!」
予想以上にべた褒めされた。 というか、あちらのペースに見事に持っていかれた。何だか視線も此方に集まってきているし。全く、初対面の人に向かってこんな囃し立てないでほしい。
まぁでも、精霊の加護があったから、とは口が裂けても言えないな。言った途端、僕が魔力者だとバレてしまうから。
「ただこんな噂も聞いちゃったんだよ」
響君は、そのまま続ける。
「あの火事の時、家の中で仄かに白い光が発光するのが見えたって。あとは不自然な爆発音とか……」
「……………ッ!」
一瞬で背筋が凍った。
……まさか、勘付かれている? 僕や日野子が魔力者である事がバレたか? そうとなると流石にまずい。
とにかく、全力で否定しないと……。
「いや! 流石にそれはない! 僕、そんなの、見てないし……!」
なんとか誤魔化そうとする。いや、今思い返してみると、返って怪しまれるような言い方ではあるが……。
そう捲し立てて、響君の様子を伺ってみるが、彼は「ま、そうだよな」と納得したかの様に頷き、また笑った。
「あぁ、悪りぃ悪りぃ。現場に居た人間が言うなら間違いねぇ。まぁ、きっと火事のショックで頭が可笑しくなって、見間違えたのかもな?」
「多分、そうだよ。ははは……」
また誤魔化そうと笑ってみせる。平然としてる様に見せかけているつもりだが、この時、この心底ホッとした気持ちが顔に出ていたのかもしれない。
と、ここで響君はふと廊下に掛かっている時計に目をやった。
「おっと、もう授業が始まる時間だ。それじゃあな、シルク君」
彼は手を軽く振って僕に別れを告げると、そのまま自分の教室へと戻っていった。僕はその背中を呆然と見つめる。
いきなり話しかけられ、魔力による現象を悟ったかのような発言をされ、心臓が止まりそうな気分になった。一体彼は何だったのだろう、そう思った。
ただ、少なくとも彼は悪い人間では無いという事は何となく分かった。誰とでも明るく接してくれる、案外良い奴だった。少々、面倒くさい一面もあるが。
だから僕はあの時、彼に関して深追いは特にしなかった。最早、この出来事を忘れ掛けているまである。また一人顔馴染みが出来た。そう考える程度だった。
しかし、この時の彼からは、微塵も魔力を感じられなかった。まさか彼が魔力者とは、当時の僕には全く、想像もつかなかったのだった。
御精読、有難うございます!
次回、響君がシルクに会った目的が語られます。彼の魔力による苦悩とは。是非御確認下さい!
あと、ブクマに評価等、良ければ宜しくお願いします。その場で発狂し、モチベがかなりプラスされるので。