第3話 あっという間の1週間
背中には日本刀、腰にはさっきの店で買って貰った西洋剣。マリオン隊長の後に続く俺は城下町から少し離れた寮に向かって歩いていた。
右も左もわからない俺は只々付いて行くしかない。
人も多く賑やかな城下町を抜けた先に目的の場所はあった。
「ここが候補生の寄宿舎だ。大隊長が入隊の手続きは済ませてくれている筈。今日から寝泊まりはここでしろ」
「まるで学校だな。部屋だけにしては大きいぞ」
「何を当たり前の事を。候補生はここで戦闘訓練と魔法学を勉強して貰う。そうでなくては騎士になど成れはしない」
「マリオン隊長もこの学校を出たのですか?」
「言っておくが飛び級でな。お前のような男に大隊長が仰るような才能があるとは思えんが。兎も角、3ヶ月経ったお前がどの程度の力量に達したのか、見極めさせて貰う。無駄話も終わりだ、付いて来い」
背中のマントを揺らしながら歩く彼女の背中から離れないように、俺は案内された寮の中に入って行く。街は木造建築の家とかが多かったけど、ここは石やレンガで作られてるのか。候補生って言ってたけど、ここを出れば国の戦力として扱われるんだから、もしもの襲撃にも備えてるのかもな。
って、ほとんど無意識の内に周囲を観察するのは俺の癖なのかもしれないが、他にも考える事があるだろ?
とは言ってもここでの生活に慣れる事からか。帰り方もわからないんだからそうするしかない。
「この寄宿舎で候補生は生活している。細かな事は後で彼女、ミサに聞いてくれ。ここの管理はいつも彼女がしてくれている」
「ミサ?」
「あそこのカウンターに居る。挨拶くらいはするぞ」
入り口から入ってすぐ傍にその人は居た。短髪の青い髪の毛、クリクリとした小さな目、でも精気が感じられない。身長も低いから低学年くらいか? でも、無愛想なのとは違う暗い雰囲気はなんだ?
立ち上がるレミって子はカウンターから出て来ると俺の目の前にまで来てくれた。白いブラウス、踝まで覆うスカートエプロンは髪の毛と同じ色で鮮やかに見える。
民族衣装って言うのかな、こう言う服?
「初めまして、ミサと申します。この寄宿舎の管理を任されております」
「大隊長から通達は届いているな?」
「はい、確かに」
「なら後の案内は頼めるか? 私は他にやる事がある」
「仰せのままに」
マリオンさんも仕事があるのか。ここまで連れて来てくれただけで良しと考えるか。
「細かな事はミサに聞いてくれ。私はここを離れる」
「はい、わかりました」
「くれぐれも規則と規律は守れよ」
俺と同い年くらいに見えるが、階級が上の人みたいだから何かと忙しいのだろう。今来た道を早々と戻って行ってしまう。残された俺はと言うと、無口でどこか悲しげな女の子、ミサと一緒に居る訳だが。
「…………」
こうやって一言も喋らないと来た。気まずいから、頼むから何か喋ってくれ。俺、子どもって苦手なんだよ……
「お名前……」
「え? 何か言った?」
「まだお名前を伺っていません。礼儀も大切だと教えて頂きました」
「あぁ、俺は久我 明宏。よろしくね」
名前を聞くとミサって子はそっぽを向いて歩いて行く。無視かよ……
「って、ちょっと待って!」
何なんだアイツは! ったく、どいつもこいつも不親切だな。
後を付いて行く俺は階段を登り廊下を歩いて行く。幾つもの扉に部屋番号が書かれているからここは教室じゃない。個人の部屋っぽいな。俺の部屋を案内してくれてるのか?
「ここです」
「ここだって?」
「893号室がアナタに割り当てられた部屋です。同室になりますが我慢して下さい」
「893……ヤクザか……」
「やくざ? 兎も角、久我様。何かあればまたお申し付け下さい。では、私はこれで」
「わかった。ありがとね」
お礼の言葉を掛けてもミサって子どもは無表情で立ち去ってしまう。本当に何を考えてるのかわからない奴だ。暗い雰囲気が余計に滑車を掛けてる。まぁ、良いか。子どもに構ってられる程の余裕なんてない。
それにしても部屋番は893、ヤクザか。語呂合わせで覚えやすい。問題は同室の人だが……悩んでもしかたないか。
「すみません、入りますよ?」
ノックをする俺は扉越しにそう言うと中からドタドタと足音が聞こえる。しばらくして勢い良く開けられた扉から飛び出して来たのは、少し幼顔な男だ。身長は俺より少し低いし、華奢な体格。それと緑色の制服か。
「いらっしゃい! ごめん、急だったから片付けしてたんだけど間に合わなくて。話は管理人さんから聞いてる。僕はジェフ・リカード! よろしく!」
「俺は久我 明宏。よろしく。えぇ~と、ジェフ……さん?」
「さんなんて付けなくて良いよ。今日から一緒に生活するんだし、それに将来は国を守る騎士になる仲間なんだから。仲良くしよう!」
ズイッと足を前に踏み込む目の前の男は有無を言わさず俺の手を握ってきた。握手のつもりか? それにしても少し馴れ馴れしいな。
「あぁ……よろしく」
「じゃあ中に入って! さぁさぁッ!」
「わ、わかったから引っ張るな!?」
強引に部屋の中に引きずり込まれる俺。中を見るとそれなりの広さだ。ビジネスホテルくらいの広さはあるな。2人部屋なんだからこれくらいは当たり前か。
ベッドが2つ、机とテーブルも。ベランダまである。でもビジネスホテルと違う所とすれば、家電製品は一切置かれてないって事だな。電気がないんだから当たり前だけど。
「さっきまで布団を干してたんだ。同居人が居ないから、余ったベッドを物置代わりに使ってて。それよりもクガの荷物を取りに行こ。僕も手伝うから。」
「必要ないよ」
「え? だって――」
「俺が持ってるのはこの2本の剣だけだ。他は何にもない」
「何にもって……」
「話すと長いんだ。いろいろあるんだよ」
「いろいろ……ねぇ」
「それより他に聞きたい事が一杯あるんだ。教えてくれよ」
「うんッ! わからない事は何でも聞いてよ!」
こう言うのをひまわりのような笑顔って言うのかな? 何がそんなに嬉しいんだか。
でも、取り敢えず今日はなんとかなりそうだ。全部の事が突然過ぎて知らず知らずの内に疲れてたのか、軽く背伸びをしてみると体の節々が痛んだ。
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この世界に来て1週間が経過した。その間にわからなかった事もいろいろと知る事ができた。そのお陰で他の人にバレる事もなく、普通の人間として溶け込めるようにもなってきた。それも同居人であるジェフが居てくれたからだ。
初めて会った時は馴れ馴れしいと感じたが、今は少しだけ感謝してる。
「浮遊魔法はまず初めに覚える基礎魔法だ。これができないと他の魔法が使える事もない」
教卓に立つ教師であろう男の言葉を紙に書き留める。果たして意味があるのかどうかわからないが……
黒板があるのは俺が居た世界と同じ。でも透明人間が文字を書いてるかのようにチョークが宙に浮いている。これが魔法と言うものか。
「浮遊魔法をちゃんと理解すれば、今俺がやっているような事は簡単にできる筈だ。軽い物を持ち上げるくらいなら自身のマナだけで充分だ」
問題なのは文字がまったく読めない事。しょうがないから教師が言った事を日本語で紙に書くしかない。
それともう1つ、別世界から来た俺が魔法を使う素質があるかどうか。
(どう思う、美人の椿さん?)
(そんな事で悩んでどうする? 男ならバァンッと突っ込め! 当たって砕けろ!)
……訳わからん。相談したのが間違いだった。
「各自、この場で身近な物を浮かしてみせろ。体に流れるマナを感じ取り制御しろ。後は集中力だ。切っ掛けさえ掴めば誰でもできる」
教師の指示に従い周りの人間が浮遊魔法をやり始めた。持っているペン、紙、果ては椅子や机まで。
どうしたものかな……マナってのが何なのかも知らないし、後でジェフに教えてもらわないと。取り敢えず、やってるフリだけでもするか。
そう考えた俺はペンを机の上に置き両手をかざしてみる。別世界とは言え魔法が現実に存在するなんて……
そんな俺に、本当に素質なんてあるのか? しかもしばらくしたら決闘、勝てる気がしねぇよ……
(おっ!? できるではないか! かんしんかんしん!)
「え゛ぇ~、なんで……」
目の前で確かにペンが浮いている。自分でもわからない、なんで?
「できる者は常日頃から使うようにしろ。この感覚を絶対に忘れないようにな。できない奴は補習だ!」
(お前はできておるから補習とやらはしなくても良いな。なら早く立て! 剣の鍛錬をするぞ!)
(なんで魔法なんてできるんだ? どうしちゃったんだ、俺?)
(そんな細かな事は良い、座りっぱなしも飽きた! 早く体を動かすぞ! ほら、ほらほら!)
(魔法……使えちゃったよ……)
(は~や~く~た~て~ッ!)
(わかった、わかりましたよ。そんな急かさないで下さい)
集中力を散らしたらペンが机の上に落ちた。俺はペンと紙を持ち、腰には2本の剣を刺して足早に教室から出て行く。
元居た日本の高校とは授業体系が違う。どの授業を受けるのかは各自が自分で選ぶ。だから魔法の初歩であるこの授業を受けてるのなんて見た目からして俺よりも年下ばかり。少し気まずいと感じてしまうのは我慢するしかない。
俺の背中をグイグイ押してくる椿さん。そんな事をしても触れられた感触すら伝わらないから意味ないのに。
魔法の勉強もそこそこに教室から出る俺が足早に向かうのは闘技場だ。
実践訓練ができるように寮を出たすぐ裏に野球球場のように広い空間が作られている。俺は同僚のジェフ、後は妙に乗り気な椿さんと一緒に闘技場で剣の練習をしていた。
あのマリオンって子、決闘までの期間もあまり猶予はない。
「クガ~! こっちこっち!」
「別に呼ばなくてもわかってるよ。いつもやってるだろ」
「いやぁ、こっちも早く終わって時間が余ってたからさぁ。来たばっかりだけど早速始める?」
そうだな。後ろのアイツも初めないとゴチャゴチャうるさいだろうし、無言で頷く俺はジェフに意思を示すと早速剣を抜いた。
透明な剣。前に鍛冶屋で買って貰った剣だ。ここで練習する時はいつもコイツを使っている。
「しばらくしたら休憩して飯食いに行こ。そしたらまた練習だ。決闘まで時期が迫ってるしな」
「やる気があるのかないのか良くわからないよ。じゃあ自由に攻めて来て。僕は防ぐだけ。今日から魔法学の勉強もしたんでしょ? 少しずつ魔法も使おう」
「わかった。やれるだけやってみる」
剣を構える俺はジェフを睨み付ける。正直言ってまだまだ対等に戦う事もできない。でもやるしかないんだ。
それにしても、緊張感もなくニコニコ笑いやがって。
「行くぞッ!」
「お、来たね」
余裕を見せる態度がムカついてきた! 剣を右手に走り出す俺は力の限り振り下ろした。軽い武器じゃなかったらこうはできない。
勢い良く振り下ろす。でもギリギリで避けられた。クソッ、いつもこうだ。
「前より少し剣の動きが早くなってるよ。良い傾向だね」
「諭すように話しやがって。体育の教師か」
「ほら、始まったばかりだよ」
「わかってる! 絶対にぶった斬ってやるからな!」
少しばかりのストレスもエネルギーにして、俺は剣を振り続ける。右に、左に、正面に。だがどれも空を斬るだけ。
ジェフと自主練を続けながら、そして背後からはアイツが指示を出す。
(体の使い方がなってない。それに相手の動きも良く見ろ。戦場に出れば全方向に意識を向けなくてはならん。たった1人も相手にできぬようではすぐに死ぬ)
(わかって……ますよ! こっちだって必死なんだ!)
でも剣はどれだけやっても当たる気配すら見えない。これが経験と技術の差……。
(泣き言を言う暇があるなら動け。死にたいのか!)
(くっ!? こうなったら……魔法も使ってみるしかないか)
今日初めて使ったばっかりだけど、無理でもなんでもやるしかない!
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