第四話 王立高等学園の授業で、ラスタはゴブりんを召喚する
訓練場に着いたのは僕が最後だった。
がやがやと騒がしい同級生たちの後ろで一人たたずむ。
ほどなくして、授業の開始を告げる鐘が鳴った。
「時間になったな。では授業をはじめよう」
生徒の姿で見えなかったけど、前方には教師がいたみたいだ。
騎士志望や文官志望の生徒たちはいない。
「先生、なんの授業でしょうか? 私たちは何も聞かされていません」
質問した男子の目は輝いていた。
魔法専攻の僕たちが、訓練場に集められる。
やっと、初めての「魔法の実技」が行われることを期待しているのだろう。
僕もちょっと期待している。
「これから行うのは職業能力の確認だ。各自、職業を利用した行動をするように」
教師の一言に、同級生たちがざわついた。
「ああ、言葉が足りなかったようだな。職業そのものを明かす必要はない。君たちはご両親から『職業は秘匿するように』と教えられただろう? それは学園でも変わらない」
「はい、先生! 僕は領内に同じ職業がいなくて参考にできるものがなく、ここなら教えを受けられると学園に入ったのです! むしろ職業を明かしたいのですが」
「うむ、覚悟の上であれば明かすことを止めはしない。……能力を使うと職業を予測されてしまう者もいるだろう。その場合、この場で披露しなくともよい」
「それぞれの自主性に任せるということですね! では、僕からお披露目していいでしょうか?」
質問を続けていた、珍しい職業だという男子が前に出た。
「いきます! ふんっ!」
右手を前にかざした生徒が気合いを入れる。
すぐに変化があった。
「…………それは?」
「たぶん、職業の能力だと思うんです。僕もよくわからないんですけど……」
教師に向かって伸ばした右手の、指が伸びた。
五本とも、だいたい倍ぐらいの長さに。
伸びた右手の指は関節がないのか、うにょうにょ動いている。
ちょっと、うん、正直ちょっとキモい。
期待して見ていたほかの生徒も引き気味だ。
「それだけじゃなくて、やあっ!」
生徒が気合いを入れると、うにょうにょ動く指? 触手? の先から、ポタポタと液体がにじみ出てくる。
ぽたりと地に落ちると、じゅわっと小さな煙をあげた。
……なんか、うん、正直なんかおぞましい気がするのはなぜだろう。
なぜか女子生徒がドン引きだ。
「土が溶けているな。溶解液か? となれば〈錬金術師〉の亜種の職業か、あるいは」
「いえ、この液体は生物を溶かさないんです」
「…………は?」
「モンスターには効果がなくて、もし人間にかかっても鎧や服しか溶けなくて」
女子生徒はヒッと小さな悲鳴をあげて後ずさった。
男子は目を輝かせている。
「領内で調べても同じ職業はいなくて、書物もありませんでした。学園なら何かわかるんじゃないかって思ったんです」
「う、うむ、図書館には職業について書かれた本も研究書も残されている。調べることを薦めよう」
「先生もご存じありませんか? 〈性騎士〉という職業なんですけど……」
博学な〈王立高等学園〉の教師に期待していたのだろう。
引きつった顔の教師に、職業能力を披露した生徒が肩を落とす。
なぜか、〈性騎士〉とやらの能力は知らない方がいい気がしてきた。
「さ、さあ、次に職業を利用した行動をする者はいるか? 魔法専攻だからといって戦士・騎士系でもかまわない。職業の傾向を把握することは、指導方針を決めるうえで必要なのだ」
まるでいまの出来事がなかったかのように、教師が生徒たちを促す。
最初は微妙な雰囲気になったけど、そこからは普通だった。
魔法専攻を選んだだけあって、魔法使い系の職業が多いみたいだ。
魔法の構築も発動速度も師匠と比べたら遅いけど、それでも職業の補正は大きい。
マナの動きを見れば、職業を明かさなくてもだいたいの目星はついた。
けっきょく、後ろの方にいた僕は最後から二番目になった。
残る一人の男子生徒に目を向けると、「お前が先にやれ」とばかりにクイッと顎で指示される。
ニヤニヤ笑って最後を選ぶあたり、職業に自信があるんだろう。
「君か。入学試験で見せたマナの扱いは見事だった。職業は魔法使い系統か?」
「いえ、師匠から『厳密には違う』と言われました」
「職業に頼らずあの精度ということか。ふむ……」
「あの、はじめていいでしょうか?」
「ああ、すまない。では見せてくれ」
「はい」
教師がじっと僕を、僕のマナの動きを視ているのを感じる。
魔法専攻の同級生たちに見られているのも感じる。
僕は大きく息を吐いて、気持ちを切り替えた。
集中する。
内なるマナの流れを速める。
巡るマナで外のマナを引き込む。
マナの量が少ない僕にとっては必須の作業だ。
充分な量になったのを感じて、僕は目を閉じた。
胸に手を当てる。
喚び出す陣を意識するために。
師匠に刻まれた、僕の〈世界録〉に繋がる魔法陣を。
「〈我がマナを捧げて彼の地より此の地へ。契約に応え姿を現せ。出よ、ゴブりん!〉」
叫んだ。
僕の胸元の魔法陣が輝く。
目を開けると、するりと出てくる後頭部が見えた。
続けて体も、手にした小さな盾と棍棒も。
ごっそりマナが失われる感覚がした。
やっぱり、いまの僕じゃまだ負担は大きい。
でも……。
「ゲギャ?」
振り返り、僕を見つめて首を傾げてくる。
あの頃と変わらない緑の肌で小さな背丈で、でもあの頃と違って簡素な皮の鎧に盾、棍棒を手にしてる。
ゴブりん。
〈召喚士〉である僕の〈召喚獣〉で、初めてできた僕の友達。
ゴブりんは、僕の召喚に応えて姿を現してくれた。
王立高等学園の訓練場が沈黙に包まれる。
そして。
「ふむ。職業は召喚系統か。なるほど、魔法使い系統と『厳密』には違う」
冷静な教師の声にかぶせるように。
「きゃー! ゴブリンよ、汚らわしい!」
「みんな下がって! 僕の溶解液は生物には聞かないけど時間稼ぎぐらいは!」
「ふん、ゴブリン程度、俺様の火魔法で燃やし尽くしてやる!」
「しょ、召喚士なのにゴブリンって! アイツ召喚の基本知らないのかよ!」
同級生の悲鳴や怒声や笑い声が響き渡った。
「ゲ、ゲギャ?」
ゴブりんは〈な、なに?〉と首を傾げている。
うん、なんだろうねこの反応。