第79話:マフラーねこねこ
「やっぱり休日だけあって人が沢山いるなぁ。どのお店も繁盛してるみたい」
「面白いお店が沢山あるものね。デパートとはまた違った魅力があるわ」
駅前商店街を歩く、僕と桜崎さん。お腹も良い感じに膨れているし、商店街を行き交う人達の表情も明るい。
商店街のアーチの上から差し込んでくる日の光を感じながら、店頭に並んでいる様々な商品に目を奪われた。
「あっ見て桜崎さん。あのマフラーあずきに似合いそう」
「マフラーはまだ早いんじゃない? ……いや、あの子は年中巻いてるか」
桜崎さんはくすくすと笑いながら言葉を紡ぐ。
僕は歯を見せて笑いながら言葉を続けた。
「ははは。もはや一心同体って感じだよ。お風呂以外はずっと巻いてるし」
「そういえばそうだったわね。この暑いのにマフラーなんて、ある意味忍耐力は凄いのかも」
桜崎さんはどこか納得した様子で頷き、恐らくその思考にはあずきの能天気な笑顔が浮かんでいるのだろう。
僕はマフラーをして楽しそうに飛び跳ねているあずきの姿を思い出しながら、桜崎さんに向かって質問した。
「桜崎さんは何か、特別な服ってある?」
「ああ、それはもちろん今日着てる―――」
「今日?」
「なっ、なんでもない」
「???」
桜崎さんは何故か口元を一文字に結び、赤くなった頬を隠すように俯く。
そんな様子に僕は疑問符を浮かべていたが、桜崎さんはすぐに商店街の奥を指さして言葉を続けた。
「あっほら、あそこ空き地だったのに、新しいゲームセンターができてる」
「ほんとだ。結構大きいね。せっかくだから入ってみようか」
オープン直後のせいか真新しい印象のあるゲームセンタの自動ドアをくぐり、中に入っていく。
煌びやかな照明と共に、賑やかなゲーム音が耳の奥に響いてきた。
「時雨君は結構ゲームとかやる方なの?」
「家でもゲーセンでも人並みにはやるかなぁ。レースゲームとか好きだけど、桜崎さんはゲーセンとか来るの?」
「友達とプリクラ撮りに来たりはするけど、ゲームはあんまりやったことないかも」
桜崎さんは人差し指を顎に当ててんーっと考えながら、僕の質問に答える。
ゲームはあんまり経験がないのか。それなら体験してみるのが一番かな。
「じゃあ一緒に何かやってみようか。最近は簡単操作のゲームもあるし―――」
「…………」
桜崎さんは突然足を止め、一点を見つめたまま動かない。
いつのまにか後ろにいた桜崎さんを不思議に思った僕は足を止めて振り返った。
「桜崎さん?」
「ふぇ!? あ、ああうん、そうね、一緒にゲームやりましょう」
桜崎さんは僕の声に気づいて歩みを進め、慌てた様子で返事を返す。
先ほどまで桜崎さんが見つめていた方角を確認すると、そこでは大き目のクレーンゲームが稼働していた。
中にはマフラーを巻いた可愛らしいねこのぬいぐるみが入っており、持ち歩くなら抱えなければいけないほどの大きさだ。
「クレーンゲームを見てたみたいだけど……あのぬいぐるみが欲しいの?」
「えっ!? いやあの、なんかあずきに似てるなって思って」
「あー、確かに似てるかも。マフラーねこねこだって」
僕はクレーンゲームに近づいてねこのぬいぐるみを近距離で視認すると、付けられたタグには“マフラーねこねこ”と書かれている。
いろんな表情のねこねこがあるけど、赤いマフラーで笑顔の子が一番あずきに似ている気がする。
「ほら、あずきって少しねこっぽいから。似てるでしょ」
「確かに。……よーし、じゃあ僕頑張ってみるよ」
「えっ!? い、いいわよ別に! あれかなり大きいし!」
腕まくりをした僕を見た桜崎さんは、わたわたと両手を横に振りながら声を荒げる。
動揺した様子の桜崎さんを見た僕は、にーっと笑いながら言葉を返した。
「おっ、僕の腕を舐めてるね桜崎さん。こう見えてもクレーンゲームは猛より上手なんだよ」
「そ、そうなの?」
桜崎さんは心配そうに胸元に手を当てながら、眉を顰めて言葉を紡ぐ。
そんな桜崎さんに対して、僕は親指を立てた拳をびっと突き出した。
「まあ見ててよ。ぱぱっと取っちゃうからさ☆」
そうしてコインを投入し、いよいよゲームスタート。
大き目のアームはゆっくりと動き、マフラーねこねこに向かってまっしぐらに動き出した。
「ぜ、全然取れない。ていうか全然取れないですじゃ」
「ぴくりとも動かないわね……」
あれから一体、どれだけのコインを投入しただろう。
クレーンに掴まれつつも、この可愛いねこねこは欠片も動かない。せいぜいちょっと浮いたくらいのものだ。
「やっぱりタイミングが悪いんだろうなぁ。うーん、もうちょっと奥を狙ってみるか」
僕は失敗した原因を冷静に分析し、次のために作戦を立てる。
その言葉を聞いた桜崎さんは、眉を顰めながら言葉を発した。
「も、もういいわよ時雨君。だいぶ投入しちゃってるし」
桜崎さんはどこか申し訳なさそうにしながら、僕に向かって言葉を発する。
そんな桜崎さんの言葉を聞いた僕は、キリッとしながら返事を返した。
「大丈夫だよ桜崎さん。刹那姉ちゃんに殺される覚悟はできてるから」
「なんか物騒な言葉が聞こえたけど!?」
動揺する桜崎さんをよそに、コインを投入する僕。
とはいえ、この後も遊ぶことを考えるとこれ以上のコイン投入は避けたいところだ。
「だ、大丈夫さ。この一回で必ず―――へっくし!」
「「あ」」
突然鼻がムズムズして、くしゃみをしたと思ったら、ボタンから手を放しちゃった。
僕は顔面蒼白になりながら、無慈悲に停止するクレーンをぼーっと見上げた。
「や、やっちまった。この大一番で操作ミスとか……」
「し、時雨君元気出して。よく頑張ったわよ」
桜崎さんはぽんぽんと僕の背中を撫でながら、ぐっと右手を握りこんで励ましてくれる。
それでも僕の喪失感と申し訳なさは消し去れず、気づけば膝を折ってしゃがんでしまっていた。
「うううぅ。僕のお小遣いがぁ」
なんてこった。これまでの投入が全て水の泡になってしまった。これなら桜崎さんがやったほうが良かったかもしれない。
僕は自身のかっこ悪さに打ちひしがれ、がっくりと肩を落とした。
「あれっ!? 時雨君、アームがタグに引っかかってない!?」
「えっ!?」
桜崎さんの声に驚きながら地面を見つめていた視界を上げると、確かにアームがぬいぐるみに付いているプラスチックのタグに引っかかっている。
そのままアームはねこねこをぶら下げ、ゆっくりと出口に向かって移動した。
「「も、もうちょっと。そのまま、そのまま……!」」
僕と桜崎さんはいつのまにかシンクロして、同時に同じ言葉を発する。
そんな僕たちの願いが通じたのか、ねこねこはすっぽりと出口の穴に落とされた。
「や、やや、やったぁ! 取れたぞおおおお!」
「し、時雨君、鼻水出てる」
桜崎さんは慌ててティッシュを取り出し、僕に向かって差し出す。
僕は差し出されたティッシュで鼻をかむと、すぐに屈んで景品出口からねこねこを取り出した。
「うー、よかったよぉ。正直もう無理かと思ってた」
「ふふっ、かっこ悪い」
「ひぇっ!? ひどい!」
とはいえ確かに今の僕は鼻水だらだらだし、かなり情けない。
桜崎さんにはかっこ悪いところを見られちゃったな。
「……でも、それがいいのかも」
「???」
頬を赤くしてはにかみながら、小さく言葉を落とす桜崎さん。
僕はそんな桜崎さんの言葉の意味がわからず首を傾げていたが、やがて両手に持ったねこねこの存在を思い出して桜崎さんに差し出した。
「あ、えと、これあげる。ちょっと大きいかもだけど」
僕は本来の目的を思い出し、マフラーねこねこのぬいぐるみを桜崎さんに手渡す。
桜崎は両手でしっかりとねこねこを抱きしめると、嬉しそうに顔を埋めながら言葉を紡いだ。
「……ありがと。凄くうれしい」
「あっ……う、うん。喜んでもらえたならよかった」
ぬいぐるみに顔を埋めて恥ずかしそうに笑う桜崎さん。
その笑顔を見た時僕の中で言いようのない感情が湧き上がり、思わず声を失う。
そうしてぼーっとしてしまった僕の手を、桜崎さんは思い切り引っ張った。
「さて、じゃあ他のゲームもやってみよっか。私奢るから」
「えっ!? い、いいよ! おごってもらうなんてそんな――――」
「いーから。貰いっぱなしは趣味じゃないの」
桜崎さんはにーっと歯を見せて笑いながら、ゲームセンターの奥へと僕を引っ張っていく。
嬉しそうな桜崎さんを見た僕はなんだか楽しくなって、同じように笑顔を浮かべると引っ張られるままに足を進めていた。




