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第9話:きな子の特技

「ふう、終わった終わった。我ながら完璧な敷きっぷりだったな」


 僕は敷いた布団を見つめると満足げに笑いながら腕を組むと、やがて階段を下りて廊下へと向かう。

 そろそろあずき達も、お風呂から上がった頃だろう。


「ふやー……あ、信どのぉ。いいお湯だったでござるよぉ?」

「ふふっ、いい感じにふやけてるね」


 廊下でバッタリと会ったあずきは、ふやふやな笑顔で僕へと言葉を紡ぐ。

 頭からはほんのりとシャンプーの香りが漂い、ちっちゃいけど女の子なんだと改めて思った。


「あっ信! ちょうどよかった、その子捕まえておいて!」

「へっ?」


 あずきの後ろから、両手にタオルを持った刹那姉ちゃんが走ってくる。

 状況はなんだかよくわからないが、一体どうしたってんだろう?


「んゆ……信どの、拙者はそろそろ、お暇するでござるよ。これ以上はお世話になれないでござる」

「なるほど、そういうことか」


 あずきは少しだけ眠そうに目をごしごしと擦り、家を出る旨を僕に伝える。

 ふむ、わかってきたぞ。あずきはもう外に出るつもりなのか。

 それを刹那姉ちゃんは止めようとしていると、そういうことだ。

 しかしだとそれば、僕が引き止める必要はなさそうだ。だってもう刹那姉ちゃんすぐ後ろまで来てるもの。


「もう、せめて頭くらい拭きなさいよ。風邪引いたらどうすんの?」


 刹那姉ちゃんは呆れたように肩を落とし、あずきの濡れた頭をフワフワのタオルで拭き取る。

 あずきは「んんー」と気持ちよさそうにしながら、刹那姉ちゃんの手の動きに連動して左右に揺れた。


「いや、しかし、これ以上時雨家の皆さんにご迷惑はかけられないでござるよ……」


 あずきは左右に頭を揺らされながらも、自分の意見を曲げる様子はない。

 妙に義理堅いというか、奥ゆかしいというか……日本人らしいといえばらしいんだけどね。


「馬鹿。こんな夜中に外出られた方が迷惑よ」


 刹那姉ちゃんはあずきの頭をごしごしと拭きながら重いため息を落とし、言葉を返す。

 確かに、刹那姉ちゃんの言うことももっともだ。

 こんな小さな女の子が夜中外に飛び出したってだけで、気になって寝れる気がしない。


「いや、しかしこれ以上はだめでござるよ。半人前とはいえ、拙者も忍者。己の身は己でなんとかしなければでござる」


 あずきは相変わらず左右に揺れながらも、自分の意思は決して揺れない。

 こりゃ、説得には時間がかかりそうだな。そろそろ寝かせてあげないと明日が辛いんだけど……


「ちっ、強情ね。こうなったら仕方ない。きな子姉さん! ちょっと来て!」


 刹那姉ちゃんはあずきの頭を解放すると、まだ脱衣所にいたであろうきな子姉ちゃんを呼び出す。

 きな子姉ちゃんはのんびりとした動作で脱衣所のドアを開けたかと思えば、瞬きした瞬間にあずきの背後に立っていた。


「ふぉ!? き、きな子どの、いつのまに拙者の背後に!?」


 あずきは一瞬にして目が覚めたのか、視線を上に上げてきな子姉ちゃんを見上げる。

 きな子姉ちゃんはにんまりと笑い、言葉を返した。


「ふっふっふ。修行が足りませんぞあずきどの。よぉし、これから特訓じゃあ!」


 あずきの背後に立ったきな子姉ちゃんは両手をわきわきさせながら、邪悪な笑顔であずきを見つめる。

 一体どんな特訓だよ姉ちゃん。頼むから、法に触れることはしないでね?


「姉さん、馬鹿言ってないで。まあ、その立ち位置は調度いいけどね」

「???」


 僕は刹那姉ちゃんの意図がわからず、頭の上に疑問符を浮かべる。

 きな子姉ちゃんをあずきの背後に立たせて、一体何をしようというのだろう。

 僕には毒牙にかかる小学生……いや、女子学生の姿しか想像できないのだけど。


「姉さん! あずきに例のあれを! さっき打ち合わせしたでしょ!?」


 刹那姉ちゃんはぐっと右拳を握り締め、力いっぱいの声をきな子姉ちゃんに届ける。

 例のあれって何だ? 二階にいた僕にとっては状況がさっぱりだ。


「例のあれ!? あの、“せっちゃんと私でツープラトンパワーボム”のことかい!?」

「いつそんな打ち合わせしたのよ! いいから、姉さんの得意技であずきをマットに……じゃない、お布団に沈ませなさい!」


 刹那姉ちゃんは一瞬言い間違えたことに赤面しながらも、なんとか最後まで言葉を紡ぐ。

 きな子姉ちゃんはぽんっと両手を合わせ、「おおー、あれか!」と能天気に相槌を打っていた。


「??? 二人とも、どうしたのでござるか? それより拙者は、今日の野宿場所を探さなきゃでござるよ」

「あ、やっぱ野宿予定だったのね」


 刹那姉ちゃんの予想が的中したみたいだな。やっぱりあずきは今夜、野宿するつもりだったらしい。

 こりゃ、高校に通う間もずっと野宿するつもりっぽいな……。やっぱり、うちで預からないと危険だ。

 女の子の野宿は危険だし、真夏ならともかく、これから冬になればマジで凍死も考えられる。


「じゃあ姉さん、お願いね!」

「あいよっ。任された!」


 きな子姉さんはぐるぐると右腕を回し、よくわからない気合を入れる。

 その気配にあずきは疑問符を浮かべ、後ろに振り向こうとするが―――


「一撃ひっさぁつ! きな子ホォォォォォルド!」

「むぎゅっ!?」

「おおい!? 何してんのきな子姉ちゃん!」


 きな子姉ちゃんは背後からあずきを抱き上げ、そのまま全身をホールドする。

 あずきは変な声を出しながらきな子姉ちゃんお腕の中で空中に浮かび上がると、そのままぱたぱたと足を動かした。


「な、なんでござるかきな子どの!? 拙者は野宿を、のじゅく、を……」


 きな子姉ちゃんにホールドされたあずきは次第に目をとろんとさせ、ぱたぱたとしていた足も次第に動かなくなっていく。

 いやこれ、眠いだけだよね? まさか落としてないよねきな子姉ちゃん。さっきから引き続き信じてるよ。


「ねーむれーよいこよー。わたしのなかでーねむれー。……とわにー」

「永久に!? 永眠させちゃ駄目でしょきな子姉ちゃん!」


 きな子姉ちゃんは少しずつ体を左右に揺らし、よくわからない子守唄を歌う。

 いやいや、いくらきな子姉ちゃんのまったりオーラでも、これから外に出ようって娘さんを眠らせられるわけが―――


「ぐー」

「寝とるー!?」


 あずきはご丁寧に鼻ちょうちんまで出しながら、面白いくらいすやすや眠っている。

 しかし、あんな空中に浮いた状態で、よく眠れるな……


「いや、しかし凄いよきな子姉ちゃん。これはもう立派な超能力―――」

「ぐー」

「こっちも寝てるのかよ!」


 きな子姉ちゃんとあずきは一つの塔のようになりながら、穏やかな寝息を立てている。

 しかし、欠片も横に倒れる気配が無いな。どんだけボディバランスがいいんだこの人は。


「ま、とりあえずは一件落着ね。じゃあ二人を布団まで運ぶわよ」


 刹那姉ちゃんはどこか安心したようにため息を落とし、僕に向かって言葉を紡ぐ。

 僕はまだ事態が飲み込めないまま、そんな刹那姉ちゃんの言葉に従うことにした。


「ううむ、しかし、何故こんなことに……」


 僕はきな子姉ちゃんの頭を、刹那姉ちゃんは足を持って、まるで荷物を運ぶように二人を布団へと誘っていく。

 しかし、シュールな図だ。知らない人が見たら状況を理解できないぞ、これ。


「ふう、これでよし、と。多分二人とも朝まで起きないでしょ」


 二人を運んだ刹那姉ちゃんは額の汗をジャージの袖で拭い、小さく息を落とす。

 部屋の窓からは大きな月が見え、少しだけ幻想的な気分に浸った。


「じゃ、あたしも寝るから。あんたも明日の準備して寝なさい」


 刹那姉ちゃんは小さく手を振りながらドアノブに手をかけ、きな子姉ちゃんの部屋から出て行く。

 僕は少しぼうっとその場に立ちながら、反射的に返事を返した。


「あ……うん、わかった。おやすみ、刹那姉ちゃん」


 なんだか今日はいろんなことがありすぎて、妙に疲れてしまった。

 しかしまあ、ともかく。今間違いなく、言えることは―――


「先週までの生活には、しばらく戻りそうもないなぁ」


 僕はこれから起こり得る様々な騒動を想像しながらにっこりと笑い、青い月を見上げる。

 夜空の中にぽっかりと浮かんだその月は、僕の高揚する気持ちと共にいつも以上に輝いて見えた。

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