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運転(6)

~運転(6)~


 今回乗られたお客様はものすごく疲れ切っておられました。

 メタルフレームの眼鏡が若干ずり落ちています。スーツを着ておられますが、タクシーに乗り込むと同時にネクタイを緩められました。

「小平駅まで」

 そう言われてぐったりされています。私はいつも池袋を拠点に深夜タクシーを運転していますが、今日は人身事故もあって夕方から駆り出されていました。

 先ほど東久留米までお客様をお連れし、少し付近をまわっていました。おそらくあのお客様が到着したいだろうという場所を確認して池袋へ戻ろうとしていた所でした。

 小平駅だと池袋からは遠ざかりますが、道はわかります。道がわからなくても方角さえわかっていれば迷うことはありません。

 これはタクシーにかぎらない話しですが、アンテナの向きを確認すれば方角は大体わかります。今ですとスカイツリーがあるため大抵のアンテナはスカイツリーに向かっています。

 これは他の都市に行っても使える知識です。知らない都市に行って地図を見る時、自分がどっちの方向に向かっているのか確認ができるからです。

 今となってはカーナビというものがあるため、この知識はもうすたれて行っていますけれど。

 お客様が疲れられていますので話しかけることなく車を走らせました。ただ、初めは疲れられているのかと思っていましたがすぐに体を起こすと携帯で電話をかけ出しました。

 こういう時運転手は存在しないものとならないといけませんラジオの音量をさげました。

「ああ、私だ。オーディション終わったよ。というか、電車が遅れたのか止まったのかわからないけれど、3人ほどオーディションに参加できなかったんだ。酒井さんもその一人で、ちょっとフォローをしておいてほしいんだ」

 そう言ってしばらく相槌を打たれていましたが、続けてこう話されました。

「ああ、オーディションは散々だったよ。方向転換を余儀なくされたね。あのお嬢様が一番やっかいだわ。ほら、前にあった時言っていたじゃない。吹奏楽部に入ったらそこの部長に怒られてイヤだったって。丁度オーディション会場にその部長がいたのでちょっともめてさ。しかも、その部長だった子もこう言うんだよ」


『こんな音楽もわからない子が審査員ですって。なら私辞退します』


「つらかったね。素人の私が見ても多分その子が一番うまかったと思うんだ。それからオーディションは大荒れ。ビジュアルで選ぼうと思っていた子を見た時にはあのお嬢様はこう言ったんだ」

『あの子、私より目立ちそう』


「もう、その一言で須藤社長がその子を落選させるって決めてもう大変だったよ。一応決まったけれど、全然注目もしていなかった子になったな。確実に1年以内で空中分解だ。しかも、今回審査員で協力を依頼していた団体からも断りの連絡が来たし。まあ、揉め事に巻き込まれたくないんだろうな。あ、ごめん。キャッチ入った。また、かけるわ」

 そう言って男性は電話を切った。

「ああ、川野だ。ってか、辻本さん。あれはきついですよ。あれをまとめるのはなかなか至難の業ですよ。世間知らずのお嬢様かと思ったらあんなに自己主張するなんて思っていなかったよ。あ、悪い上司からだ。また、かけるわ」

 そう言ってまた男性は電話を切った。

「はい、川野です。はい、はい。わかっています。対応は考えています。とりあえず今日合格した子と二人でレッスンをしながら別で音源取りをします。それで、ボランティア活動の一環で介護施設のレクリエーションでまわります。大丈夫です。音楽に疎い人ならばそこそこ行けると思います。え、いえ。・・・・・そういうわけではないですが。・・・・はい。わかりました。それが会社の方針ならば従います。あ、そういうことですか。はい。わかりました」

 そう言って男性は電話を切りいきなり「うおぉぉぉぉ」っと吠えた。理知的な人に見えていたからびっくりした。

「お客様、大丈夫でしょうか?」

 別に身の危険を感じたわけではありません。けれど、気になったので声をかけました。お客様が言われます。

「ああ、すみませんでした。落ち着きました。ちょっと色々あったんです」

 すでに声はおちついています。こういう時声をかけたほうがいい時と悪い時があります。怒りを運転手にぶつけてくる方もおられるからです。

 でも、この方は大丈夫だと思いました。お客様が話し出します。

「今日、オーディションがあったんです。どうしようもない下手な人を中心に盛り上げないといけないため、苦心しました。まあ、仕事です。どうしようもないヤツはクライアントの娘ですからね。

でも、普通に歌を歌うとかなら耳は肥えていてだますことはできないですが、クラシックで楽器ならそこまでメジャーじゃない曲を選ばなければいけると思ったんです。

 でも、甘かった。今回のクライアントは本当に親バカで全然周りが見えていない。経営者としては一流だと話しを聞くが娘には甘いと来ている。

 こっちが書いた画をぶち壊してきやがったんだ。そこまで美人で無く、おとなしそうな、それこそ何も残らないような相手を選ぶんだ。周りだって気が付いている。これが出来レースだって。実力で選んでいないって。向こうから辞退されたんです。オーディションが大荒れで大変でした。それでも、なんとか立て直そうと思ったんです。そしたら、会社の上司から連絡がありました」


『この案件からお前を外す』


「って、言われました。その理由がですね、ミスを責められたわけじゃないんです。まだリカバー案だって考えていたんです。外された理由が私の彼女の父親からの圧力だって言うんです。まだ結婚すらしてないんですよ。でもね、言われたんです」


『お前はうちの会社のエースじゃなきゃダメなんだよ。じゃなきゃ会社が困るんだ。だから手を引け。これは会社命令だ』


「もう、何も言えません。そう思ったら叫んでしまいました。本当にすみませんでした」

 そう言って謝罪をする男性は本当に紳士で理知的でした。ただ、物悲しさを感じる表情をされています。

「それは大変な状況だったのですね。私でもそんな状況なら叫んでしまいます。お客様はものすごく責任感が強いお方なのですね。私ならそんなめんどうな仕事が他人に渡せてよかったと思います。まあ、仕事ですから色んな人に迷惑をかけるので頭を下げないといけないことはあるでしょうけれど、手は二つしかないんです。二つ手に持っているところに三つ目を渡されてもうけとれませんものね」

 そう言うとお客様は電話をかけはじめました。

「辻本さん。川野です。あ、・・・もう連絡入られましたか。はい、・・・外れることになりました。すみません。いえ、そう言ってもらえてありがたいです。今までの恩を返すでもなくこんな形になって・・・まあ、そうですね。では、また今度飲みにいきましょう」

 お客様は電話を切った後にメールなのか、ラインなのかが来て笑っておられました。

「どうかされたのですか?」

「いや、相手も同じようなことを思っていたみたいで。今回は無理だったんだよ。失敗して正解だったのかもなってね」

 そう言ってお客様は笑われました。私は何をしたわけではないですが、よかったと思いました。

「小平駅につきました。お忘れ物ないようお気をつけてください」

「ありがとう。愚痴まで聞いてもらって助かりました。落ち着きましたし」

「いえいえ、運転手の私にできることなんて何もありません。お客様が私なんかよりしっかりされているからです」

 ドアを閉めてまた車を走らせます。私は車を運転するしか能のない人間ですから。

 さて、次はどんなお客様との縁があるのでしょうか。


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