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第76話:待ち合わせ

 昼下がりの駅。僕は少しだけ早くなった胸の鼓動を抱えながら改札を通り抜ける。

 せっかく出かけるんだから、もっとおしゃれすべきだったのだろうか。いや、そもそも僕にはセンスがない。下手におしゃれをしようと考えるのは自殺行為だ。

 いつも通りでいいんだ。いつも通りで。

 僕は着慣れている服の襟を直しながら、待ち合わせ場所である駅前広場へと向かった。

そうして駅前にある時計台を見上げると、時間にはまだかなりの余裕があることに気づいた。

うん。さすがにちょっと早く来すぎたかな。さすがに桜崎さんはまだ―――いるっ!?


「…………」


つ、つい隠れてしまった。何をしてるんだ僕は。

駅前広場で一人立っている桜崎さんを見た僕は、咄嗟に街路樹の陰に隠れる。

いやいや、普通に出ていけばいいじゃないか。なんかびっくりしすぎて隠れてしまった。

だってまだ、待ち合わせ時間までは一時間くらいある。まさか先にいるとは思わなかった。


「…………」


それにしても落ち着かないな、桜崎さん。なんかソワソワしてる?

視線の先に立っている桜崎さんは何度も改札の方に視線を向けながら、落ち着かない様子で視線を泳がせている。

その時、一人の青年が桜崎さんに声をかけた。


『ねえねえ。今ひとり? よかったら遊ばない?』

「あっ……」


 思わず、声が漏れる。突然のことに思考が追い付かない。

 しかし次の瞬間放たれた桜崎さんの言葉に、僕の意識は無理やり直立させられた。


「は? 自分の顔見てから言ってくれる? ていうか息臭いし気持ち悪いし、生理的に無理だから」

『うわ。な、なんだよ……』


 青年は眼光鋭い桜崎さんのカウンターを受け、そそくさと退散する。

 久しぶりに桜崎さんの毒を聞いた僕は、自分が受けたわけでもないのに気づけば腹を抑えていた。


「うう。胃が、胃が痛いぃ」


 過去の忌まわしき記憶が蘇る。桜崎さんと出会ったばかりの頃は、あの毒を全身に浴びていた。

いや、もうあんなことはないと思う。思いたい。

 しかし男の子に話しかけられた後の桜崎さんは明らかに不機嫌そうに胸の下で腕を組んでいて、今にも怒りが爆発しそうだ。

 僕は今すぐにでも胃壁が崩壊しそうな予感を感じながら、恐る恐る桜崎さんに話しかけた。

 一歩足を進めるたびに近づいてくる、不機嫌そうな桜崎さん。僕は心臓と胃が爆発しそうな錯覚に陥りながら、震える手を上げた。


「さ、桜崎さん。遅くなってごめんね」

「あっ……」

「へ?」


 不機嫌そうに地面を見つめていた桜崎さんは僕の声を受けると、一瞬にして花咲くような笑顔を見せる。

 その後もごもごと口元を動かしたかと思うと、やがて桜崎さんは絞り出すように言葉を落とした。


「あ、えっと、うん。私も今来たとこだから、大丈夫」

「えぅ。はい。それはなによりっす」

「???」


 僕はしどろもどろになりながら、かろうじて桜崎さんへ返事を返す。

 笑顔に見とれてましたなんて、とても言えるわけもなく。

 すっかり乾いてしまった喉を鳴らしながら、先ほどよりも早くなっている胸の鼓動を感じていた。

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