九節 散歩
◆◇
それから数分が経った。
日野子の散歩に同行する事にした僕は、道中、学校の事を色々と報告していた。
授業の事は勿論、火事の件を先生や同級生が話題にする事、その事が原因で色々と大変な思いをしている事、チャックがストーキングしてくる事、等々。
「……途中から、ただの愚痴に変わってきてるよね?」
「それは……ノーコメントで。チャックの件に関しては、愚痴と認めるけど」
日野子は、やれやれとわざとらしく溜め息を吐く。
「まぁ、でも〝精霊〟の魔力は大変そうだよね。チャックとかみたいに、魔力解放しなくても、勝手に現界しちゃうのもいるからね」
「……勝手に、とは聞き捨てなりませんね。日野子さん?」
突然、背後から低い声が聞こえてきた。
「私は、マスターを御護りする為に、常に現界しているのであって……」
「だから、別に平気だって言ってんのに……」
お前の過保護の所為で、どんだけ亡霊とか死神扱いされたと思ってんだよ……。
「……くすっ」
「なんだよ……」
「いやぁ、ごめんごめん。二人の会話がなんか可愛くて……。ほんとに二人共、仲が良いね」
「か……可愛い?」
羞恥心でか、耳が熱くなる。
「当然です。私はマスターに一生お供する身です故、固い主従関係で結ばれております」
「止めろ、馬鹿。恥ずかしいわ」
しかも、固い主従関係って……。その関係作ってからまだ四日ぐらいしか経ってないだろ……。
「でも、確かに普段の生活でバレないようにするのは、ちょっと難しいかもね。その点だと、なんだか大変そう。私の魔力は、解放しない限りは、バレる事はあまりなさそうだから」
「だろうな。全く、これからどう言い逃れすれば良いものか……」
そう言って肩を竦め、溜め息を吐く。
それに関しては、これからの個人的な大きな課題である。そろそろ言い逃れる時の言葉を変えてみようかな。
……と、会話が結構盛り上がっていたので、景色の変化に気付けなかった。いつの間にか、僕等は住宅街を抜け、木々が生い茂る遊歩道に入っていた。
普段だったら通学路として使わない道だったので、目の前に広がっている景色は、中々新鮮だった。
木漏れ日が僕等の通る道を暖かく照らしており、小鳥の囀りが耳に入ってくる。雨上がりだからか、木々の雫が光を反射し、きらきらと瞬いていた。
また、遊歩道だからか、様々な人とすれ違う。ジョギングをする人、犬と散歩する人、追いかけっこをしている二人の子供、等々。だからだろうか、自然の温もりだけでなく、人の温かさも感じられた。
「……なんだか落ち着くね」
僕の横で、日野子が柔らかい笑顔を浮かべた。
……なんだか、いつもの日野子に戻ったような、そんな気がした。心の何処かでホッとする。
「……だな。この道だけ、違う空間に感じるよ」
「だよねぇ。もしかしたらここ、チャックの仲間がいるかもね」
「うーん、それはどうだろ。チャックが言うには、精霊は聖域とか言う所に住んでるらしいし。それに、精霊が居そうな感じは特にーー」
言い掛けたところで、言葉を痞えてしまった。
そんな僕を見て、日野子は首を傾げ、僕の顔を覗き込んだ。
「……どうしたの、シルク? どこか具合でも……ッ!」
どうやら日野子も感じ取ったようだ。
微小にしか感じなかった。しかし、それでもはっきりとこの〝違和感〟を感じ取った。日野子やチャックから感じる様な、場違いなオーラを。
間違いない、この感じは、魔力だ。
この感じだとあまり遠くない所にいるようだが、どうやら日野子の時に感じたような膨張は感じられない。察するに、使い慣らされている魔力のようだ。
付け加えればその魔力から、敵対心とか、そういったものも感じ取れなかった。此方から何もしなければ、襲われる事は無いだろう。
だから、ここは一旦距離を取って――。
「ねぇ、シルク」
不意に日野子が話し掛けてきた。何事だろう、と疑問に思い、彼女と目を合わせる。
「あのさ、ほんとにおかしい事だと、自分でも理解してるんだけどさ……」
そして日野子は、悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「……あの魔力の発生源まで、行ってみようか」
「はっ⁈」
予想以上に突拍子な事を言い出したので、また大声で驚いてしまった。ここが遊歩道だからか、物凄く視線を感じてしまう。ほんと、ごめんなさい。
「……いや、でも発生源に行くって、魔力者に会いに行くって事だぞ? いくら敵対心を感じないって言ったって……」
「もちろん、シルクの言う事もごもっともだと思う。だけど、あの魔力の使い慣らされた感じから察するに、きっと魔力に関して多くの知識を持っている人だと思うの。だから、一度会ってみて話をしてみた方が、これからの魔力との向き合い方がはっきりすると思って」
「だけども……」
「シルクが嫌なら私だけ行くよ? 無理強いはしないし、私だけでも――」
「待て、なら行く」
……正直、乗り気ではない。
しかし、日野子の言う事も間違っていないし、それに彼女を一人にする訳にはいかない。
彼女がその魔力者に襲われたとなったら耐えられないし、それにまた暴走を引き起こすかもしれない。だから、僕が彼女に付いていないと。
まぁ、そうと決まれば、早速行動に移すか。
「チャック、魔力の発生源まで案内してもらっても良い?」
「……承知しました。なるべく最短のルートで、ご案内致します」
チャックに道案内を任せ、僕等はその魔力の発生源へと先を急ぐのだった。
◆◇
丁度その頃。
魔力の発生源と思われる所に、青白い光を発した光棒を振るう、一人の少年の姿があった。
まるで近未来的な剣を振るった時に聴こえるようなSF世界風の効果音が、辺りに響き渡っていた。
「………ふぅ」
息を吐き、額の汗を拭うのと同時に、自分と似たような魔力を二つ程感じた。しかもその内の片方は、既視感の様な物を感じる。
「……シルク君か。俺の方から行こうと思ったのに。まぁここなら、人に聞かれる心配もないかもな」
少年は、魔力の棒を両手で効果音を響かせながらくるくると回し、そして右手に持ち直した。
持ち直された魔力の棒は、そのまま両端から徐々に縮小していき、消えていった。
御精読、有難うございます!
次回は、ラストで魔力の棒を振るっていた少年の正体が明らかになります。(早い)