第83話:お節介なやつら
「結局今日も桜崎嬢来なかったな。あずきちゃんまで休んでたし、風邪が流行ってんのかね」
夕暮れの通学路を歩きながら猛は頭の後ろで手を組み、言葉を紡ぐ。
そんな猛の言葉を聞いた僕は空になっていたあずきと桜崎さんの席を思い出し、目を伏せながら返事を返した。
「ん。心配だね……」
「まあ元気出せよ信! もう休みに入るし、来週には二人とも元気な顔見せてくれるって!」
猛は強く僕の背中を叩くと、歯を見せて悪戯な笑顔を見せる。
見慣れたその笑顔を見た僕は微笑みながら頷いた。
「ん、そうだね猛。ありがとう」
確かに二人は心配だけど、風邪ならきちんと対処すれば大丈夫だろう。
猛の言う通り、来週には二人の元気が顔が見られるはずだ。
「んじゃ、また学校でな! お前も風邪には気をつけろよ!」
「うん! 猛もね!」
やがて家の前に到着すると、猛は片手を挙げながら夕暮れの道を走り出す。
僕はそんな猛に向かってぶんぶんと手を振ると、家の門に手をかけた。
「ただいまー。ん、あずき?」
家のドアを開けると、泥だらけになったあずきが俯いた状態で立っていた。
おかしいな。風邪をひいて寝てるって聞いてたんだけど。
「…………」
「あずき、寝てなくていいの? というか、体の泥は一体―――」
「信どのに、大事なお話があるでござる」
「え?」
顔を上げたあずきの目には確固たる何かが宿った光が見え、僕はその光に吸い込まれるように魅入られる。
欠片も揺らぐことのないその目の光を受けて、僕は意識せずに生唾を飲み込んだ。
「まず拙者は、風邪をひいていたわけではないのでござる。桜崎どのが心配で、おうちまで様子を見に行っていたのでござるよ」
リビングに入ったあずきは床の上で正座し、真剣な表情で言葉を発する。
あずきは風邪じゃなくて、桜崎さんを見に行っていた?
まああずきは忍者だし、諜報活動的な意味なのかもしれないけど……指示したのは刹那姉ちゃんかな。
僕も桜崎さんの様子は気になっていたし、まずはそこは聞かなくちゃ。
「えっと、桜崎さんの様子はどうだった?」
「…………」
「あずき?」
僕の質問を聞いたあずきは口元を一文字に結んで俯き、もじもじと体を左右に揺らしている。
いつも元気なあずきのこんな姿、初めて見た。
「そこから先は私が話すわ」
「刹那姫……」
リビングのドアを開けて入ってきた刹那姉ちゃんはあずきの頭にぽんっと手を置くと、僕の方へと顔を向ける。
いつもよりさらに険しいその表情に何かを感じながらも、僕は質問を続けた。
「姉ちゃんはもう知ってるの?」
「ええ。ちょっとあずきからは説明しにくいでしょうから、私が話す」
刹那姉ちゃんは胸の下で腕を組み、眉間に皺を寄せる。
姉ちゃんがあの表情をする時は、怒っている時だ。しかも、とてつもなく。
僕は両手を強く握り覚悟を決めると、刹那姉ちゃんの言葉に耳を傾けた。
「そんな。桜崎さんが軟禁されているなんて。しかも自分のお父さんに?」
刹那姉ちゃんから聞いた話は全て、耳を覆いたくなるものばかりだった。
桜崎さんのお母さんは随分前に他界していて、お父さんもほとんど家に帰ってきていなかったらしい。
そんなお父さんが家に帰ってからは女性を連れ込んだり危ない薬の取引をしたりと、犯罪になるような事を繰り返しているらしい。
桜崎さんも今は部屋に軟禁状態で、家事などの仕事をやらされ、学校にも行かせてもらえない状態だという。
毎日女性の悲鳴と嬌声が止まないというその家に桜崎さんがいるという意味。
知識の少ない僕でも、その危険性は容易に想像できた。
「あまり人の親を悪く言いたくはないけど、あずきに調べてもらった限りではかなり悪どいことをしているわね。それに何よりこのままじゃ、彼女の身が危ないわ」
「拙者、よくわかっていないでござるが……桜崎さんが泣いてしまうのは嫌でござる」
「あずき……」
あずきの素直な言葉が、僕の心に突き刺さる。
そうだ。桜崎さんの話を聞いてからずっと胸に燃えていたこの感情。
凄く嫌な気分だ。でも体の奥が熱くて、今すぐにでも叫びたくなる。
ああ、そうだ。これが“怒り”なんだ。
「とにかく、今の環境にあの子を置いておくわけにはいかないわ。お節介だろうが何だろうが、私は行く。何故ならうちの家訓は―――」
「「“困ってる人は死んでも助けろ”」」
僕は俯いていた顔を上げると、刹那姉ちゃんと同時に言葉を発する。
そんな僕の言葉を聞いた刹那姉ちゃんは、頷きながら口を開いた。
「わかってるじゃない。この家訓だけは破れないでしょ」
「で、でも人の家のことに首を突っ込むなんて、桜崎さんの迷惑にならないかな」
怒りはある。今すぐにでも桜崎さんを助けに行きたい。しかしそれが本当に、桜崎さんの笑顔を取り戻すことになるんだろうか。
僕は、何も知らなかった。二人で出かけた時の桜崎さんの笑顔の裏にそんな事情があったなんて。
ぼくは本当に―――馬鹿だ。
「桜崎さんの助けにならなかったなら、後でいくらでも罰は受けるわ。でも今は彼女の身を守ることが最優先よ。違う?」
刹那姉ちゃんは真っ直ぐに僕の目を見つめ、欠片も迷いのない声で言葉を紡ぐ。
そんな刹那姉ちゃんの言葉を聞いた僕の心は雲間に光が差し込んだように明るく照らされ、僕は自分でも気づかないうちに頷いていた。
「……そうだね。その通りだ」
迷惑になるかもしれない。桜崎さんは望んでいないかもしれない。
でも友達を見捨てるくらいなら、死んだ方がマシだ。
そうだ。これは桜崎さんのためじゃない。僕は僕なりのお節介をしに、彼女の家に行くんだ。
「―――行こう。桜崎さんのところへ」
「その言葉が聞きたかった!」
「きな子姉ちゃん!?」
勢いよく蹴破られたドアの向こうで、ドヤ顔をしたきな子姉ちゃんが両腕を組みながら立っている。
そんなきな子姉ちゃんの様子を見た刹那姉ちゃんは片手で頭を抱え、ため息を落としながら口を開いた。
「姉さん、ずっと登場のタイミングを狙ってたでしょ」
「あ、ばれた?」
「姉ちゃん……」
こんな時でも平常運転のきな子姉ちゃんを見て、口端をひくつかせる僕。
でもいつも通りのきな子姉ちゃんを見ていたら、ますます勇気が出てきたような気がする。
「まあまあ、ともかく行こうじゃないか。お節介時雨家、発進じゃ!」
「おーっ! でござる!」
「……おう!」
片手を天井に向かって突き上げたきな子姉ちゃんとあずき。
僕は桜崎さんの笑顔を思い出しながら、迷うことなく右手を天井へ突き上げた。




