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第1話 現れるは背後霊

 さっきのは夢? いや、違う。あの人の体を斬ってしまった感触。血の熱。アレが夢でたまるもんか。

 でもどうして? どうして俺はこんな事になっているんだ? 確か、死んだ爺ちゃんの家の片付けをしてて……それから屋根裏部屋に行ったんだっけ。そうだ! そこで日本刀を見付けたんだ。

 そこからの記憶がない。って事は、この刀が原因なのか? でもどうして刀を触っただけでこんな事が起こる。訳がわからない!

 俺、人を殺してしまったんだぞ? 死にたくないとは言っても……どうしようもなかった。考えても、今はどうにもできないかもしれない。取り敢えず起きよう。


「ここは……」


「気が付いたかい? 自分の名前は言える?」


「はい……名前は久我 明宏(くが  あきひろ)です」


「クガ・アキヒロ? 変わった名前だね。僕はここの担当医のメイト・セルシア。少し前に配属されたばかりだから知らないかな?」


「それよりもここ、どこなんです? 俺……」


 見渡せばベッドに敷かれた白いシーツの上で俺は目を覚ました。右手には窓、晴れた陽気が良く見え、鳥のさえずりも聞こえてくる。

 左手には無数のベッド。俺以外にも何人か寝てる人がいる。包帯を巻いてるのを見るとケガをしているのか。部屋全体、木製の床や壁の作りを見るとどこか懐かしさみたいなモノを感じる。

 消毒液の匂いがそれに輪をかけているのかも。

 目の前の男、白衣を身に纏い赤茶色の癖っ毛を生やしている。医者か? 歳は30代くらいに見える。


「君、初陣だったろ? 初めて戦場に行く人間には良くある事なんだ。初めて人を殺して、精神状態が不安定になる事。だから少しだけバフを掛けさせて貰ったよ」


「バフ?」


「精神を落ち着かせる魔法。これでもう、この前みたいな事にはならないだろ。外傷もないみたいだし、精神も落ち着いたみたいだからね。さて、ここからが本題なのだけれど――」


 魔法? 魔法って言ったのか? 冗談だろ? 本題に入るどころじゃない。気が付いたらこんな所に居る、人殺し、挙げ句の果てに魔法。聞きたい事が山ほどある。


「ち、ちょっと待って! 魔法って言った?」


「うん、言ったよ」


「試しに何か見せてくれませんか?」


「魔法をかい? 良いけれど、簡単なのしかできないよ」


 言うと男は右手を俺に向けて差し出して来た。疑問に思うも束の間、ライターのような小さい火が手の平に突然現れた。本物の火、ゆらゆらと揺れて熱もちゃんと感じられる。


「ほら、これで良いかい?」


「あの……魔法って誰でも使えるのですか?」


「君は候補生だろ? どうしてそんな事も知らないんだ?」


「候補生? あの……」


 まだまだ知らない事、わからない事がいっぱいある。もっともっと知らないといけない事があるんだ。でも目の前の医者は話を切り上げてしまった。

 そして開かれる医務室の扉、誰か来た。俺は視線を向けただけだが、医者の方は立ち上がると右手を頭に添えて敬礼している。


「大隊長、如何なされましたか?」


 大隊長? そう言われれば偉い人のようにも見えてしまう。背中には赤いマント、シワ1つない真っ白な制服。左胸にあるのは勲章か? 金色の剣まで持ってる。

 茶髪に深い彫りとアゴ髭、睨まれただけでも震えそうな鋭い視線。何だってこんな人が……。

 それともう1人、後ろにはあの時の女も居る。男と似たような服を着てるからこの子も偉いのか? 赤い髪の毛のツインテールかぁ。必死過ぎで前は気が付かなかったけど、結構可愛いな。


「そんなに畏まる(かしこ)必要はない。ちょっと彼と話がしたいだけだ」


「わかりました。外傷もありませんので、すぐに訓練にも参加できます」


「そうか。ご苦労」


 き、来た! 何だって言うんだ?


「ケガがないようで何よりだ。君の事はこちらでも少し調べさせて貰った。マリオンと共に奇襲作戦に参加している者だから訓練学校を卒業したのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。一般人の君がどうしてあんな所に居た?」


「お……僕だってわかりません。気が付いたらあんな所に」


「ふむ、そうか。何者かの転送魔法に巻き込まれたか? だがそれにしても一般人が巻き込まれた事が理解に苦しむな」


「僕は別に、好きであんな所に行った訳じゃありません! それに人殺しなんて……」


「まぁ良い。些末な問題は後回しだ。私は君を訓練学校に推薦しようと思っている。どうかな?」


「どうって言われても……」


「この国、ブラィンスゥル王国を守る騎士となるチャンスだ。またとない機会だと思うがね?」


 騎士って言われても、俺はあんな死ぬ思いなんてもう御免だぞ。どうでも良いから早く……早く帰りたい。


「簡単には頷いてはくれない、か。私はね、これでも君に期待を寄せてるんだ。君が倒した敵兵、彼はジャング・ムジラと言ってね。帝国内でも少しは名の知れた兵だった。訓練卒でもない君のような少年が彼を倒すだなんて」


「そうは言われても、できないものはできません」


「貴様ッ! 大隊長に向かって――」


「まぁ落ち着け、マリオン」


 マリオン? マリオンって名前なのか、この子は。


「私も無理に君を訓練学校に入れるような事はしない。けれどももう少しだけ考えてみてくれ。家に帰ってからで良い」


 この大隊長の手が、まだベッドの上で半身を起こしているだけの俺の左肩に触れてくる。この言葉を聞いて、ようやく俺は事態の深刻さを理解した。

 そうだ……何でだとか、どうしてだとか、そんなのはもうどうしようもない。これから先どうするかを考えないと。帰る家なんて……ない!


「あ、あの……」


「うん、どうした?」


「その訓練学校に寮はありますか? できる事なら住み込みでやりたいです」


「おぉっ! やる気になってくれたか! 安心しろ、部屋ならある」


「あと、僕お金持ってないのですがそれは?」


「金がない? 少しもか?」


「はい、すみません」


「だったら俺が工面してやる」


「大隊長! このような子供にそこまで」


 見た目俺と同じくらいだろ、子供呼ばわりか。ちょっと気に入らないな、さっきのは。でも顔には出さない、この大隊長って呼ばれてる人に付いて行く。そうしないと右も左もわからないこんな所でどうして良いかもわかるもんか。


「良いんだマリオン、気にするな」


「ですが!?」


「私はな、長年の経験からこの少年に光る物が見えたんだ。マリオン、お前と同じように」


「ですが……やはり納得できません。おい、お前!」


 お前って俺の事? 思わずキョトンとしてしまった。2人の間柄はわからないが、何かまずい事をしてしまったのか?


「僕ですか?」


「そうだ、名を名乗れ!」


 また言うのか。まぁ、しょうがない。


「名前は久我 明宏(くが  あきひろ)。そっちは?」


「私はマリオン・コンスティスノヴァ。3ヶ月、貴様に猶予をやる」


「3ヶ月?」


「そうだ! 3ヶ月後、私は貴様と決闘する!」


「け、決闘!?」


「貴様の実力、確かめさせて貰う。逃げる事は許さん」


 有無を言わせてくれない。マリオンって女の子は特徴的なツインテールを靡かせながら俺が居る病室から出ていってしまった。まだ返事も何もしていないのに……。

 藁をも掴む思いで大隊長に視線を向けるが、どうやらこの人は対して重要に思ってないらしい。平然と俺に振り返るとまた肩を叩いて来た。


「普段の彼女はこんな風ではないのだがな。それよりも、まずはこれからの事だな」


「け……ケケ……」


「け? 決闘か、アイツらしいと言えばらしいが」


「どうすれば良いんですか!? あの子と戦うだなんて! 下手したら死んで……」


「安心しろ。訓練学校に入れば君はこの国に使える兵士だ。味方同士で殺し合いなどはさせんよ。だが、少々のケガくらいは覚悟しておけよ」


「そんな……」


「それともう1つ、マリオンは強いぞ。アイツは訓練校を飛び級で卒業し、今や部隊の隊長を任されるまでになった」


「無茶言わないで下さい! 僕なんかが勝てる要素あるのですか!? たった3ヶ月だなんて」


「今はまだ勝てないだろう。マリオンはそんな生易しい奴ではない。だがな、君には光る物を感じる。私はそう言ったぞ。もしかすると私と肩を並べる存在になるかもしれん」


「買い被り過ぎですよ……煽てられたからってできるようにはなりません」


 この時の俺は、多分嫌な顔をしていただろう。けれどもトントン拍子で進んでいく話を素直に受け入れられるのは、知らない内に掛けられた魔法のせいなのだろうか? そうやって無理やり納得しないと頭がパンクしそうだった。


「君もなかなか言うな。そうだ、忘れる所だ。オイ、アレを」


 医者のメイトさんはこの短い言葉だけで意味を理解したらしい。返事も返さずに軽く頷くとどこかに行ってしまう。でも離れたのはほんの数十秒。戻って来たメイトさんが持ってたのは爺ちゃんの日本刀。


「コレを返しておくよ。君の剣だろ?」


「はい、爺ちゃんの日本刀……」


「僕は剣術に詳しくはないけれど、随分変わった形の剣だね」


 俺は手元に戻って来た日本刀をじっと見つめた。こんな事をしていた所で状況が変わる訳ではない。でもあの時、俺はこの刀を使って確かに人を殺したのだと、再び認識した。


「担当医、後の事は任せる。彼の入隊手続きをする必要があるのでな。今日にでも寮に入らせる」


「わかりました」


 大隊長はそのまま病室を出てどこかに行ってしまう。それに続いてメイトさんもデスクに置いてあるカバンを抱えて俺に振り向いて来た。


「僕も仕事があるんだ。少し離れるよ。動けるならここから出ても良い」


「はい、わかりました」


 気が付けば1人になってしまった。どうしよう……どうしたら良いかなんてわかる筈もない。俺はこのまま帰れないのか?


(――か? ――なら――)


 その場の状況に流されて対応してしまったから訓練学校なんて所に行く事になったけれど、本当にベストな選択だったのか。でも知ってる人が誰も居ないこんな所で放り出されても……。


(きこ――か? だったら――)


 これ以上悩んでも仕方がない。取り敢えずもっと情報が欲しい、ここから動かないと。


(――ならどうだ? おい、アタシの声が聞こえるだろ? こっちを見ろ)


 女の声? 外からか、どこから聞こえて来る? 声の場所を探る俺は左を向き、右を向き、そして視線が交わった。切れ長の目、整った顔立ち。みずみずしい唇が俺の口に触れたような気がした。


「うわぁぁッ!? いつ来た!?」


(ようやく気が付いたか。遅いぞ)


 目を見開き飛び退く俺とは対照に、女は笑っていた。


(フフフッ、そんなに驚く事もあるまい。久我 明宏(くが  あきひろ)、選ばれたアタシの使い手)


「使い手? なんだぁ、それ?」


「うん? 何も知らないのか? しょうがないの」


 この人の全体像がようやく視界に入った。桃色の振り袖と袴、艷やかな黒髪は赤い花の簪で束ねられている。切れ長の目はクールで、はにかむ笑みは全ての人間を虜にするのではないか。

 呆然と眺める俺を後目に女は右手を伸ばして来る。


「アタシは千重ノ 椿(ちえの  つばき)。よろしく頼むぞ、久我 明宏(くが  あきひろ)


 これが……コイツとの初めての出会い。

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