第81話:始業のチャイム
朝日の差し込む学園の廊下を、鼻歌交じりに歩いていく。
僕の隣を歩いていた猛は、歯を見せて笑いながら口を開いた。
「お、なんだよ信。随分ごきげんじゃねーか」
「そうなんでござるよ。信どのは朝から快便でごきげんなのでござる」
「違うよっ!? それ誰から聞いたのあずき!」
足元を歩いていたあずきからのまさかの一言に驚き、ツッコミを入れる。
あずきはにぱーっと笑うと返事を返してきた。
「きな子どのから“信ちゃんの機嫌が良い。あれはきっと良いうんこが出たんだ”と聞いたでござる」
「きな子姉ちゃん……」
想像できる。真剣な表情で弟の間違った分析をするきな子姉ちゃんが容易に想像できるよ。
「大便じゃないとするなら、信はなんで機嫌良いんだ? 小便?」
「僕の機嫌下半身に左右されすぎじゃない!? いや、学校って楽しいなって改めて思ったんだよ」
「お、おう。まあ楽しいけどよ、本当どうしたお前」
「ははは。なんでもないよ」
僕は誤魔化すように笑いながら、猛に向かって返事を返す。
そうして談笑していると、向かいからモブ子さんが歩いてきた。
「あ、しぐれくんおはよう。ぬいぐるみ買ってきてくれてありがとね」
モブ子さんは少し恥ずかしそうに顔を俯かせながら、小さな声で言葉を紡ぐ。
そんなモブ子さんの言葉を受けた僕は、微笑みながら返事を返した。
「おはようモブ子さん。おつかい凄く楽しかったし、僕の方こそお礼を言いたいくらいだよ」
本当に、楽しかった。機会を与えてくれたモブ子さんには、本当にお礼を言いたい。
「ううん、そんな。お礼を言うのは私の方だから」
モブ子さんはぶんぶんと両手を左右に振りながら耳を赤くして返事を返す。
そんなモブ子さんに対して、あずきはジャンプして抱き着きながら言葉を発した。
「モブ子どのおはようでござる! 今日も瞳がきれいでござるな!」
「っとと。ありがとう望月さん。でも、綺麗じゃないよ?」
モブ子さんは両手であずきを抱きかかえると、困ったように笑いながら返事を返した。
そんな二人を見て微笑んでいた僕だったが、やがて桜崎さんがこの場にいないことに気が付いた。
「そういえば、桜崎さんが来てないね。いつも早めに来てるのに」
「あ、うんそうなの。探したんだけど廊下にもいなくって」
モブ子さんはあずきを抱えながら、少し心配そうな様子で言葉を紡ぐ。
そんなモブ子さんの様子を察した僕は、楽観的に笑いながら返事を返した。
「週末会ったときは元気そうだったし、病気ではないと思うけど……遅れるなんて珍しいね」
「うん。無遅刻無欠席だったはずなのに」
「きっとギリギリに来るのでござるな! さすがは桜崎どのでござる!」
あずきはふんすと鼻息を荒くしながら、興奮した様子で言葉を紡ぐ。
そんなあずきの様子を見た僕は、ぽりぽりと頬をかきながら返事を返した。
「何がさすがなのかまったくわからないけど……まあ、そうだね。信号とかに捕まってるのかもしれない」
「信号って罠だったのでござるか!? どうりでぴかぴか光ってると思ったでござる!」
「いや捕まるってそういう意味じゃないから! 赤信号的な意味だから!」
完全に誤解しているあずきに対し、慌てて言葉を続ける。
猛はぽんっとあずきの肩を叩きながら、真剣な表情で口を開いた。
「気をつけろよあずきちゃん。信号を怒らせると大気圏外まで吹っ飛ばされるぞ」
「ひぇぇ……」
「嘘教えないで猛! その子本気にするから!」
完全に恐怖したあずきはぶるぶると震えながら、遠目に見える信号を見つめる。
震えるあずきに「大丈夫だよ~」と繰り返すモブ子さんと、猛にチョップを入れる僕。
そうして穏やかな時間は過ぎていったがいつまで経っても桜崎さんは現れず、結局チャイムが鳴ってしまった。
「……結局来なかったね。一体どうしたんだろ?」
「先生も電話とかは来てないって言うし、なんか変だな」
不思議そうに首を傾げる僕と、同じように首を傾げながら腕を組んでいる猛。
そんな僕たちを見たあずきは、恐怖におののいた表情で口を開いた。
「や、やはり桜崎どのは信号に捕まって!?」
「も、望月さん。信号は怖くないから、大丈夫だよ?」
モブ子さんはあずきの頭を撫でながら、小さな声で言葉を紡ぐ。
その後窓の外を見つめたモブ子さんの表情は見えなかったけど、そこには言いようのない不安がうつっているような気がする。
そんなモブ子さんと同じく、僕も言いようのない不安を感じて窓の外の空を見上げた。




