第2話 美人のアタシに任せなさい!
突如、目の前に現れた謎の美女。自分の名前を千重ノ 椿と言ったこの女は、ニヤニヤしたまま何を考えてるかわかったもんじゃない。
「それにしても、次のアタシの使い手がお主のような若造とはのぉ」
「だ……だから何なんだよ! また訳の分からない単語使いやがって! お前もそうだし、使い手なんて聞いた事ないぞ!」
「まぁ落ち着け。順に説明してやっても良いが、こんな場所で喋り続けるのもつまらん。ここから出るぞ」
この人の言う通り、ベッドに座っていても無駄に時間が過ぎるだけ。確かにその通りなのかもしれない。刀を片手に俺はベッドから立ち上がり病室を出た。
扉を1歩出れば、初めて見る光景に俺は息を呑んだ。
遥か高い位置にまで登る天井にはどこまでも続く絵。大理石で作られているのか、ピカピカに光る床も先が見えないくらい広がっている。
巨大なシャンデリア。観賞用の甲冑が何体も飾られてる。それに人の数も多いぞ。これが言ってた候補生や騎士って人たちなのか。
「凄いな……ここ……」
(城内だからな。広い筈だ)
「城内? ブラィンスゥル王国とか言ってた」
(歩きながら話すぞ。好きにしても良いって言ってたろ?)
「言ってたか? それよりも話して貰うぞ。聞きたい事はいっぱいあるんだ」
(任せなさい! 手取り足取り股取り教えてやる!)
「股は余計だ。千重ノさん……で良いの? アナタは誰なんですか?」
この人の言う事が本当なら、俺はどうやら城の中に居るらしい。ブラィンスゥル王国……高校の世界史はちゃんと勉強してるつもりだけど、そんな国の名前は初めて聞いた。やっぱり俺が居た日本とはそもそもが違う世界なのか?
(千重ノさん、などと余所余所しい呼び方はせんでくれ。アタシの事は椿と呼べ。美人の椿さん、わかったか?)
「……椿さん」
(うん? うん? 何か足りないなぁ~)
「っ……んの椿さん」
(良く聞こえん。アタシを慕う者は皆、ちゃんと頭に美人と付けてくれたぞ。そんな事では口を開く気になれん)
べらべらと喋って起きながらどの口が言うんだ。はぁ、面倒だけど言うしかないのか……。
「ビジンノツバキサンオシエテクダサイ」
(う~む、今回だけだぞ)
何が今回だけなんだ。初めて見た時は美人だと美人に見えたのに、結構面倒な奴だな。
(若造にもわかるように説明してやるぞ、有難く思え。そもそもだ、アタシはこの刀を守護する存在)
全然わかんねぇ、そう言おうとした。けれどもその瞬間、どこまでも続いていそうな通路を歩いていると誰かとすれ違った。それ事態は別に問題じゃない。一番の問題は、椿さんはそのすれ違った人をすり抜けた事だ。なるほど、守護する存在、守護霊ね。
(少しだけわかりましたよ。さっきので)
(ほぅ、どうやら馬鹿ではないらしい。この事に気が付くのに1ヶ月掛かった者もおる。だったら次の話をするか)
歩きながら話を聞く俺は周囲の様子も観察した。さっきの大隊長やマリオンって子のように白い制服は見当たらない。やっぱりそれなりの地位の人しか着れないのか。
他は青や緑の制服ばっかりだ。でも気になるのは黒いガウンを着た人も居る。あの人達は何だ?
(アタシを使う者は代々使い手と呼ばれて来た。それは脈々と受け継がれ、アタシは使い手に技術を授けて来たんだ。若造、アタシを使って人を斬ったろ?)
(刀なんて見るのも初めてなのにあんな事ができてしまったのはそのせいなのか? この刀を通して、俺に力が流れてる……)
(ど素人の貴様に強者を殺せる訳がない。ほんの少しではあるが力添えをしてやった。だから勝てた)
(じゃあ! アナタの力を使えば決闘にだって勝てるかもしれない!)
(まぁ、あの時は死にそうだったからな。だが、そう簡単に力は貸さん。それ相応の、アタシを使うに相応しい男になれ。まずはそれからだ)
椿さんが言う事が本当だとするなら、この刀には未知の力があるらしい。でも今のままでは使わせて貰えない。つまり、3ヶ月後の決闘まで最低限戦いの訓練はする必要がある。
あの人が言ってた訓練学校で一体どの位できるようになるかわからないけど、椿さんの存在がほんの少しだけ心の拠り所だ。
「あ……外に出られる」
(出口は近いぞ、走れ若造!)
「別に走る必要なんてないだろ」
言葉を口にしながらもあの人に急かされてしまい、俺は外に続く出口に向かって走った。
巨大な扉、城の入り口だからそんな物なのか? 1度に人が何十人も同時に入れる位に大きい。今更だけど、この城って滅茶苦茶大きいのか? そうだとしたら、ブラィンスゥル王国って国の力もわかるってもんだ。
思ったら早く外に出て国の全体像が見たくなった。でも出ようとした瞬間、2本の槍に行く手を阻まれる。
「貴様、見た事のない格好だな。どこから入った?」
「どこからって……」
「不審者を通す訳にはいかん! 武器を手放しこちらに――」
言い訳を考える暇もなかった。この2人、門番に押さえ付けられるまさにその時、また彼女の声が聞こえたんだ。
「下がれ、コイツは良い。見かけは奇抜だが候補生だ。私が入れた」
「マリオン隊長、ですが――」
「連絡が行き届かなかったのは私の落ち度だ。入れ替わりである貴様らに伝えるのを怠っていた。だが他に城内へ入れた人間は居ない。安心して良い」
「わかりました。警備に戻ります」
鶴の一声、を間近で見てしまった。このマリオンって女の子、隊長って呼ばれてたしやっぱり偉いんだ。
門番の2人が下がってく。
(コイツが決闘の相手か? なかなか、腕はありそうだ)
(アナタならこの子に勝てますか?)
(愚問、余裕と言っておこう。こんな小娘に負けるようではまだまだ)
(簡単に言ってくれる)
取り敢えず、助けてくれた事にお礼を言わないと。振り返った俺は彼女を見るが、何も言えないまま手を引かれた。
「こっちだ。付いて来い」
「あ、ちょっと!」
「今から鍛冶屋に行く。貴様に合う武器を見繕って貰え」
「武器? でも俺には――」
「見るからに使いこなせていなかっただろ。そんな武器で鍛錬などするな。変な癖が付く」
ちょっと前には怒っていたのに今は俺の為に動いてくれているのか? もしもそうなら、少しだけこの人の事を見直そう。
「勘違いされても困るから言っておいてやる。これは只の助言だ。それに決闘の時、貴様は最高の状態で私に挑んで貰わねばならないからな。今回だけ気に掛けてやる」
「アナタは――」
「マリオン隊長と呼べ。階級は私の方が上だ」
「そうですか。マリオン隊長って以外と律儀なんですね」
「……騎士道精神に従ったまでだが、貴様がそう思うのならそう言う事にしてやる」
マリオン隊長に手を引かれながら、俺は城の外にある城下町がどんな様子なのかを観察していた。結構広いぞ、東京の歩行者天国とまではいかなくても、人の数は相当居る。それに建物は石やレンガでできてるのか。床もアスファルトじゃない。なんて前時代的なんだ……。
「ボケっとするな。着いたぞ、この店だ」
「ここって?」
「武器を見繕うと言ったろ? 良いから来い」
(木造建築もそりゃあるか。でもやっぱり作りは近代的じゃないな、電気もコンクリートもない。このカンカンうるさい音は……椿さん、鉄を打ってる?)
(美人が抜けてる)
(まだ言うのか? もう良いでしょ?)
(ジィ~……)
そんなジト目で見るな、鬱陶しい。はぁ、声に出して言う訳じゃないし我慢するしかないか。
(美人の椿さん、ご教授頂けないでしょうか?)
(……次に美人って付けなかったら声に出させるからな)
(わかりましたよ。それで、武器はどんな基準で選べば良いんですか? 仮にもこの刀の守護霊なんだからわかるでしょ?)
(アタシ以外の剣を持つとは……嫉妬してしまうのぉ)
(冗談は良いですから。どんな剣が良いんですか?)
(斬れ味が良く軽いのを選べ。金とか宝石の付いたギラギラしたのは好みじゃない。それど見かけが良いだけでは使い物にならん。アタシは質素な物が良い)
(俺の剣ですよ)
店の中に入った俺は驚いてしまった。広い店とは言えない、それでも壁の至る所に展示されている剣の数々、男として興奮せずにはいられない。
ギラギラと銀色に光る剣、デカくてゴツい剣、トマホークまである。目移りしちゃうなぁ~!
「いらっしゃい。おぉ、マリオンか! 少し前に来たばかりだろ、珍しい」
「いつも世話になっているな。今日は私のではない、この男のだ」
「ほぅ、兄ちゃんか。で、どれにする?」
店主の男が出て来た。マリオンさんは顔馴染みらしい。赤く焼けた腕は筋肉でゴツゴツしてる、職人って感じだな。でもこう言うオッサン、どうも苦手なんだよな。
「どうするって言われても……」
(手に取って感触を確かめろ。まずはそれからだ)
「そう言うなら……」
言われた通りに俺は飾られている剣を手にとってみた。こんなの映画でしか見た事ない。思ったより重いな。片手で持てない事もないけど長時間となるとキツイ。となると、これより見た目がゴツいのは自動的に却下だ。そうなると……アレは?
「あの剣を見たいんですけど?」
「うん? 良いけどよぉ、アレは使えねぇぞ」
「使えない?」
「ウチの娘がどうしても作りたいって言うもんだからよぉ。何年か前にやらせてみたんだがそう簡単にいくわけねぇわな。その内に諦めるだろって思ってたんだが、気が付いたらこんなの作りやがった」
壁の高い所に丈かけてあって触れないけれど、見た目からして他のとは全然違う。剣身がガラスみたいに透明だなんて。不思議な魅力みたいな物を感じる……
「おぉ、言ってたら帰って来たぞ。アルサ、客だ」
「お客様? 私に?」
「お前の剣が欲しいんだとよ」
「本当ですかぁ!」
この店主のオッサンからは想像も付かない程に美人な女性、この人が言ってた娘か。カールした茶色い髪の毛、シックなロングスカート。町娘って感じ、嫌いじゃない。
俺が眺めてる間にも、この人は竿を使って剣を壁から降ろしてくれた。
「今までにも何本かは店頭に並べたのですけど、買ってくれた人が居なくて。つい嬉しくなっちゃいました。はい、どうぞ!」
俺の勘違いかもしれないけれど、差し出された剣は特別な輝きを持っているように見えた。両刃の長剣、俺は魅了されている。試しに手に取ってみると、他の剣と違って驚く程に軽い。
「凄いな、軽いぞ」
「普通の剣みたいに鉄や鋼を使用して作った訳ではありませんから」
「ケッ、だから売れねぇんだよ。聞き分けのない娘だ」
「良いでしょ! お父さんこそいつまで経っても代わり映えしないで、だからお客様が減るんだよ」
「何もしらない癖に偉そうに言いやがって」
「それよりも父親なら祝ってよ。初めて買ってくれるんだよ!」
目をキラキラさせて俺の方を見て来るが、1度だって『買う』と言った覚えはないのだが。でもなぁ、他に良さそうな剣もなさそうだし。それに、気に入った!
「すいません。じゃあ、コレで」
「っ~!? ありがとうございます!」
そんな涙ぐまなくても。ほら、マリオンさんも呆れてる。でもせめて助け舟くらいは出してくれないかな?
「おい、兄ちゃん。その剣は止めとけ。使いモンにならねぇって」
「そんな事ない! 近代魔法学とを融合させた最先端の武器なんだから!」
「オメェはよぉ、時代の先取りだぁなんだ言うが、そんな剣じゃ使えたもんじゃねぇ。斬れ味はすぐ落ちる」
「だからそれは! 魔力で薄膜しながら使えばわざわざ研がなくても継続的に使えるんだってば!」
「普通に剣を振るだけでそんな面倒な事がやってられっかよ。マリオンもそうだよなぁ?」
「そ……それは……まぁ……」
いきなり振られてマリオンさんだって困ってるじゃないか。この人だって涙ぐんでるし。そこまで言われる程使えない武器なのか? 見た目は結構好きなのに。
あ、まだオッサンに詰め掛かるぞ。
「でも、この剣自体が魔法媒体になってて――」
「普通なら宝石の1個で事足りるのに剣自体ってなぁ。どうやってそれだけの性能を使い切るんだよ?」
「それは……」
「こう言うのはな、器用貧乏って言うんだよ」
また知らない単語が出て来た。魔法媒体? 魔法を使うのにも何かあるのか? って、マリオンさん?
俺の耳元に口を寄せて小声で話し掛けて来た。
「おい、本当にコレで良いのか? お前の剣だから自由に選べば良いが、コレでは腰の剣の代わりになるかどうか」
「俺は……これで良いです」
「本当に良いんだな? 店主、会計だ」
「え゛ぇ!? 買うのですか? もっと他にも――」
「良いから会計だ。金ならある」
「わ、わかりました」
そんなに拒否しなくても良いだろうに。でも娘さんは花が咲いたような笑顔をして、ちょっと嬉しく感じてしまう。
俺の手にある2本目の剣。
(言っておくが本命はアタシだからな! そればかり使うでないぞッ!)
(わかりましたよ。アドバイスもまともにしてくれなかった癖に)
(そんな剣よりアタシの方が良い所を教えてやるわい。任せておきなさいって!)
(本当だろうな?)
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