表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

1話 天文6年(1537年)の尾張国津島へ

天文6年(1537年)の尾張国津島へ


 野原の中に二頭立ての白い幌馬車がぽつんと止まっていた。御者台には現世と変わらない姿のひげもじゃ安兵衛が呆然として手綱を握っていた。二頭の馬はともに白馬で、ペルシュロンと呼ばれる体高180センチ、北海道ではばんえい競馬で多く使われている馬である。力が強く足が太く丈夫なため、安兵衛が選んだ馬である。馬車は結構大きく、幅が3メートル、長さが5メートル、高さが2.5メートル近くある。いわゆる幌馬車だが、車輪はゴム製であり、サスペンションは安兵衛謹製で、揺れはきわめて軽減されている。

 まあ、追々説明していくが極まって高性能な馬車である。

 さて、馬は全く落ち着いたものだし、変わりはないがその乗客たちの様子は混乱の極みであった。

 御者台の安兵衛は、いつもの土方スタイルで、背中には大きな金槌を背負っている。彼の武器であり、鍛冶師の主要道具でもある。今回の法被は正装ではなくいつものゲーム仕様で、法被の背中には「金槌と金床」の文様がある。

 馬車の中では、富士子がコンパクトを開き自分の顔を見つめて、大騒ぎをしている。

「やっぱり銀髪には深緑(ふかみどり)の目が合うわ。でも、ショートカットよりもっと長くしてポニーテールがよかったかなあ?」

 彼女の中ではコンパクトに写る自分の容姿が全てであり、外のことなど、全く眼中になかった。

 ちなみに彼女の背中には薄緑の弦を張った銀の弓と、深緑の矢羽根がついた矢がはいった銀色に染めた皮の矢筒が装備してあった。頭には新緑(しんりょく)のバンダナを帽子巻きにつけ、首には頭と同じ新緑のバンダナを巻いている。上着は山繭の地色を使った薄緑のボタンダウンシャツに深緑に染めた皮のジャケットである。下は銀色の七分丈のパンツであり、ベルトは新緑の革紐を編んだ細身のベルトでバックルは銀である。足には深緑の革のブーツを履いている。男から見ると、どれだけ銀と緑が好きなのか正気を疑うほどである。

 一方、発知は馬車の後ろから降りて、四方八方を確認した。次に、上を見つめて、なにやらぶつぶつと呟く。そして目をつむり、大きく深呼吸を何回かした後で、俯き、集中した。1分ほどたつと、馬車の中に戻り御者台に上がった。発知の容姿についてはとりあえず色白の日本人の姿で、富士子とお揃いの薄緑のボタンダウンシャツ、頭と首の新緑のバンダナもお揃いであることと、靴が5本指の変わった形であることだけを述べておく。ああ、首の新緑のバンダナは安兵衛もお揃いである。この三人は現世でも風邪防止のため、首のバンダナをつける習慣があった。

「安兵衛、ぼやっとしてないで、装備を確認しろ。俺はできる範囲で周囲の確認をしてくる。富士子、ここはゲーム空間じゃない。現実世界だ。だが、俺たちがいた時代じゃあない。富士子も装備を確認しろ。」


 30分ほどして、発知は戻ってきた。ずいぶんと慌てていた。

 先ほどまで晴れていた空に黒い雲が急速に広がっている。空気にもほこりっぽい雨の匂いが感じられた。

 発知は馬車に飛び乗り奥に行き、二人と向き合った。

 最初に口を開いたのは安兵衛だった。

「発知、装備に問題はない。いつもの旅立ち初期状態だから食料は三人で3年分、開拓用の種子に苗、発酵用の酵母や乳酸菌に納豆菌などの有用微生物、蚕や山繭の卵、馬、牛、豚、山羊、羊の受精卵、竹材、木材、ゴムに漆などなど、そして鉱物資源もそろっている。後、これが現実世界ならあり得ない話だが、俺たちの魔法も使える。というか魔法がなければ、この馬車の大きさでこれほどの物資が保存できるわけもない。」

 安兵衛が富士子に目をやった。

「私の装備も問題ない。薬品に薬草の種と苗、消毒薬に各種ワクチンも揃ってわ。魔法は何しろ初めてだから、まだ、クリーンしか使ってないけど大丈夫だと思う。」

 発知が二人の報告にうなずいてから、自分が見てきた事を話した。

「まず、ここは日本だ。西に4キロほどのところに津島神社があるのを遠目で確認した。ただし、現代じゃない。少なくとも江戸時代にはなっていない。天王川が広くて深いし、天王橋もある。多分だが、16世紀の前半、つまり戦国時代だと思う。季節は春、3月ぐらいで時間はちょうど正午頃だ。」

 雨音がしてきた中、二人が発知の言葉を理解するのに数分かかった。

「富士子、森のエルフの魔法で馬と交信できるか試してくれ。俺は外に出て馬車を移動するために道をならす。たった今いるここは津島と那古野を結ぶ街道上だ。この馬車の大きさだと騒ぎになりかねない。安兵衛も御者台に戻ってくれ。街道から外れたところで馬を馬車から放して俺が馬車を隠す結界を張る。そうしたら騎乗できるよう馬に装備をつけてくれ。」

 富士子がうなずき、安兵衛が質問した。

「富士子が馬との交信を試す必要まであるのか?」

「ああ、雷が来そうだ。ペルシュロンのような大型馬が怯えて暴走したらしゃれにならない。」

「分かった、備えが多いのにこしたことはないな。」

「ああ、原発事故みたいなことは二度とごめんだ。この時代では、この馬車は異物過ぎる。周りとの信頼関係ができるまでは馬車だけは隠したほうがいい。ペルシュロンも隠したいが、生きている馬を長期間隠し続けるのは無理だ。」

 三人はそれぞれ行動を開始した。


 街道から外れた森の脇で、発知は木に登って街道上への視界を確保していた 。雷よけ、雨よけ、防音と各種結界を張った上で自身の姿を魔法で隠していた。木の下では安兵衛と富士子が土魔法で作った椅子に座ってくつろいでいた。三人で話し合った結果、雨がやんで落ち着いたら、この時代では「津島牛頭天王社」と呼ばれている津島神社に参拝しにきた旅人として、津島に行こうと待機していた。

 雨は本降りであり、雷のごろごろという音が近づいてきていた。

「やばい。」

 発知はそう呟くと木から飛び降り、安兵衛に言った。

「東から1頭の馬と口取りの小者、それに2人の徒武者が来る。馬に乗っているのは中学生ぐらいの少年だ。街道脇の木のあたりに正の電荷が集まってきている。 落ちるぞ、直撃がなくとも馬が暴走したら・・・・・・・」

 そう言った直後、凄まじい音と共に発知が言った木が白い光に包まれた。

 三人は街道へ向かって走り出した。


「この人はだめ、やけどがひどいしもう死んでいる。後の二人は気を失っているだけよ。子供のやけどは軽傷だけども息がないし、心臓も止まっている・・・・・」

「どいてくれ。」

 発知は土魔法で地面をならし、防水シートを敷いた。その上に子供を横たえ、心肺蘇生を開始した。心臓マッサージを30秒続け、次に気道を確保して息を短く2回吹き込む、さらに心臓マッサージを続ける。残念ながら今の富士子の魔法レベルでは蘇生が無理なのを発知は理解していた。蘇生には最大レベルの上達が必要なのだ。だから、これしかなかった。

 その間に富士子は子供のやけどを魔法で治療し、気を失っている二人のやけどを治してから、意識を回復させた。安兵衛は子供と発知を覆う携帯簡易天幕を設置した。

「私が代わるわ、私の方が蘇生の可能性がある。」

 富士子は先ほど馬と交信したことを思い出し、意識を集中して少年の脳に語りかけながら、心肺蘇生を代わった。

 心臓マッサージと人工呼吸の繰り返しが3回続いた後、それまで呆然と少年と富士子を見ていた供の内の一人が、ようやく富士子が自分たちの知らない方法で主人を助けようとしていることを理解した。彼は跪いて顔を少年に近づけて、泣き声で「五三郎様、五三郎様!!!」と呼びかけると少年のまぶたが震えた。

「やった、よくやったわ。あなたの声がこの子を助けた。お手柄ね。」

 安堵感から後ろ手に尻餅をついた富士子は、自分の治癒魔法のレベルアップ音が頭に響くのに気がつきながら、その供に声をかけた。

 あたりはまだ雨が続いていたが、雷は遠くに去り、雨も少し弱まったかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ