プロローグ
~プロローグ~
私は車を転がすことしか能のない人間です。だからタクシーの運転手なんかをやっています。
皆さんタクシーって乗られたことはありますか?一度も乗ったことがないという人もひょっとしたらいらっしゃるかもしれません。決めつけちゃダメですよね。誰もが一度くらいタクシーに乗ったことがあるなんて思うことは、それは傲慢な考えなんです。
タクシーなんてお客様をただ乗せて、お客様が言う目的地にいち早く連れて行くことが仕事だと思ってらっしゃるかと思います。
いや、私自身もそう思っていました。それに、同僚にもそういう人がいるのも事実です。
でもね、それだけじゃないんですよ、この仕事は。車を走らせていると色んなことを知ります。
基本、私は夜走らせています。そのため酔っぱらっていらっしゃる方を乗せることばかりです。そりゃ、怖い思いをしてことだってありますし、酔いつぶれて眠られたお客様をどうしようかと思ったことも何度もあります。飲みすぎて気持ちが悪くなったのか吐き出した方もおられました。
まあ、あまりにも泥酔している人は怖くて乗せられませんけれどね。そういう人に限って乗車拒否をすると叫びだしたりします。
そういう時は心を鬼にして通りすぎます。お客様は神様かもしれませんが、神様はその人だけではありません。
夜。最終電車を逃してタクシーを待たれている方は他にもいるのです。
といっても、昔に比べてタクシーを利用される方も少なくなりました。
私が住んでいる所が氷川台なのでメインは池袋で走っています。景気が良くなってきているという報道がありますが、そんな実感はまったくありません。
そりゃ、景気がいい会社はあります。本当にうらやましいと思うくらいです。でも、そういう会社は池袋ではなかなか飲んでくれません。
六本木や銀座で飲まれているみたいです。どうしてみたいなのかというと私が基本池袋で走っているからです。乗られたお客様がそう私に教えてくれました。
タクシーの運転手も色んな人がいます。でも、この仕事は個人の裁量にものすごく左右されます。
どのタクシーに乗っても同じって思っていらっしゃいますか?
確かにそうかもしれません。でも、私は出来るだけお客様のことを考えて走りたいんです。
その思いがあるのとないのとでは日々の変化は微々たるものかもしれません。でも、確実に結果がでるのです。お世辞でも「このタクシーに乗ってよかったよ」と言ってもらえたらそれだけでこの仕事をしてよかったと思えるじゃないですか。
まあ、私がこうお客様のことを思って車を走らせるにはキッカケがあったわけなんですけれどね。私の話しなんて面白いことは何一つありませんよ。誰も興味もないと思いますし。
そうこう思っていたら手を挙げていらっしゃる。スーツ姿の男性。乗せるお客様として安心できます。
かなり酔っぱらっていられるかもしれません。そう言えば時計を見るともう1時半です。最終電車を逃した方なのでしょう。
それに、まだ週末でもありません。早く家に帰って眠らないとこのお客様も次の日仕事が大変でしょう。
だから、急いで目的地に連れて行ってあげないといけない。そう、私はこのお客様を乗せた時にそう思っていたのです。
でも、私は思ったのです。先入観ほど怖いものはないのです。