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第8話:衝撃の事実?

「さて、じゃあ準備できた? 箸は全員持ってるわね」


 刹那姉ちゃんはリビングの食堂に集った一同を見渡し、食事の前の最終確認。

 あずきは来客用の箸を高らかに掲げ、元気良く返事を返した。


「ぬかりはないでござるよ、刹那姫! 拙者の箸もあるでござるし、料理も、りょうり、も……じゅるり」

「あーあ、あずきっち涎垂れてるよん? はしたないからやめなさじゅるり」


 目の前の料理を見つめたきな子姉ちゃんとあずきは、口の端から涎が盛大に溢れている。

 その様子を見た刹那姉ちゃんは小さくため息を吐きながら言葉を続けた。


「はい、じゃあさっさと食べましょう。いただきます」

「「「いただきまーす!!(でござる)」」」


 僕ときな子姉ちゃんとあずきは声を合わせ、料理へと箸を延ばす。

 しかしその後しばらくして、あずきがご飯しか食べていないことに気付いた。


「あずき、どうしてご飯しか食べないの? 確かにうちは良い炊飯器を使ってはいるけど……」


 刹那姉ちゃんが珍しく奮発して買ってきた、我が家の馬鹿でかい炊飯器。

 まるでロボの頭みたいな大きさだけど、値段もそれに相応して大きかった。

 もっとも値段以上においしいご飯を炊き上げてくれるので、我が家では尊敬の意を込めて“お米ロボ大将軍”と呼んでいる。主にきな子姉ちゃんが。


「えっ!? こ、このおいしそうなものは、拙者の分だったのでござるか!? いつもご馳走といえば白米だったのでござるが……」


 あずきはほっぺにご飯粒をくっつけながら、ぽかんとした表情で言葉を紡ぐ。

 この様子を見る限り、本当に自分の分の料理は白米だけだと思ってたみたいだ。


「ふ、ふびん! この子極端にふびんよ!」


 僕は溢れ出る涙を止めることができず、口元を手の平で押さえる。

 あずきは頭の上に疑問符を浮かべ、不思議そうな表情で首を傾げた。


「あれまあ、小さい子が遠慮なんてするもんじゃないよ。とうっ!」

「もご」

「ちょっ!?」


 きな子姉ちゃんはハンバーグを一切れあずきの口の中に入れ、半ば無理矢理食べさせる。

 止めるヒマもない速さだった……流石といえば流石だけど、些か強引すぎやしないだろうか。

 まあ冷める前に食べたほうがいいんだから、正しくはあるのかな。


「もご、もぐもぐ……」


 あずきは小さな口一杯に放り込まれたハンバーグを租借し、ほっぺたが面白いくらい変形している。

 体の小ささも相まって、まるで小動物みたいだ。


「ん!? んん!?」


 あずきはもっちもっちと口を動かしながら、その大きな両目でぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 どうやら初めての味に困惑しているみたいだ。


「う、う、うーまーいーぞー!」

「おおっ!? こ、声でか!」


 あずきは両手を天井に向かって振り上げ、全身でハンバーグの美味しさを表現する。

 なんかマフラーも連動して拳を突き上げているようにも見えるけど、とりあえずスルーだ。突っ込み始めたらキリがない。 


「刹那姫! こ、この、“はんばーぐ”? めちゃくちゃ美味いでござるよ! 拙者、舌が無くなりそうでござる!」


 あずきはキラキラと輝く尊敬の眼差しで刹那姉ちゃんを見上げ、興奮した様子で両手をばたばたと動かす。

 そういえば生まれて初めて刹那姉ちゃんのハンバーグを食べた時は、僕もあんな風になった気がする。


「うん。確かに今日のハンバーグは、いつもよりさらに美味しい気がするなぁ」


 僕もがっついてしまいそうな感情を必死に抑え、ハンバーグの味をしっかりと噛み締める。一気に食べたらもったいなさ過ぎるよ。


「そう。口に合ったならよかったけど、ちゃんとサラダも食べるのよ?」


 刹那姉ちゃんは嬉しそうに笑いながら、あずきへと返事を返す。

 元々節制してそうなあずきのことだ。おかずを残すなんてこともなさそうだけどね。


「はっ! 了解でござる、姫!」

「だから、姫はやめなさいって……」


 刹那姉ちゃんは苦笑いを浮かべながら、あずきの頭を撫でる。

 刹那姉ちゃんが微笑むなんて、本当に珍しいな……もしかして妹が欲しかったんだろうか。


「せっちゃーん。私もかまっておー」

「はいはい、姉さんは一つのものばかり食べないで、ちゃんとバランス良く食べてよ? ていうか口にソースついてる」

「んー」


 刹那姉ちゃんはハンカチできな子姉ちゃんの口を拭い、困ったように笑いながら、小さくため息を落とす。

 いや、体は大きいとはいえ、ある意味きな子姉ちゃんが刹那姉ちゃんの妹みたいなもんか。

 もしかしたら単純に、世話好きなだけなのかもしれない。時々ひどくぶっきらぼうだけど。


「んーっ、んまい! どれも美味いでござるよ刹那姫! かたじけないでござる!」


 あずきはまるで花が咲いたような笑顔を見せながら、刹那姉ちゃんへとお礼を伝える。

 それにしてもいい笑顔だ。よっぽど美味しかったんだな。


「かたじけないって……初めて言われたわ。ほら、あんたも口にソース付いてる」


 刹那姉ちゃんはますます嬉しそうに笑いながら、優しい手つきであずきの口を拭う。なんか妹が一人増えただけのような気がするのは僕だけだろうか。


「んっ……重ね重ねかたじけないでござる」


 あずきは何故か神妙な顔付きのまま、刹那姫に顔をふきふきされている。

 なんだかわからないけどシュールだな。


「ふふっ、いいから早く食べちゃいな」

「はっ! さっさと食べちゃうでござる!」


 珍しく笑った刹那姉ちゃんの横で、相変わらず神妙な顔で敬礼するあずき。

 あずきはちょっとでもシリアスさを保とうと思ってるのかもしれないけど、この状況じゃそれも無理だろう。

 どう考えても姫と忍者じゃなく、無愛想な先生と小学生って感じだ。


「そうだ刹那姉ちゃん。テレビ付けていい? 今日何かやってたっけ」


 僕は机の上に置いてあったテレビのリモコンを手にとって操作し、番組表をテレビへと映し出すと、今日のラインナップを確認する。

 お、この後クイズ番組がやるみたいだな。

 ご飯も大分食べ終わってきたし、家族の団欒には丁度良いかもしれない。


「姉ちゃん達、このクイズ番組見たいんだけどいいかな?」


 僕はリモコンを操作しながら、二人の姉に伺いを立てる。

 姉ちゃん達の見る番組は基本的に録画してあるから大丈夫だろうと思うけど、いつも確認するようにしている。それが家庭円満の秘訣だ。


「ま、別にいいんじゃない? 私は食器片付けて、デザート取ってくるから」


 刹那姉ちゃんは机の上の空いた皿を手早くまとめ、目にも止まらぬ速さで台所の流しへと持っていく。これも元ウェイトレスの成せる技なんだろうか。


「別にいいんじゃにゃい? 信ちゃんの好きなもの見なっせよ」


 きな子姉ちゃんはソファに寄り掛かり、この上なくだらし無い格好で爪楊枝をシーシーいわせている。

 ホントにダメなおじさんに見えてきたな……


「あ、そうだ。あずきは何か見たいテレビある? お客さんなんだし遠慮しなくても―――」

「いえ、信どの。“ばんぐみ”とやらが何かはわからないでござるが、拙者のことは気にしないでほしいでござる。拙者はこれから、“でざあと”とやらを運ぶ任務があるでござるからして!」


 あずきはキリッと目元を鋭くしながら、僕に向かってガッツポーズをしてみせる。

 うん、まあ、なんとなくわかってたよ。

 ここまでの挙動からして、刹那姉ちゃん一人に雑務はやらせないだろうしね。


『うおー! 刹那姫ぇ! 拙者もお手伝いするでござる! “でざあと”はどこでござるか!?』

『ひゃわ!? ……あ、ああ、デザートね。そこに人数分のプリンがあるから、持って行ってくれる?』


 台所から響いてくる声から察するに、どうやらあずきは台所に到着したようだ。

 ソファから立ち上がって台所に到着するまで、2秒もかかってないんじゃないか?


「相変わらず挙動が速いなぁ。もう台所にいるよ」


 さっきまで僕と話していたあずきが、いまはもう台所の刹那姉ちゃんと会話している。

 あまりの速さに、まだあずきの残像がリビングに残っているような気さえしてきた。


「いや、馬鹿な事考えてる場合じゃない。とにかくテレビつけよう」


 僕はカチカチとリモコンを操作し、先程チェックした番組にチャンネルを合わせる。

 賑やかな歓声とよく通る司会者の声が、リビングの中に響いた。


『さー今夜も始まります。ザ・クイズターイム! 早速ですが、第一問参りましょう!』

「もう一問目!? 展開が急な番組だなぁ」


 司会者の顔が映ったと思ったら、もう第一問だよ。

 スピード社会ってこういうことなのかな。


『日本人女性の清楚な美しさを、四文字で表す言葉は何!? 早押しでどうぞ!』


 司会の人が問題を言い終えた瞬間、鳴らされる回答者のプッシュ音。

 回答者らしき女の人は、自信満々の笑顔を浮かべながら答えを言った。


『みかん!』

『ブー! 残念、不正解です! 京都からお越しのアスカさん、一点減点! 好きな食べ物は聞いてませんよ!』

「白熱してるなぁ」


 テレビの中では司会者と回答者が熱い戦いを繰り広げている。

 普通に考えて、正解は“大和撫子”だよな……


「はい! あたしわかった! みかん!」

「ブー。きな子姉ちゃん一点減点。てか文字数はせめて守ろう? みかん三文字だから」


 しかもさっきの回答者と回答がかぶってるよ。確かにきな子姉ちゃんはみかん好きだけども。

 しかし何故そんなドヤ顔なんだ。どんだけ自信あったんだろう。


「信どの! “でざあと”を持って来たでござるよ! ん? てれびに映ってるのはなんでござるか?」


 あずきはトレーの上に載せたプリンを無事リビングまで運搬し、テレビに映るものを不思議そうに見つめる。

 信じられないことに“テレビ”の存在をついさっき知ったようだから、バラエティを見慣れないのも無理はないな。

 きな子姉ちゃんのことだから、どうせアニメばっか見せてたんだろうし。


「ああ、あずき。これはクイズ番組でね、出された問題をみんなで考えて楽しむものなんだ。ちなみにあずきは、この問題の答えってわかる?」


 僕はテレビ画面に映し出された問題文を指差し、あずきへと尋ねる。

 あずきはむむむと眉間にシワを寄せ、テレビとにらめっこを始めた。


「よんもじ、四文字……わかったでござる! 夏みかん!」

「ブー。でも惜しい! きな子姉ちゃんよりはマシだわ!」


 とりあえず、四文字というヒントまでは辿り着けたか。

 それと答えがまったく結び付いてないけど。

 ていうか、“みかん”って流行ってんの?


「随分盛り上がってるわね。プリン零さないでよ?」


 刹那姉ちゃんは人数分のスプーンを持ち、リビングへと戻って来る。

 刹那姉ちゃんはこの問題……いや、聞くまでもないな。僕にわかって刹那姉ちゃんにわからないはずがないもの。

 そしてそんな刹那姉ちゃんがソファに腰を下ろした瞬間、再び回答者のプッシュ音が鳴り響いた。


『わかった! 夏みかん!』

『違いますこの雑魚が! 正解は大和撫子でした! アスカさんさらに二点減点!』

「あーあ、ボコボコだよこの人」


 しかしあれだけ自信満々に間違えるというのも、ある意味凄いな。

 決断力はどこぞの社長並にあるんじゃなかろうか。


「しかし、大和撫子かぁ。最近は和服を着てる女の子なんて、成人式か祭の夜くらいしか見ないよなぁ」


 個人的に和服は好きなので、もっと着てほしいんだけど……彼女いない歴=年齢の僕では、彼女に着てもらうこともできやしない。

 和服ブームでも来ないかぎり、僕の願いは叶わないだろう。


「大和撫子って言っても、和服を着た日本美人限定ってわけじゃないでしょ。清楚で綺麗な人のことを大和撫子って言うんじゃないの」


 刹那姉ちゃんはいつのまにかプリンをつつきながら、僕の独り言に返事を返す。

 しかしなるほど、確かにそうだ。何も和服を着た美人だけが大和撫子ってわけじゃないよね。


「いやー刹那姫! ぷりんとやら、めっちゃ美味かったでござるよ!」


 あずきは興奮した様子で鼻から勢い良く息を吹き出し、刹那姉ちゃんへとプリンの感想を伝える。

 その握りこまれた両手の強さだけ、あずきが感動しているのが伝わってくるようだ。


「そ、よかった。一応おかわりもあるから、お腹空いたら言いなさい」


 刹那姉ちゃんは目を細めて笑いながら、笑顔のあずきを見つめる。

 心なしか嬉しそうに見えるのは、僕の気のせいではないだろう。


「えーっと……あ、そうそう、大和撫子の話か。確かに、そうかもしれないね。何も格好だけが大和撫子の条件ではないか」


 僕は刹那姉ちゃんの話に納得し、うんうんと頷きながら腕を組む。

 僕も大和撫子にはなれないにせよ、素敵な日本男子でいたいものだ。


「ま、おしとやかでいなさいって強制するのはどうかと思うけど、とりあえず下品なことは言わないほうがいいでしょうね」


 刹那姉ちゃんはプリンに舌鼓を打ちながら、神妙な顔つきで言葉を紡ぐ。

 どんな雑談でも気を抜かないのが刹那姉ちゃんのいいところだ。


「確かに。あんまり上品過ぎると鼻につくことはあるけど、下ネタとか嫌いな人もいるし、話し方とか話題には気をつけたほうがいいかも」


 といいつつ、僕も姉ちゃんも決して“上品”とは言い難いのだけど。

 まあ話題を考えて言葉を選ぶ、その心構えが大事ってことさ。


「いやー、美味しかったでござる。―――さて、と……」

「???」


 あずきは刹那姉ちゃんにプリンの感想を伝えると、おもむろに立ち上がり、リビングの出口へと歩いていく。

 きな子姉ちゃんは最後の一口を食べ終えると、頭に疑問符を浮かべて言葉を紡いだ。


「あれ? あずきっちどこいくの? うんこ?」

「うんこでござるよ?」


 きな子姉ちゃんのとても上品な物言いに、これまたエレガントに答えるあずき。

 二人とも、なんて上品なんだ。日本女性の美しさを感じすぎて僕、泣きそうになってきたよ。


「……なるほど、つまりああなっちゃ大和撫子も何もないと、そういうことだね刹那姉ちゃん」


 僕はどこか遠くを見つめながら、刹那姉ちゃんへと言葉を紡ぐ。

 うんこって、うんこってあなた……いくら家の中でも女子の口から出てくるとショックでかいのよ? 男の子としてはさ。


「そ、ああなっちゃ大和撫子も何もないわ。……あの二人には、後で唐辛子でも食わせておくから」


 こ、怖!?  刹那姉ちゃん顔が怖い!

 こっちは別の意味で大和撫子とは程遠そうだ。


「……あ、そういえばあんた、あずきのご両親にはもう連絡したの?」


 刹那姉ちゃんは胸の下で腕を組み、先ほどのクイズ番組を見ながら僕へと言葉を紡ぐ。

 意外なその言葉に僕は頭の上に疑問符を浮かべ、言葉を返した。


「いや、してないよ? 刹那姉ちゃんがしてくれたんじゃ―――」

「アタシはしてないわよ?」

「「…………」」


 俺と刹那姉ちゃんは互いの顔を見合わせ、両目を見開く。

 あれ? 僕も刹那姉ちゃんも連絡してないということは、つまり―――


「いやー、最近のクイズ番組はおもろいのう。……ん? 二人とも、どったの? あたしの顔にハンバーグでも付いてる?」


 きな子姉ちゃんはソファでこの上なくダラダラした状態で、まったりと言葉を紡ぐ。

 その頭の上には疑問符が浮かび、小首を傾げる姿に僕の中の焦燥感は膨れ上がるばかりだ。


「ど、どうしよう刹那姉ちゃん。家の人に連絡してないよ! これって誘拐なんじゃ!?」


 なんてことだ。倒れていたところを助けたつもりが、これじゃ本当に誘拐だ。

 そもそも、もっと早く気付くべきだった。僕はもしかして馬鹿なんだろうか。


「ともかく、本人が戻ったら連絡先を聞くしかないでしょ。連絡先がわかったら教えなさい。私からご両親には謝っておくから」


 刹那姉ちゃんは重いため息を落としながらも、凛とした様子で僕の目を真っ直ぐに見つめて言葉を続ける。

 その姿に迷いは無く、ただ真っ直ぐに前だけを見つめていた。


「せ、刹那姉ちゃん……」


 僕は感動に胸震わせ、潤んだ瞳で刹那姉ちゃんを見つめる。

 この人は本当に、なんて頼りになるんだ。


「ふー。落ち着いたでござる」


 あずきは脳天気な笑顔でリビングのドアを開け、こちらへと向かってくる。

 僕は机の上にあった紙とペンを手元に引き寄せると、あずきへと言葉を紡いだ。


「あずき。うちの人にあずきがここにいること連絡するから、電話番号教えて貰えるかな? 結構遅くなっちゃったけどね」


 僕はばつが悪そうに頭を掻き、手元のペンをノックしてボールペンの芯を出す。

 いくらあずきでも、家の電話番号くらいは覚えているだろう。


「??? “でんわばんごー”って、なんでござるか?」

「オップス……」


 マジですか、あずきさん。そこからですか。

 いや、薄々そうじゃないかとは思ってたけどさ。

 こうなるともう、家まで送り届けて直接謝るしかないのかな?


「“でんわばんごー”はわからないでござるが、うちに連絡は不要でござるよ? 元より拙者、修業中の身でござるから!」

「あーなるほど。さっぱりわからん」


 だめだ、あずきは妙に自信満々に言ってるけど、その内容の意味はさっぱりわからない。

 もっと根本的なところから聞かなきゃダメそうだ。


「えっと、修業っていうのは、忍者の修業かな? それは家には帰らなくていいものなの?」


 先程からのあずきの言動から察するに、どうやらあずきの家は忍者を生業としているらしい。

 現代社会にいるのかどうかはわからないが、ともかく本人がそう言ってるんだからそうなんだろう。まずはあずきを信じなきゃ、話は進まない。


「ふむ、その通りでござるよ信どの。拙者は今年度よりとある学園に入学するのでござるが、“その学園を見つけ、入学し、卒業せよ”というのが今回の修業なのでござる」

「な、なんだそりゃ……何か凄い修業だね」


 誰が考えたのか知らないけど、全国にいくつ学園があると思ってるんだ。

 徒歩で探してたら、探してるだけで3年たっちゃうだろう。いや、それだけ大変だからこそ修行になるのか?

 あずきの言う忍者の世界っていうのも、なかなか厳しい世界みたいだ。


「えーっと、それで、あずきが入学する学園を見つけるヒント……いや、手掛かりみたいなものはないの?」


 いくらなんでも、ノーヒントってことはないだろう。本当に三年以上探すはめになってしまう。

 結局入学できないんじゃ、なんの意味もない。


「手掛かりでござるか。それなら拙者が着ているこの制服でござるよ。この制服が採用されている学校に、拙者は入学するのでござる!」


 あずきは嬉しそうに笑いながら、着ている制服を引っ張って見せる。

 こらこら、小さなお腹が見えてるよ―――って


「ん? これ、よく見るとセーラー服!? あずきって僕と同じ歳なの!?」


 僕は学園の一年生だが、いくらなんでも先輩ってことはないだろう。

 いや、しかし、同じ年でも充分驚きだ。

 ちょっと発育の良い小学生だとばかり思ってた。


「おおーっ。信どのも学園に通っているのでござるか。奇遇でござるなぁ」


 あずきは胸を張って豪快に笑いながら、うんうんと頷いている。

 いや、しかし待てよ? そうなると腑に落ちないことがあるぞ。


「あずき、今もう7月なんだけど……入学式はとっくに終わってるんじゃない?」


 かくいう僕も数ヶ月前に入学式を済ませ、だいぶ学校にも慣れてきたところだ。

 今の時期入学式をやってる学校なんて、いくらなんでも無いだろう。


「あぅ。恥ずかしながら拙者3月から学園を探していたのでござるが、夏になってもまだ見つけられてないのでござるよ。挙げ句の果てに倒れてしまうとは、恥ずかしいでござる」


 あずきは頬を赤く染め、誤魔化すように笑って頭を掻きながら、恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。

 いやいや、恥ずかしくない。恥ずかしくない。

 むしろその身一つで4ヶ月以上生き延びた事実を褒めたたえたいよ。


「いや、ともかくあずきの通う学園を見つけなきゃだよなぁ。しかし、すぐ見つかるかどうか……」


 僕は顎の下に曲げた人差し指を当て、天井を見上げながら、考える。

 わりとスタンダードなタイプの制服だし、このタイプを採用している学園なんていくらでもある。

 校章の類は付いていないようだし……参ったな。


「……ねえ、信」


 いや、考えれば考えるほど、本当難しいんじゃないか? これ。

 まだ夏休みには入ってないから、それほどあずきの手伝いはできない。かといってあずき一人では、入学できるのがいつになるかわからない。

 一体どうすればいいんだ。


「ていうかその制服、あんたが通ってる学園のじゃない。自分の学園の女子制服も覚えてないの? あんた」


 刹那姉ちゃんは頭を抱え、ため息を落としながら言葉を紡ぐ。

 へー、そうか。うちの制服だったのか。普段女子とは関わりがないから、意外と気付かない―――


「えええええ!? あ、あれ、うちの制服!? あ、ほんとだ!」


 そういえばこの深緑色、すごく見覚えがある!

 なんで今まで気付かなかったの僕! 馬鹿なの!?


「なんで今まで気付かないのよ。馬鹿なの?」

「言わないで姉ちゃん! 今自分でそう思ってたところだから!」


 なんてこった……これは落ち込むぞ。女子のとはいえ、自分の学校の制服すらわからんとは。

 ギリギリ馬鹿じゃないぞって思ってたけど、案外僕は大馬鹿なのかもしれない。


「おおおお!? あずきっちの着てるのもしかして制服!? 学生さんだったんか!」

「…………」


 いや、まだ大丈夫だ。大丈夫だな、僕。

 気付くの遅いよ、きな子姉ちゃん。その驚きずっと前にもうやってるから。

 さっきからテレビ見てたせいかもしれないけど、そういう意味では凄い集中力だ。


「おおおお!? い、今言ったことはまことでござるか刹那姫! 拙者と信どのは、同じ学園へ!?」


 あずきは目と口を大きく開き、キラキラとした瞳で刹那姉ちゃんを見上げる。

 刹那姉ちゃんはあずきの頭にぽんっと手を乗せると、柔らかな声で返事を返した。


「ほんと。間違いないわ。何せ私やきな子姉さんも、数年前まではその制服を着てたんだから」


 刹那姉ちゃんは柔らかに微笑みながらあずきの頭を撫で、どこか懐かしそうに目を細める。

 うーんどっかで見たことあると思ったら、うちの学園なんだから当たり前だったんだな。

 しかし、今回ばかりは自分の鈍感さに落ち込みそうだ。


「そうそう、間違いないよぉあずきっち。まああたしは、まだたまに着てるけどね!」


 きな子姉ちゃんはペロッと舌を出し、憎たらしいウィンクをしてみせる。

 ブルマ履いてた前科があるから今更驚かないけど、外に着ていくのだけは勘弁してほしい。

 まあ見た目だけで言えば違和感はないけども。


「いやー、本当に良かったでござる。まさかこんなに早く学園が見つかるとは。時雨家の皆さんには、いくら感謝してもし足りないでござるよ」


 あずきは嬉しそうに笑い、赤いほっぺが一層輝く。

 そんなあずきの笑顔を見た僕もつられるように笑顔になっていた。


「よかったね、あずき。しかし明日から、もしかしたらクラスメイトになるかもしれないのか……何か実感沸かないなぁ」


 さっきまで確実に年下と思っていただけに、どうにも実感が沸いて来ない。

 まあ今日は日曜日だし、明日になれば嫌でも実感することになるだろう。


「それよりきな子姉さん、あずきと一緒にお風呂入って来たら? 話もまとまったし、あずきは汗かいてるでしょ」


 刹那姉ちゃんは腕を組みながら、唐突に二人へと提案する。

 いや、まあ夕食は済んでるわけだし、風呂に入るのは不思議でもないか。

 それにしても、いつのまにお風呂なんて沸かしてたんだろ。相変わらずそつがない人だ。


「おおぅ!? いーねぇ。あずきっち、きな子お姉さんと一緒にお風呂タイムとしゃれこもうぜ!」


 きな子姉ちゃんはぐっと親指を立て、あずきに向かって突き出す。

 “お風呂”という単語に反応したのか、あずきは花が咲くような笑顔を見せるが、やがて何かに気付き、表情を曇らせた。


「あっ……で、でも、助けていただいた上に夕飯まで馳走になり、さらにお風呂なんて―――」

「変なこと気にしないで、さっさと行ってきなさい。それとも、私が張ったお湯を無駄にするつもり?」


 刹那姉ちゃんは露骨にあずきの言葉をカットし、重苦しい効果音を背負いながら腕を組んであずきを睨みつける。

 あずきはそんな刹那姉ちゃんの様子にびくっと肩をいからせ、数歩後ずさった。


「!? い、いや、滅相もないでござる! 是非、入らせて貰うでござるよ!」


 あずきは小動物のようにぷるぷると震え、必死に言葉を紡ぐ。

 きっと動物的な勘が、己の危険を察知したんだろう。

 僕だってあずきの立場なら、涙目になりながら返事を返していたはずだ。


「ふん、最初からそう言いなさい。ほらきな子姉さんも着替え持って、あずきをお風呂場まで案内して?」


 刹那姉ちゃんはいつのまにか準備していた着替えをきな子姉ちゃんに渡す。

 しかし本当に、いつのまに用意してたんだろ、次元を操作しているんじゃなかろうか。


「うおっしゃー! ブラザー! お風呂タイムの始まりだぜえ!」

「ふおっ!? きな子どの、“ぶらざぁ”って、なんでござるかあぁ!?」


 あずきはきな子姉ちゃんに担がれ、まるで祭りの神輿のような扱いでそのままお風呂場へと輸送されていく。

 今更だけど、持ち運びに便利な身長だなぁ。僕でも片手で持てそうだ。


「さて、と……じゃあ信。あんたきな子姉さんの部屋に行って、きな子姉さん用と来客用の布団を敷いてきなさい」


 刹那姉ちゃんは風呂場へと向かった二人を見送ると、腕を組んで僕の方へと振り返り、言葉を紡ぐ。

 またしても意外なその言葉に、僕の脳の処理は間に合っていない。


「へっ……? 来客用? あずき、今日泊まるの?」


 僕はぽかんと口を開け、刹那姉ちゃんの言葉を頭の中で反芻する。

 きな子姉ちゃんの布団はわかるけど、来客用ってことは、あずきの分だよね、多分。

 勝手に泊めちゃっていいんだろうか?


「あのねぇ、あの子は道で倒れてたんでしょ? さっきの話を聞く限り、多分これまでずっと野宿してきたはずよ。……あんた、夜中に女の子一人放り出すつもりだったの?」


 刹那姉ちゃんはため息を落として頭を横に振ると、これまでにないほど目付きを鋭くして僕を睨みつける。

 そうか。今あずきを外に出せば多分ずっと野宿を続けて、いつかまた倒れてしまうだろう。

 なら、選択肢は一つしかないじゃないか。


「ごめん、姉ちゃん。つまらないこと言っちゃったね」


 そう、迷うことなど何もないんだ。

 僕と刹那姉ちゃんは視線を交差させ、互いの想いを確認する。

 我が家の家訓を守るなら、この場は、迷うような場面じゃない。

 何せ我が時雨家の、唯一絶対の家訓は―――


「「困ってる人は、死んでも助けろ」」


 僕と刹那姉ちゃんはシンクロし、声を合わせて家訓を読み上げる。

 玄関に飾ってある色紙にはその言葉が達筆で書かれ、今日も我が家を見守っていた。

 困った人なんて滅多に見ないから忘れてたけど、我が家には、この家訓があったんだ。

 父さん達は旅にばかり行ってしまって家にほとんどいないけど、この家訓だけは死んでも守れと幼い頃から叩き込まれた。

 僕も刹那姉ちゃんも、きっときな子姉ちゃんだって、この家訓に疑問などない。

 むしろ、これからの人生を生きていく上での、一つの大切な指標だと考えているはずだ。

 それに何より―――


『僕自身、あずきを手伝ってあげたいと思っている。それは、正直な気持ちだ』


 僕はお風呂場の方を見つめ、あずきの無邪気な笑顔を思い出す。

 たった数時間の付き合いだけど、あずきがこれまでどんなに努力して、そして良い子だってことが、よくわかった。


『人との繋がりの深さは、一緒にいた時間じゃ計れない』って、どこかの映画で言っていたけど、その通りなのかもしれないな。


「あの様子だと、あずきはこれから高校に通う時もその辺で野宿するつもりでしょ。後で確認するけど、その時は―――」

「わかってるよ、刹那姉ちゃん。そっかぁ、あずき用のお箸とかいろいろ、揃えないとね」


 僕はどこかワクワクしたような、くすぐったい気持ちになり、思わず笑みが零れる。

 刹那姉ちゃんもそれにつられるように微かに笑うと、来を取り直すように言葉を続けた。


「ほら、二人がお風呂から出る前に、さっさとやっちゃいなさい。私はあずきのパジャマを用意するから」

「ん、わかった。行ってくるよ」


 僕は二階に上がる階段に足をかけ、小さく笑みを零す。

 そうか、数年とはいえ、あずきと一緒の家で暮らすんだなぁ。

 あずきの事情も聞いてみないとわからないけど、修業中(通学中)の寝泊まりはどうせ野宿予定のはずだ。

 何せあんな無茶な修業を小さな女の子に課すくらいだ。まさかホテルや住まいを準備してくれてるってわけでもないだろう。


「しかし忍者、か。まさか現実に存在するとは思わなかったなぁ」


 うちもかなり特殊な家ではあるけど、忍者には負ける。

 まあこれからあずきとは一緒にいる時間も増えるだろうから、その辺のことはおいおい聞いていけばいいだろう。


「なんか、突然妹が出来たみたいだ」


 僕は嬉しそうに笑いながら、肩を一度ぐるりと回して気合いを入れる。

 あずきの記念すべきこの家での第一夜だ。完璧なベッドメイクを見せてやろうじゃないか。


「よしっ、やるぞ!」


 僕はもう一度気合いを入れ、階段を上がっていく。

 いつも面倒ながらもやっていた布団敷きが、何故か今夜だけは楽しくて仕方がなかった。

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