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第77話:ちいさなたたかい

「さて、モブ子さんに頼まれたぬいぐるみを買いに来たわけだけど……」

「なにこれ。地獄?」


 デパートのぬいぐるみ売り場の前に立った僕と桜崎さんの視線の先では、鬼神のような顔をした女性たちが我先にぬいぐるみの元にたどり着こうと熾烈なポジション争いをしている。

 全員鬼気迫る表情で競り合っていて、完全に無法地帯だ。もしかしてだけど、床にぶっ倒れてるのが店員さんだろうか。たぶんそうだろう。


「ず、随分変わった販売方法をとってるみたいだね」

「変わったっていうか、完全に暴徒化してるじゃない。店員さん倒れながら泣いてるわよ」

「まあ泣きたくもなるよね……」


 僕は額に大粒の汗を流しながら、妙にムキムキな女性たちの戦いを見守る。

 しかし桜崎さんは意を決したように右手を握りしめ、こくりと頷いた。


「とにかく、あの中に入らないとぬいぐるみは買えないのよね。私、行ってくる」

「無茶しないで!? あそこに今から入るのは自殺行為だよ!」

「そんなこと言ったって、行かなきゃ買えないじゃない」

「まあ、そうなんだけどね」


 僕はむむむと腕を組んでしばらく考え、結論を導き出す。

 まあ、僕から手を出さずに防御に徹していれば死にはしないだろう。……しないよね?


「ぼ、僕が行ってくるよ。大丈夫、頑丈だし」

「そういうレベルの話じゃない気がするんだけど……ってちょっと!?」

「うおおおおお! 突撃!」

「時雨くーん!?」


 突然走り出した僕の背中に、心配そうな桜崎さんの声が響く。

 僕は打撃に耐えるため奥歯を噛みしめ、群雄割拠の戦場に飛び込んでいった。






「た、た、ただいま」

「おかえ……誰!? 時雨君!?」

「前がよく見えない」


 僕はフラフラとしながら桜崎さんの傍まで歩き、乱れた呼吸を整える。

 鏡がないから程度のほどはわからないけど、どうやら僕の顔は原型が無くなるくらい腫れあがっているようだ。


「ボコボコに腫れてるじゃない……と、とにかくあそこのベンチに行きましょう」


 桜崎さんの暖かい手に引かれて、ゆっくりとベンチに座る。

 僕はレジからモブ子さんの家に発送してもらったぬいぐるみのレシートを掲げながら誇らしげに言葉を紡いだ。


「へへへ。死にかけたけどなんとかぬいぐるみゲットしたよ」

「時雨君が死んだら何にもならないでしょ……ほら、動かないで」


 桜崎さんの手が僕の頬に触れ、冷たい布の感触が腫れた患部に当てられる。

 ひんやりとしたその感触に思わず感嘆の声を漏らした。


「あー、冷たくてきもちい」

「応急処置だけど、しばらくそうして冷やして―――」

「治った!」

「はやっ!? どういう体してるの!?」


 一気に開けた視界に爽快感を感じながら、しゅばっと両手を上げる僕。

 桜崎さんは心配そうに眉を顰めながら、小首を傾げて言葉を続けた。


「えっと、大丈夫? 気持ち悪くない?」

「うん。桜崎さんのおかげで気分爽快だよ。本当にありがとう」


 僕は歯を見せてにーっと笑いながら、正直な気持ちを桜崎さんに伝える。

 患部を冷やしてもらえたのは本当にありがたかった。


「え。あ。う、うん。どういためして」

「???」


 桜崎さんは何故か顔を真っ赤にしながら顔を背け、若干噛みながら返事を返す。

 僕なんか変なこと言っただろうか。


「あ、そ、そうだ! そろそろお昼にしない? 私お弁当作ってきたから」

「ほんとっ!? わぁ、楽しみだな!」


 そういえば運動したせいか、結構お腹が空いている。

 僕は桜崎さんのタイミングの良さに感謝しながら、お弁当が食べられそうな場所を探し始めた。

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