3話 密談
魔法の扱いがまだ、決まってません。派手な魔法は使わず、診断、調査、偵察、隠微に使うつもりではいるのですが。
密談
発知、富士子、安兵衛の三人は、与えられた信定の隠居所の一室で眠っていた。いや、そう思わせながら三人は念話で活発に議論していた。
「それで、富士子、ご隠居殿の病気は何だった?」
「淡水魚に寄生する肝吸虫の肝ジストマ症、これによる肝硬変が最終的な死因のはず。私の見た範囲では肝硬変はまだ進んでないわ。肝吸虫を駆除すれば大丈夫。他にも回虫やら何やらもいるわね。というか、今日あった人全員が少なくとも回虫はいるわ。」
「やっぱりか。ご隠居殿は史実では来年の11月23日に亡くなっている。なんとか寿命を延ばすことができるか。」
「大丈夫。大体まだ、40代前半よ。あんなに老けて見えるのが私からすれば信じられないわ。さっき食べさせたコンペイトウの駆除薬で肝吸虫や回虫を駆除して、栄養状態を回復すれば、寿命を30年は延ばすことができるはずよ。あのコンペイトウは糖分以外の栄養も豊富だし、3ヶ月も飲めば若返ったようになるはず。」
「しかし、おまえら歴史を変えることに躊躇なさ過ぎないか?」
安兵衛がいささか呆れたように割り込んだ。
「いいんだ。この世界が俺たちの時代に直結する時代のはずはない。だから俺はやりたいようにやる。勿論、魔法万歳な世界を作るつもりもないし、俺たちがこの日本や更には世界全体を支配する気もない。そんな面倒はごめんだ。だが、今の時代の人間に理解できる範囲の科学を使って、この時代の人たちがどこまで科学を理解し、発展できるかやそれを使って生活を向上できるかを試してみたい。」
「うん、よく分かるけど、なかなか大変よ。」
「例えば?」
「さっき食べた夕食の漬け物、回虫の卵和えよ。」
発知と安兵衛は飛び起きて、顔を見つめ合った。富士子は平然と寝たままである。
しばらくして、ようやく二人は身を横たえた。
安兵衛が富士子に確認した。
「富士子が平然としていると言うことは、俺たちが食べたものは全て無害化したって事だな?」
「勿論。回虫は火を通せばいいけど、塩では死なない。この時代の日本人に漬け物を食うなとはいえないでしょう?」
「ちょっと、甘く見ていたな。回虫の駆除は海人草を使えばできる。海人草はここらでも海にあるし、俺の祖父は長崎の五島列島出身にしたから南の島では海人草が豊富で経験上民間薬として知られていたことにすればいいって、簡単に考えていたんだがなあ。」
「基本的にはそれで、いいとは思うわよ。どうせ、明日の朝ご隠居様は大量の回虫まみれの大便とご対面するはずだから、ショック療法としては十分よ。」
「おい、何気に容赦ないな、富士子。」
安兵衛が「ナマンダブ、ナマンダブ」と呟いた。明朝のご隠居殿、ご愁傷様である。
「基本的な俺たちのストーリーを確認すると、父の一族の有志が日の本の東にある筈のアメリカ大陸を目指すことになった。目的は赤辛子、俺たちの時代では赤唐辛子。俺はそれに便乗して一族の故郷、五島列島を訪れるだけのはずだったが、マルコ・ポーロの東方見聞録、こちらでは『世界の書』を読んでいた富士子と安兵衛が日の本全部を見たがった。そのため、日の本の中央にある津島湊付近で船からおり、密かに上陸した。一族の船はアメリカ大陸に向かった。 まあ、突っ込みどころ満載だが、言い張れないこともないだろう 。これの小道具としては『Administration in Fantasy』の設定集にあった、『カンティーノ平面天球図』に朝鮮半島と、日本を付け加えたような、あの『世界地図』でなんとかする。」
「それで、とりあえずはどうする?」
「明日の朝、ご隠居殿に富士子が回虫駆除の種明かしをする。どうせ勘のいいご隠居殿の事だ、富士子を問い詰めるはずだ。富士子は古今東西の医術を、幼い頃から医者だった父親から学んでいてご隠居殿の老け具合からそれを推測したことにする。ついでに、俺の父親から日の本の百姓が人糞を肥料として使っていて、日の本では寄生虫が蔓延していたことを知っていたことにする。」
「なるほどな。」
「それから、ご隠居殿は、何故最初に薬を飲ませることを説明しなかったと富士子を問い詰めるかもしれない。その時は初対面の富士子の言うことをご隠居殿が信じないかもしれないと言えばいい、それに・・・・・」
「それに、どうしたの発知?」富士子が問いかけた。
「なに、孫を見舞いに寄越すだけで、最近顔を見せない跡継ぎの信秀殿に同じいたずらをしたくはありませんかと提案するのさ。」
「そいつはひどい」安兵衛が笑い声で答えた。
「なに、悪巧みを一緒にすれば、仲はよくなるさ。それにこう言えば、明日帰るだろう五三郎についていってご隠居さん共々、織田信秀殿に会うことができる。ご隠居さんの後ろ盾を得た上で信秀殿に会えるメリットは大きい。ついでに今度は信秀殿が重臣たちに同じいたずらを仕掛けさせれば、信秀殿も悪巧みの仲間になり、信頼も得られる。どっちにしたって悪いことじゃないし、信秀殿の領地の農業改革も進めやすくなる。」
「ところで今の信秀殿の居城はどこなんだ?」
「那古野城だ、場所は俺たちの時代のと同じだ。津島からだと17キロぐらいで、片道3時間強だな。あ、忘れていたがペルシュロンの問題もあったか。」
「それもあったわね。どうせなら牧場を作って繁殖させたいと持ちかけたら?あの馬は今の日の本の武士からしたら途轍もない価値があるわよ。」
「それもいいな。水田が作れないような場所は熱田台地には多いし、牧場の場所くらいなら選び放題か。」
「熱田台地とは何だ?」
「那古野城から熱田神宮に至る台地だ。後に家康が名古屋城から熱田まで台地の左縁近くに堀川を掘らせて、海運を整備して名古屋の繁栄の基礎を作った。ただ、今の尾張の中心地は清洲になる。信秀殿の主君の尾張南4郡守護代、織田信友とその主君の守護、斯波義統は清洲城にいる。 」
「ややこしいわね。」
「形式的な尾張の№1は斯波義統、№2が尾張南4郡守護代織田信友、№3が尾張北4郡守護代織田信安だったか、ただし、経済的には信秀殿が尾張で一番力がある。」
「ひょっとして、信秀殿は経済に理解があるだけに、農業に弱いとかないか?」
「あるかもな。」
「それじゃあ、上総堀はどうだ。あれなら、今の時代でも深い井戸が掘れるし、水くみも必要ない。水田は無理でも、小麦、大麦に富士子が得意な水耕栽培でデンプンの元になる芋を大量に作れるだろう?」
「おい、またスコッチを大量生産するつもりじゃないだろうな?」
「いや、大麦の麦芽とデンプンで水飴を作り、それで甘い酒を造れたら売れないか?新しい、大衆に人気が出る安価な甘い酒、古代ギリシア神話いや、『西遊記』の蟠桃の実を搾って作った不老不死の酒、神々の作った神酒は男のロマンじゃないか!!!」
「前半で安価な酒、後半で同じ酒が神々の酒では脈絡がなさ過ぎだろうが、この底なしの呑み助が。」
「まあまあ、酒はほどほどにしても、上総堀で畑作をするのは歓迎よ。小麦、大豆が作れればみそ、醤油が作れるし、麻を植えれば油も安く、しかも服になる布も一年で確保できる。勿論、その内に米の品種改良をするにしても畑作の価値を上げるのは、重要よ。」
「うん、それにちょっと科学技術か土魔法でごまかして、めっちゃ深く掘れば温泉も期待できるか。俺が山師で、安兵衛が鍛冶師、富士子が医者で農業指導者・・・・・」
三人の悪巧みはその夜、遅くまで続いた。