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コンクールに

~コンクールに~


 夢を追いかけるということは、何かを犠牲にすることなのだろうか。これでダメなら最後にしよう。そう思いながら私はコンクールに応募してしまう。色んな現実を知って私が目指していた夢って何だったんだろうと思ってしまう。

 ひょっとしたら音楽を始めた時が一番楽しかったのかもしれない。そう、思ってしまった。いつもあの時を振り返ってしまう。


 高校に入学して私は何かに打ち込みたいと思っていた。いや、そういうマンガや小説を読んで感化されたわけじゃないけれど、私は何かをしたいって思っていた。

 クラブ紹介をただ眺めていた時にオーケストラ部を見た時に私はビビビと来た。かっこよかったのだ。あの中に私も入りたい。そういえば、少しだけピアノを習ってやめたのを思い出した。うん、あれは私にはあっていなかった。そういえば、ピアノは苦手だったけれど縦笛は大好きだった。アルトリコーダーになっても色んな曲を吹くのが好きだったのだ。

 気が付いたら私はオーケストラ部の部室を訪問していた。

「希望の楽器はありますか?」

 黒くまっすぐな髪をした女性にそう言われた。ものすごく目がきれいだと思った。いや、つぶらな瞳なのにものすごく輝いて見えたのだ。そうだ、私はこの人の瞳に惹かれたのだ。

 もし、私が男子なら恋に落ちただろう。でも、この人のように吹きたい。私はそう思った。

「いえ、ないです。でも、縦笛が好きだったのであんな感じの楽器をやりたいです」

 そう言って私は少し離れた所で黒い少し大きな縦笛っていうのかな?名前がよくわからないものを指差した。

 黒髪のまっすぐな瞳の人が少し考えてこう言ってきた。

「クラリネットはもう人がいっぱいいるの。木管楽器だとフルートとクラリネットは人気だから。でも、クラリネットに似た感じの楽器もあるのよ」

 そう言って差し出された楽器。「オーボエ」私がこれから演奏する楽器となったのだ。

 そう、私と「オーボエ」との出会いはこんな感じだったのだ。

 はじめは音がでなくてびっくりした。というか、リードっていうのが2つあるのにびっくりした。はじめはなんだこれって思った。

 しかも音が出たと思っても全然コントロールがきかないのだ。まず、今音が出てほしいと言う時に音がでないという不思議。

 おかげで周りと合わせて演奏しようとしていつも私の音がずれているのがわかる。それが悲しかった。

 後は高音がなかなか出せなかったのだ。意味がわからない。なんだこれ。一度試しに似ていると思っていたクラリネットを貸してもらったけれど、あれ、全然似てないし。

 まず、私の手の大きさだと結構つらいのだ。私はちょっと人より身長が低いのだ。もちろん比例して手も小さい。なのでクラリネットだと指がおいつかないのだ。

 そうそう、部活に入って色んなことを学んだ。この指を動かすことは運指というらしい。初めて聞いた。いや、ピアノを習っていたときにも聞いたかもしれないけれど、もう覚えていなかった。

 後、もっと意味がわからないのはこのリードなのだ。これ自分で定期的につくらないといけないのだ。

 そんなのって聞いたことがない。楽器ってそのまま使えるんじゃないのって思った。

 なんかケーンっていう葦の一種らしいものをつかって自分でつくるのだ。しかもこのリード演奏前に湿らさないといけないのだ。ぬるま湯に2、3分つけてからじゃないと演奏にも参加できない。

 なんでこんな変な楽器を私は選んだんだって思ったよ。

 でもね、なぜかこの楽器を1年つかっていたら愛着が湧いたんだよね。手がかかる子ほどかわいいというやつかとか思った。

 1年も終わりくらいになるとそこそこましになったんだよ。まあ、はじめがひどすぎただけなのかもしれないけどさ。

 んで、神足さん、あ、黒髪のあの私が男子なら恋に落ちるかもって思っていた人ね、しかも、部長なのだ、も褒めてくれたのだ。

「初心者でここまで上達するなんてすごいわ」

 なんか褒められることなんてなかったからすごくうれしくなった。といっても、まだ課題曲もちゃんと吹けないんだけれどね。

 でもさ、オーボエって結構見せ場が多い曲が多いのよ。というか、実は神足さんはヴァイオリニストでむちゃくちゃうまいのだ。

 だからこのオーケストラ部は神足さんがいるから成り立っている。その神足さんにこう私は言われたのだ。

「茜ちゃんもうまくなったから、次のコンクールで『ブラームスのヴァイオリン協奏曲の第2楽章』をやろうと思うの」

 そう、この曲にはヴァイオリンが主役なのだけれど、ゆっくりと30小節弱オーボエが主旋律を歌いつづけなきゃいけないのだ。

「そんな、私には無理です」

 でも、この曲がキッカケで私は変わったのだ。

「茜ちゃんも一緒に音大に行こうね」

 神足さんが卒業した時にそう言われた。私は猛練習をした。あのコンクールの時も、そして受験の時も。

 音大に行って、コンクールにも出るようになった。

「茜ちゃんは才能があるよ」

 色んな人にそう言われた。私にはわからなかったけれど、その言葉を信じてしまった。でも、私は音大卒業をしてどこの所属にもなれなかった。

 色んなコンテストを受けたりもした。イベント会社もまわった。けれど悲しい現実が待っていた。

 まず、判断をする人がそこまで音楽をわかっていないことがあるのだ。何で選んでいるのかわからない。

 一次審査を通過した時に、音大も出ていない高校時代に吹奏楽部でちょっと吹いていたという子が混ざっていることだってあったのだ。

 そういう子は合同レッスンではいつも足をひっぱる。気が付くとその子のレベルに合わせてレッスンになってしまうのだ。

 私は何を目指していたのだろう。気が付くと憧れていた神足さんですら音楽を辞めている。たまに弾くことはあっても、それで食べていくことはあきらめたみたいだ。

 私はずるずると気が付いたらオーボエを吹き続けていた。それしか知らないからだ。

 先輩の先輩のつてで一応年に何回か演奏をさせてもらっている。けれど、チケットをかなり自分で売らないといけないのだ。

 そのノルマに追われている。はじめは学校の後輩も来てくれたけれど、徐々に来てくれなくなった。

「その日はちょっと用事があるんだよね」

「ごめん、急な用事が入った」

「その場所はちょっと遠いな、ごめんね」

 そういうセリフをいっぱい聞いた。でも、そこで怒ったらダメなのだ。だって、細くてもその糸はつなげないといけない。

 今回は来てくれなかったけれど、また、いつか、来てくれるかもしれない。

 そんな中、とある会社のイベントで管楽器演奏者を募集しているという話しを聞いたのだ。

 その会社は友達の彼氏が担当をしていると聞いた。奢るからその人と3人で話しがしたいとお願いをした。

 もちろん、こんなフリーターのような生活をしているのだから裕福なわけはない。結構私の周りでも多いけど、私も夜の仕事をしている。

 はじめはラウンジでピアノを弾くというバイトだった。音大を出ているからピアノも弾けるでしょって言われた。

 まったく弾けないわけじゃない。確かに少しは練習をした。けれど、得意じゃないのだ。結局3か月ももたずに辞めた。たまにちょっと音楽を知っている人がありえない曲をリクエストしてくるのだ。

 ゆっくりとした曲を弾いてムードを出しているのに、とてつもない速い曲をリクエストしてくる。

 それで私はミスをしたら笑うのだ。性格がわるい。でも、そんな人もいつかは私のお客さんになるかもしれない。

 そう、思うから笑顔を絶やさないのだ。そうでも割り切らないとやっていられない。

 気が付いたら私はキャバクラで働いていた。はじめは週3回だったのが、今では週5回になってしまった。

 もう、職業欄に演奏家と書くよりキャバ嬢と書いた方が正しいのではないかと思うくらいだ。

 でも、働いてみて思ったことは似たような境遇の人も多いという事がわかった。夢を追いかけている。けれど、夢だけじゃ食べていけない。

 だから、夜働いている。そういう人が多いのだ。

 そして、仲良くなったお客さんに演奏会に来てほしいとお願いをする。

 それに私は夜働くようになってから自分のメイクにも気合いをいれるようになった。元々演奏会の時は気合いを入れていたけれどそれ以外の時はすっぴんの時が多かった。

 確かに店にくるまではすっぴんのこともあるけれど、ちゃんと店に来てからがっつりメイクをするようになった。

 もちろん、今でも練習は続けている。公園で吹いたり、カラオケで吹いたりしている。

 防音の悪いカラオケボックスだとよく怒られるのだ。そんなの店がもっと頑張れよって思う。

 でも、オーボエって音を小さく吹くのが難しいのだ。あれできる人ってマジで天才だと思う。

 こんなよくわからない日々をいつの間にか送っている。周りにはそろそろ諦めたらと言われることもある。けれど、いまさら何が私に残っているのといいたくなる。もう、後戻りができないのだ。

 今さら戻るくらいならこのままつっきりたい。私はそう思っていた。確かに、心が折れそうなことはある。けれど、頑張ろうって決めたのだ。

 あの時かっこいいと思った神足さんみたいに私はなりたい。私にあこがれて音楽をはじめる子をつくりたい。そう思いながら抜け出せないループにいるのだ。

 そんな日々にさよならを告げるために私は友達にお願いをしたのだ。

 はじめ友達はしぶっていたけれど、別に彼氏を奪いたいわけじゃなくて真剣に私は受かりたいことを伝えた。

 そうして、その彼氏と友達と3人で食事をすることとなった。場所は池袋になった。落ち着いて話せるところがいいと思ったら友達から店をしていされた。

 コンセプトレストランとでもいうのだろうか。不思議の国のアリスをモチーフにした店を指定された。

 私はその店を予約した。

 少し前に店前で待つ。手にはやはりオーボエがある。もしかしたらちょっと演奏を求められるかもしれないと思ったからだ。

 でも、よく考えたら店で吹くわけにはいかない。まわりのお客さんに確実に怒られる。いや、近くにカラオケもある。そこで聞いてもらえたら一番だ。

 待っているといつもおしゃれな友達、松井結衣とその彼氏、そう川野修平がやってきた。

 川野修平は細面で黒縁の眼鏡をかけていた。ものすごくインテリだという感じがすごく伝わる。

 店に入って乾杯をしたら、すぐに川野は鞄から書類を取り出した。川野が言う。

「今回の企画はある程度のユニットを組んで売り出すことを考えている。だから演奏のスキルも大事だけれど、見た目も大事なんだ。酒井さん」

 苗字を呼ばれることが少なかったのでドキッとした。

「はい」

 お酒を飲んでいるけれど、まるで面接を受けているかのようだ。川野さんが言う。

「今のままではあなたは落選します。企業が求めるのは清潔感です。まず、髪は黒にしてください。後顔が見えやすいように髪は短めにしてください。髪で顔が隠れてしまっては売り出しにくいですから」

 まさかそこまで指定されるとは思っていなかった。横で見ていた松井結衣が言う、

「茜、ごめんね。この人いつも完璧主義なのよ。理想があって、それにできるだけ合う形に持っていくの。まあ、わかりやすいところもあるんだけれどね」

 そう言われてなんだか川野さんの顔は神経質そうだなと見えてきた。川野さんが言う。

「後はメイクですね。その攻撃的なメイクはいただけません。もう少し癒し系のようなメイクに変えてください。企業はイメージが大事なのです」

 私は言われた通りにしてオーディションを受けにいった。


 その企業は私でも知っている企業だった。

 オーディションの一次審査ではひかせてもらえるのは一人3分。曲は自由と言われた。私は悩んだ末に「亡き王女のためのパヴァーヌ」にした。

 川野さんから聞かされていたからだ。イベントでは曲はメインではなくそっとそこにあるものを目指している。だから主張の激しくない曲を選ぶようにと言われたのだ。

 それにこの曲は「いちご同盟」という小説にも出てくる。比較的クラシックを知らない人でも知っているのではないかと思ったのだ。いや、知らなくても聞いてもらえるかもしれない。

 私は事前に言われていたから落ち着いた服装でメイクもナチュラルメイクにしてきた。髪も黒くしたし、短くもした。

 一次審査合格の連絡は翌日に届いた。松井結衣にお礼のメールを送ったがなぜか返事はもらえなかった。

 まあ、まだ二次審査がある。その前に一次合格者だけ集まっての顔合わせと説明がある。

 そこで私は知ってしまったのだ。

 どうして松井結衣が返事をしてこないのかを。川野さんが何を見出したのかを。

 そこには一人だけ雰囲気の違う子がいた。お嬢様という感じのものすごくきれいな、それでいてはかなげな女の子がいたのだ。

 女の私からでもわかる。その子は何かが違うのだ。楽器は私と同じオーボエ。でも実際オーボエはうまくない。というか、かろうじて曲になっているけれどその程度なのだ。

 自己紹介をしてその子だけ音大を出ていないことがわかった。というか、他の子はどこかで見たことがあるのだ。

 皆そこそこのビジュアルだ。川野さんが私に指摘した点をクリアしている。でも一人だけ違うのだ。見た目だけは。

 そして、そこからのレッスンはもうそのお嬢様のためのものだった。その子が徐々にうまくなっていくのがわかる。

 でも、下地が全然違うのだ。皆それがわかっている。川野さんもその子につきっきりだ。

 女子トイレにその子以外で行き話しが出る。

「何、このオーディション。出来レースじゃない。もうやってらんない。実力で選ぶんじゃないの!」

「ホント、超ど下手なのに。なんでここにいるのって思っちゃう。音楽への冒涜だわ」

「あの子あれでしょ。音大も出ていない、ちょっと高校の時に吹奏楽やってましたってだけの子でしょ。あのオーボエみた?あのリード。先生がセットしているのよ。私たちどんだけ準備していると思っているのよ」

「あ~やってらんない」

 私はこの空気が痛かった。

「でも、企業なんだからイメージ先行なんでしょう。なら仕方ないのかも」

 私の囁くような声は彼女らの渦に巻き込まれた。

「ねえ、あんた何か知ってるの?ってことはあんたもあれの同類なの?」

「へ~そうなんだ。まあ、好きにやってちょうだい」

「*******」

 最後の言葉を理解するのに時間がかかった。ただ、言われて茫然としてしまった。

 何この気持ち。いやだ。私だって実力で勝ち進んだんだ。確かに助言はもらったけれど、でも実力。

 そう言いきれなかった。私は知っている。落ちた子の中に私よりもうまい子が居たのを。

 そういう世界なんだ。私はそういう世界で生きていくって決めたんだ。

 でも、どうしてかな。神足さんの顔がずっとちらつくよ。私どうしたらいいの。もう無理なのかな。


 どれだけ悩んでも答えは出なかった。二次審査は企業の役員が出席するらしい。そこで決まるのだ。誰が選ばれるのか。

 私はその日電車に乗っていた。でも、急病人が出たとかダイヤが乱れているとかで遅れそうになった。

 連絡を入れた。タクシーでくるようにと言われた。

 どうにか池袋までこられた。ここからタクシーで移動。私はロータリーで並んでいる人の後ろにならんだ。どうやら電車はその後動かなくなったみたい。急病人だと言っていたはずなのに人身事故になったみたいだ。どうして、こんな時に。気持ちがぐるぐるする。このまま逃げてしまいたい。でも、その夢につかみたい気持ちもある。

 気持ちはまだ固まっていない。こんな気持ちで演奏できるのかな。



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