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運転(4)

~運転(4)~


 久しぶりに新宿まで来ました。先ほどのお客様は池袋から新宿の歌舞伎町までと言われたからです。

 羽振りのいい人でして池袋で飲んでおられたようですが、そのまま次は歌舞伎町に飲みに行くとのことでした。

 道中の話しでは、仕事の付き合いで、接待なのでしょうか、池袋で飲んだけれど、あのショーがあるのはよくわからない、何が面白いのだと聞かれました。

 私はそういう所に行かないのでわかりませんが、そういうショーを楽しみにされているお客様もおられるとお聞きしますとお答えしました。

 そのお客様は歌舞伎町でいつも飲まれていると言われていました。お客様をお降ろししてしばらく新宿通りを走っていると女性が手を挙げているのが見えました。どうか知っている方角でありますように。あまり品川方面とかだと道は詳しくないので困ってしまいます。

 ナビがあるといえ、最短ルートを走ってもらいたいというお方もおられますから。

 そう思って扉を開けました。

「江古田のほうまで」

 そう言われて安心しました。それならば場所がわかります。まずはルートの確認をしないといけません。

「小滝橋通りから下落合を抜けて新目白通りを走って、南長崎六丁目をまがってから千川通りでよろしいでしょうか?」

 そう声をかけると「それでいいわ」と言われました。

 女性のお客様の場合、声をかけたほうがいいのか、そのまま黙々と車を走らせた方がいいのか難しい場合があります。私は話しかけてこられた方の場合には相槌を打ち、話しかけてこられない方の場合は黙々と車を走らせることに決めております。

 だが、この女性はなんどもため息をつかれています。人によって酔い方は様々です。呼吸が苦しくて、深呼吸をしたいけれどうまく行かない人だっておられます。

 なので、私は後部座席を気にしながら気を付けてはしらせました。信号で止まる時もゆっくり止まる。深夜走るタクシーとしては当然だと思っていますが、なかなか前を走る車がふらふらしていると難しい場合があります。そのため注意が必要なのです。

 西武新宿線の踏切を越えたあたりで女性がこうつぶやかれました。

「どうしてこううまく行かないのかしら」

 独り言なのかもしれません。けれど、大きなため息をまたつかれています。悩んだ末私は「何かあられたのですか?」と声をかけました。

 しばらく沈黙でした。私は声をかけるべきでないのかと思いました。だが、その女性はゆっくり話しだしました。

 苦労して育てた娘が妊娠をして出て行ったとのこと。そして今は音信不通。

 何のために頑張って来たのかわからなくなったと思いを吐き出されました。

「親の心子知らずでしたか。そういう言葉があったように思います。でも、子の心親知らずともいいます。今は無理でもお互い分かり合える時が来ますよ。親子なんですから。それにこういう言葉もありますよね。子を持って知る親の恩も。大丈夫ですよ。そのお子さんも子育てをして気が付くと思います」

 そう話した時に後部座席から音がしました。

「カバンが」

 そう女性が言われて前かがみになる。ちょうど信号が赤になったので後部座席が良く見えるように明かりをつけました。

 女性は床に置いている封筒を手に取っていた。少し震えておられます。

「大丈夫ですか?」

 そう声をかけましたが、封筒をあけて中を読みだされました。しばらく明かりはつけたままがいいでしょう。私はそう思い車を走らせました。

 南長崎六丁目の交差点を右折したあたりで後ろから嗚咽が聞こえました。

「大丈夫ですか?」

 右折してすぐ信号に引っかかったこともあって、私は気になって少し後ろを見ました。

 女性は手紙を胸に抱いて泣いていました。女性がゆっくりこう話し出しました。

「私、ずっと一人で頑張ってきたと思って来た。でも、ちがった。あれだけケンカをして家を出たのにお母さんはずっと私を支えてくれていたんだ。知らなかった。顔も見たことない父親のことを知った。私が東京に出てきて夜働いた時にはじめてついたお客さん。それがお父さんだったの。

いつも支えてくれていた。知らなった。手紙に写真が入っていた。お母さんはいつも私を待っていた。

だから一人には少し広いあの場所も変わらなかった。私こそお母さんの気持ちを知らないままだった。

私のことしかずっと考えていなかった。若菜にも同じだ。いつかわかってくれる。そう思っていた。でも、そんないつかなんてこないんだ」

話しはなんとなくしか私にはわかりません。でも、私はこう言ってしまったのです。

「気が付けたということは大事なことです。でも、今からでもできることはあるではないでしょうか?」

 私の言葉にお客様は顔をあげられました。

「今からでもお母さんに謝りたい。でも、いつ若菜から連絡がくるかもわからない。どうしよう」

「ならば、手紙を書かれるのはいかがでしょうか?今、手に持たれているような」

 私がそういうとお客様はいきなり「止まって」と言われました。江古田駅に近づいてきています。確認が遅れてしまいました。お客様が言う。

「この近くにポストはあるかしら」

 お客様にそう言われました。そう言えば、この先にポストがあったように記憶しています。そう、そのポストは目印でもあるのです。そこを右折して直進すると環7に出て、その先をまっすぐ行くと上板橋に出られるのです。

「少し行くとポストがありますけれど、どうされますか?」

「お願い、そこまで進んで」

 私は車を走らせました。それしか私には能がありませんから。お客様が言う。

「私、今まで手紙なんて書いたことがなかったの。だからポストがどこにあるのかわからないの」

 最近は携帯でなんでもできます。メールだって、ラインだってあります。ポストを気にされている方も少なくなったのかもしれません。

 車を進めてポストの前に止まりました。お客様が言う。

「ここで降ります。そして、ここから家まで歩いてみます。どれだけの距離があるのかを知りたいので」

「わかりました。では、お忘れ物がないかお確かめの上、ゆっくり準備してください」

 私はそう言って扉を開けました。その時の表情はタクシーに乗られる時と比べると別のようでした。

「ありがとうございました」

 そうお客様に言われました。私は頭を下げて車を走らせました。

 せっかくタクシーにお乗りいただくのです。少しでもよかったと思えたら私はそれで満足です。次はどんなお客様との縁があるのでしょうか。








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