序章 十字軍と真鍮の巨兵
まだ途中の書きかけ私小説
雰囲気が気に入ったなら意見ください。
00.真鍮の巨兵たち
金属の擦れあう、まるで悲鳴のような音が辺りに響いた。
真鍮で作られた6メートルの「巨人」同士の装甲で擦れて産まれた火花があちこちで咲き、飛び散り、合唱のように音が重なる。
片方の頭部もなく、両腕すらない片方の巨人 ―ピグマリオン― の操縦席に立つ少年は、ベルトで固定された身体を揺さぶられ、骨がきしむ音を感じながらも新たなる鍵盤を叩く。
鍵盤と同期したオルゴールディスクが新たに差し込まれ、巨人はその巨体を大きく反転した。
(右の装甲版にひびが入っただけ、まだやれる!)
少年は磨かれた銅版に映る敵のピグマリオンを凝視しながら次の鍵盤を叩き、失われた頭部の変わりにくくり付けられた巨大なランスを、敵の直線位置へと操作する。
動かない真鍮製の人形 ―メルクリウス― の願いを叶えるには、ここはどうしても引き下がれない。
仲間は陽動をかってくれてここには居ない。第一、ピグマリオンは鹵獲したこの一体きりだ。
敵の奏者と少年の実力差は圧倒的。
もうすでにこちらの武器はランスによる突撃刺殺しかないのは明白だろう。
状況は絶望に近い。だがしかし。
「そこを、どけぇっ!」
まだ奏者となって一日も経っていない少年のピグマリオンが、車輪を軋ませ敵へと突き進んだ。
----------------
第7回十字軍の派遣。
エジプトの海港ダミエッタを占領後、アルトワ伯の進言を無視し、そのままアレクサンドリアを拠点に海路を押さえておけば、きっと事態は大きく違っていただろう。
軍隊の兵站の確保と、もしもの場合の足場を固めるのは定石。
海路の支配することは、例えば今回のような内陸部での敗走の損耗率も大幅に抑えられたはずだ。
マルムーク軍が、我々の理解を超えた超兵器があったとしても、だ。
しかしルイ9世の『約束の地エルサレムを異教徒からの奪還』という熱意は最後まで衰えることなく
そしてシリアの周辺国を以前のように十字軍国家として招聘していれば、歴史は大きく変わったはすだ。
今度こそエルサレムを開放できる。誰もが信じた。
しかし、現実は、
土煙を上げるマンスーラの地で、我々の二万に及ぶ軍隊は「巨人」たちへの供物でしかなかった。
金属 ―真鍮― で覆われた人造の兵器が、我々を絶望の結末といざなっていた。
それは真鍮で造られた6メートルほどの「巨人」たち。
それらを駆るオスマン帝国の「奏者」たち。
ヨーロッパより発展したまがい物の錬金術ではなく、始祖たる「エメラルド版」より解読され、洗練されたメルクリウス・トリスメギストゥスの技術を受け継いだ錬金術師たちの技術の一部。
それが巨人の、ピグマリオンと呼ばれる兵器。
それが圧倒的の戦力をもって挑んだ十字軍を蹴散らした。
槍も弓も、投石機からの攻撃すら弾くピグマリオンたちに騎士たちはなす術もなかった。
まるでおとぎ話の竜退治に焼かれる兵士のような、一方的な虐殺だった。
ヨーロッパの諸国は異教徒との理解、異文化との交流がなかった、そもそも同等とすら見ていなかった。
錬金術を異端視するトマス・アクィナス卿のような考えが主流であり
アルベルトゥス・マグヌス卿やロジャー・ベーコン卿の考えが異端だったのだ。
色々な弁解はあっただろう。これまでの行軍がうまく行き過ぎた。ということもあっただろう。慢心。さまざまな言い訳や後悔はいくらでも思いつく。
「巨人」たちが敗残兵の掃討戦へと切り替えて、およそ半月。
以前から忍ばせていた、現地の協力者が用意した塹壕の中で数名のうめき声が聞こえる。
その中の一人、十字軍の紋章官ヨハン・オルギッドは「巨人」の兵たちに蹂躙された味方を思い出し、そしていつ来るかも分からない本国からの十字軍国家からの救援の到着を神に祈った。
穴倉ネズミのように隠れ住み、現地での協力者からの朗報を待つ日々。
しかし腹部にはすでに蛆がたかり、ヨハン本人も神のもとに向かうのは避けらそうにない。
「神よ……ピグマリオンの製造、そして『彼女』を本国に持ちかえる猶予をお与えください……」
むなしさの中でヨハンは十字を切り、神に祈りをささげる。
教皇に、あの方の力にならなくては……なんとしてでも。
今までで分かったことは少ない。「巨人」とは「ピグマリオン」と呼ばれる真鍮に、エメラルド版から紐解いた真名が刻まれた金属で作られていること。
その中身はすべてが神の知恵(車輪、ひいては歯車のこと)のようなもので埋められた。まさに神の知恵から生まれた「神の力を借りた鎧」といっても過言ではない。
治金の技術、神の知恵を記した解読の能力、兵装、軍事、兵站……そのすべてが我々よりも上回っていた事実を認めなくてはならない。いや、認めざるをえない。
部下や同僚はすでに死に絶え、十字軍と呼ばれるヨーロッパの騎士たちはすでにその機能をなしていない現状。
全滅どころではない。我々は壊滅したのだ。いとも簡単に。異教徒の力によって。
(
それから5体メルクリウスのうち、未完成といえども一体を持ち帰ることができたのは行幸だった。
瀕死のヨハンは女神のような真鍮で(左手と右ビザ下から足がないのだが)全身を覆った
最後のメルクリウス「トート」をまぶしいような目で見上げた。神話によればメルクリウスは5体。
ヘルメスの教えを刻んだ「エメラルド版」から、ここまでの奇跡を読み取った人間たちが、神話をたがえるとは思えない。
そんな片手片足のの人造の女神は、穴倉の中だというのにトートの美しさはまるで損なわない。
(人の作り上げたものなれど、神とはこのような美しさをもったものであろうか)
トーラス自身熱心な信者なれど、未だに神のお姿を拝見できる奇跡を見たことがない。
命尽きる、今このときでさえも神は語りかけすらしていただけなかった。
「……動かなくなるの、か? ヨ、ハン」
目の前のトートはヨハンの額に触る。
金属特有の冷たさは、もうすでに体温を喪いつつあるヨハンにとって、トートの手は母のごとくぬくもりを感じた。
トーラスは血液交じりの咳を二度三度吐く。
「トート……さま、お願いがあります」
「なん、だ」