第86話:笑いあうために
「あぎゃあああああああ!?」
「くっそ! あがああああ!?」
きな子姉ちゃん、刹那姉ちゃん、あずきの三人は襲い掛かってくるチンピラを次々と吹き飛ばし、倒していく。
僕も戦おうと両拳を握りこむと、きな子姉ちゃんは声を荒げた。
「信ちゃん! 桜崎ちゃんのとこ行って!」
「ここはいいから行きなさい! 信!」
「お願いするでござる!」
「う、うん! わかった!」
三人の言葉を受けた僕は桜崎さんの方角へと一気に距離を詰める。
三人とは離れてしまったけど、桜崎さんはもう目の前だ。
「調子に乗りやがってガキ共が。大人を舐めてっと痛い目見るぜ」
「っ!?」
いつのまにか僕の周囲には黒服の男たちが集まり、その右手には黒光りする拳銃が握られている。
これまで相手にしてきたチンピラとは、纏っているオーラが違う。
ある種の凄みを感じるその姿に僕はゴクリと喉を鳴らした。
「拳銃!? お父さん、もうやめて!」
「うるせぇ! ここまでコケにされて黙ってられるかよ!」
桜崎さんは父親に向かって懇願するが、父親は聞く耳を持たない。
黒服の男たちは命中率を上げるためかジリジリと僕との間の距離を詰め、低い声で言葉を紡いだ。
「諦めろ。出来れば死体は増やしたくない」
「…………」
僕は周りを完全に囲まれたことを理解し、冷たい汗を額に流した。
「きな子どの! 信どのが危ないでござる!」
あずきは迫りくるチンピラを倒しながら横目で信の様子を確認して声を荒げる。
そんなあずきの言葉を聞いたきな子はのんびりした調子で返事を返した。
「んー……まあ、あれくらいなら大丈夫っしょ」
「!? で、でも、相手は火縄銃を持ってるでござるよ!?」
「いや火縄銃は持ってないけども。まあ、ここから助けに行くのは逆に危険かもね」
あずきの言う事はもっともだが、今は自分たちも戦闘中。下手に助太刀しようとすれば状況が悪化する可能性もある。
冷静に判断した刹那だったが、あずきは心配そうに眉を顰めた。
「でも……」
「だぁいじょうぶさぁ。信ちゃんはねぇ、うちで一番時雨の血が濃いんだから」
「しぐれの、ち?」
あずきはきな子の言葉の意味が理解できず、拳によってチンピラを殴りながら頭に疑問符を浮かべる。
そんなあずきの様子を察した刹那は口を開いた。
「時雨家の人間は困っている人を見捨てない。たとえお節介と言われても全力で助けて絶対に後悔しない。それが時雨家の誇りだから」
「誇り……」
真っ直ぐな瞳で言葉を紡ぐ刹那の姿を見て、不思議な感動を覚えるあずき。
きな子はにいっと笑いながら言葉を続けた。
「信ちゃんはね、才能は私より全然あるんだよ。ただちょっと、優しすぎたんだろうね」
「戦闘には向かない性格なのよ、ていうか馬鹿だし」
「馬鹿だしねぇ」
「なぜここで罵倒を!?」
あんまりな言い方をする二人の姉にツッコミを入れるあずき。
そんなあずきへときな子は言葉を続けた。
「ま、大丈夫さ。私たちは私たちに出来ることをしないとね」
「……了解でござる!」
今は少しでも早く敵を倒し、信を助けに行こう。
そう心に決めたあずきは、迷いのない拳を敵に向かって突き出した。
「大人しくしてな。そうすりゃ苦しまずに殺してやるよ」
「……っ!」
黒服の一人が拳銃を構え、その銃口が僕に向けられる。
冷たい銃口から発せられる圧倒的な死の予感に、僕は奥歯を噛みしめた。
「やめて! 時雨君逃げ―――」
「るせぇ! 黙ってろ!」
「!?」
声を荒げる桜崎さんの頬を、父親の大きな手が叩く。
桜崎さんの頬は赤く染まり、僕は目の奥が熱くなる。
心臓がうるさい。握った掌に刺さる爪から鮮血が流れる。
見開いた僕の瞳は、瞳孔が開いていただろう。
呆然とする桜崎さんの表情を見た時、僕の中の何かが切れた。
「あ、あ……」
「ちっ、せっかくの商品に傷が付いたぜ。馬鹿女が」
父親は呆然とする桜崎さんを見下し、苛立った様子で言葉をぶつける。
僕は腹の底から湧き上がってくる怒りに任せて、小さく言葉を落とした。
「……まえ」
「あ?」
「何してんだ。お前はぁああああああああ!」
僕は生まれて初めて降りてきた感情に戸惑いながらも、赤く染まった視界で父親に向かってゆっくりと進んでいく。
その時黒服の一人がそんな僕の腕を掴んだ。
「てめぇ、動くんじゃ―――ぎゃあああ!?」
「っ!?」
倒れる黒服の腕は普段とは逆方向に折れ曲がり、悶絶した黒服が地面を転がる。
そんな黒服を見た父親は顔色を変えて息を飲んだ。
「そこで、待ってろ」
「ひっ!? こ、ころせ、そのガキをさっさと殺せぇ!」
半狂乱になって叫ぶ父親。僕は嫌に冷たくなっていく両手と燃え盛るように熱くなっている目の奥を抱えながら、ゆっくりとしかし確実に父親に向かって近づいて行った。
「このガキがぁ!」
「いやぁああああああああああ!?」
ついに黒服の一人が僕に銃口を向けて重い引き金を引く。
桜崎さんの叫びと共に発射されたその弾丸は圧倒的な速度で僕の頭部に近づいてきた。
しかし―――当たらない。
僕はほんの少しだけ屈んで頭の位置をずらし、銃弾に前髪だけを触らせてそれを回避した。
「!?」
確実に頭部を打ち抜いたはず。しかし目の前の僕は変わらず歩いている。
その事実が信じられないのか黒服は目を見開いて驚き、未だ倒れない僕を見た父親は声を荒げた。
「おい、なにやってんだ。さっさと当てろ!」
「ぜ、全員で撃て!」
四方六方から銃弾が飛んでくる。その気配を全身で感じ取ると、僕は歩くスピードを変化させてすべての銃弾を回避した。
「…………」
「なんだ、こいつ。どうなってる!?」
「確かに速い。でも集中すれば、避けられない速さじゃない」
僕は小さく言葉を落とし、道をふさぐように立っている黒服の腹部に拳をねじ込んだ。
「あぐっ!?」
「てっ、てめ―――ぎゃああああ!?」
近づいてくる黒服に蹴りを打ち込み、遠くから銃で狙ってくる男には倒れた黒服を投げつけて沈黙させる。
そんな僕の様子を見たきな子姉ちゃんはガッツポーズしながら言葉を発した。
「絶好調だね信ちゃん! そのままいっちまいな!」
「ありがとうきな子姉ちゃん。僕もそう思うよ」
僕は小さく微笑むと、そのまま歩く速度を変えずに桜崎さんに向かって歩いていく。
父親は内ポケットから拳銃を取り出すと、桜崎さんの頭部に銃口を向けた。
「う、動くんじゃねえ! こいつがどうなっても―――ああああっ!?」
「いや、動かなくなるのはあんたの方だ」
その様子を見た僕は一瞬で距離を詰め、父親の膝に蹴りを打ち込む。
それと同時に、拳銃を持った右腕の関節に拳をねじ込んだ。
粉砕される手と足の関節。父親は地面に転がって痛みに悶絶した。
「あ、足が、腕がぁあああああ!?」
僕はすぐに桜崎さんと父親の間に体を割り込ませ、桜崎さんの身を守る。
そうして様子を伺っていると、遠くからサイレンの音が響いてきた。
「きな子どの! お巡りさんが来てくれたでござるよ!」
「おっとポリスメンか! ずらかるぜ信ちゃん!」
「そうね。急ぎなさい信!」
きな子姉ちゃん達はいつのまにか港を後にし、驚異的なスピードで山の方へと走っていく。
そんな三人を見た僕は、慌てて桜崎さんを引き寄せた。
「あ、ええ!? 桜崎さん、ちょっと我慢して!」
「え、え、ひゃわぁ!?」
僕は桜崎さんをお姫様抱っこの状態で抱え、港を後にする。
サイレンの音を背中に受けながら、僕は懸命に走る三人を追いかけた。




