表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マジック・オブ・ブレイヴ  作者: 早河 遼
1/26

プロローグ

 

 朝の涼しげな風が、教室のカーテンを微かに揺らしていた。朝にも関わらず、喧騒の絶えないこの空間も、う一ヶ月も経てば流石に慣れてくるものだ。


 そんな教室の窓側の席で、僕は頬杖を突きながら外を眺めていた。勿論、会話する相手が居ない訳ではない。さっきも、クラスメイトと談笑を交わしていたし、僕はこう言ったのんびりとした時間が好きなのだ。


 窓の映す景色は、段々と近付く春の終わりを物語っていた。つい最近まで満開に咲いていた桜も散り、青々とした緑葉を生やし始めている。涼しくも少し温いこの空気も、夏へと少しずつ移り変わる季節を感じさせる。


 本当にのんびりとした風景だった。まるで、そこだけ時間の流れが切り取られたかの様に。今はこのまま、HRまでのんびりと……。


「シ〜ルクっ、おはよっ」


 ……一瞬にして、のんびりした時間が終わってしまった。


 この声、僕にとってはお馴染みの物だった。多分、〝彼女〟だろう。


「……やあ、日野子。おはよう」


 僕は振り向き、そう返すと、そこに居た彼女は満足そうに「ふふふ」と笑みを零した。


 茶髪のショートボブに低めの身長、少し丸っぽい顔立ち。常に明るさを振り撒いている様な彼女の名は『穂村日野子』。幼稚園の頃からの腐れ縁で、高校まで同じと言う謎の運命を持っている。正直、もううんざり、とお互い言い合っているが。


 いつもこうして挨拶をしてくれる訳だが、様子から察するに、今日の彼女は他に用事がありそうだ。何の用だい、と尋ねようとした所で日野子が手を合わせた。


「ほんと申し訳ないんだけどさ、今日英語の宿題やり忘れちゃって……。写されて貰っても良い?」


 ……案の定、という感じだ。


「またかよ……、お前、この前も同じ事言ってたじゃん……」


「ごめんてば。次からはちゃんとやってくるからさ……」


「それも前に言ってたような……、ハァ……分かったよ。とりあえず後でな。もうHR始まっちゃうから」


 呆れて溜め息混じりでそう応えると、日野子はパッと目を輝かせる。


「ありがとうシルク! この恩はいつか返すから!」


「……その感じだと、今までの恩が纏めて返ってくると捉えるけど、それでも良いんだな?」


「うぐ……。ま、まぁ、何とかするよ」


 そう言って彼女は目を逸らす。全く、相変わらず調子の良いヤツだ。


 ま、いつか返ってくる恩を気長に待つとしよう。でもそうだな、ジュース一本奢るぐらいで我慢してやっても良いかもな。その方が新たに借りを作れる気がするし。


「あ、そだ」


 そんな風に企んでいると、日野子は思い出したかの様に呟いた。


 そして、僕と目を合わせる。


「そういえばさ、シルク」


 彼女は尋ねた。



「……シルクは、〝魔力〟って信じる?」



 そう問うた彼女の瞳は、好奇心に満ち溢れ、キラキラと輝いていた。ただ……。


「………………?」


 予想の斜め上を行く質問だったので、つい思考を止めてしまった。


「……え? いきなりどうした? ……〝魔力〟ってあれだよね? 最近テレビで話題になってる」


「そうそう、それの事」


「……何でいきなりそんな質問を?」


「え? いや、昨日バラエティでやってたじゃん。『宙を浮く人間、現る』って。だから、改めて気になってさ」


「……ふ〜ん……」


 僕は少し曖昧にそう答えた。


 と言うのも、昨晩は外出していたので、そんな番組がやっていた事すら知らなかった。今胸に残っているのは、きっと話についていけていない人が感じる罪悪感だろう。


 ただまぁ、質問の意図は理解出来た。それに、彼女の言う〝魔力〟という言葉も知っている。何故なら、最近よく飛び交う単語だからだ。


 ――〝魔力〟。


 それは、特定の人が何らかの原因で、異能力を操る様になるという物。何らかの原因、というのは未だに解明されておらず、詳細は謎に包まれている。


 その〝魔力〟によって、人が宙に浮いたりとか、テレパシーを使ったりとか、雷を起こしたりとか、様々な現象を引き起こすと言う。有名な物だと、数年前にある一人の少年が、その〝魔力〟とやらで、天に届く程の巨大な大木を出現させた事が話題になっていた。


「それで、質問の答えは?」


 日野子はその場に座り込むと、僕の机に伏せて、じっと目を見つめてきた。


 その仕草が少し可愛らしかったので、機嫌が良くなる様な返答をしたい所だったが、生憎返す言葉は決まっていた。


「……信じない、かな」


「……はぁ〜〜〜〜っ」


 腕を組んでそう答えると、目前の彼女は長い溜め息を吐きながら、机に突っ伏した。予想通りの反応だ。


「やっぱりねぇ……。そうだよね、シルク、そう言うオカルトじみた事信じないもんね」


「まぁね。まぁ、〝魔力〟の存在を完全に否定する訳では無いよ? もしかしたらあるかもだし。だけど……」


「だけど?」


「……信憑性に欠けるんだよなぁ。今ではCGとかで映像を加工出来るし、マジシャンによるトリックという説も考えられるからね」


 淡々とそう言うと、日野子は顔全体で呆れた様子を表し、若干身を引いた。


「うわぁ……、理由が現実的過ぎてつまらないなぁ……。シルク、このままじゃただのつまらない男になっちゃうよ? もっと夢を見ないと」


「夢見過ぎなのもどうかと思うけど……。はいはい、後ろ向きに検討しておくよ」


 そう言いつつも、何気にごもっともな意見を突き付けられ、少し考えを改めるべきだと感じた僕であった。とてつもなく面白味の無い理由だと自覚しているし、もし本当に存在していたら羞恥心で死にたくなる。


 まぁ、ただそれなりの〝理由〟は、他にもあるのだけれど。日野子にも言った事の無い、個人的な理由が。


 ……とここで。


 教室全体にチャイムの軽快な音が響き渡った。HRの五分前を伝えるチャイムだ。もうこんな時間なのか。


「あ、もうそんな時間なんだ。それじゃシルク、また後で宜しくね」


「やれやれ……。次からは気を付けろよ?」


「分かってるって。それじゃあ、またねぇ」


 そう言い残して、彼女は自席へと去っていった。その背中を見送る様に、目を追った。



 いつもと変わらない時間だった。騒がしいこの空間も。この窓の景色も。幼馴染との会話も。


 だからこそこの時、僕は知る由も無かった。


 ……目の前の景色が、〝とある出来事〟によって、一変するという事を。

「マジック・オブ・ブレイヴ」を読んで頂き、有難うございます!


次回は、主人公シルクに物語のキーとなる、ある転機が訪れます。文章中に出てきた〝あの出来事〟とは何なのか。是非皆さんの目で確かめてみて下さい。


もし良ければ、ブクマや感想、レビュー等を宜しくお願いします。執筆の励みになるので。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ