第68話:夜の予定は?
「いよっしゃー! 旅館に着いたどー!」
ずっとワゴン車を押してきたきな子姉ちゃんは、濃い顔をしながら情熱的なガッツポーズを決める。
そんなきな子姉ちゃんを運転席から見つめていた刹那姉ちゃんは、遠い目をしながら話しかけてきた。
「……信。私ずっと思ってたことがあったんだけど、今日確信を得たわ」
「何? 刹那姉ちゃん」
「きな子姉さんはやっぱり人間じゃないわ」
「ひどっ!? そんなはっきり言わなくても!」
「だって。海岸からここまで一回も休まずに6人乗りのワゴン車を押してきたのよ? これはもう化け物でしょ」
刹那姉ちゃんは大きなため息を落としながら、旅館の入り口で飛び跳ねているきな子姉ちゃんを見つめる。
そんな刹那姉ちゃんに、僕は慌てて言葉を返した。
「そこは強く言い返せないけど……。で、でもここまで頑張ってくれたんだし、やっぱり労わないと!」
「そもそもこうなった原因はきな子姉さんじゃない。自業自得よ」
「うぐっ」
車を降りながら会話を続けるが、刹那姉ちゃんは一歩も退く気配がない。
まあ確かに言ってることは物凄く正論なんだよなぁ。
「せっちゅわぁーん。人肌恋しいからおんぶしてぇー」
「……はぁ。部屋に戻るまでだからね」
「マジで!? ひゃっほうやったぜ!」
「ははは……」
なんだかんだできな子姉ちゃんを甘やかす刹那姉ちゃんを見て、僕は小さく笑い声を響かせる。
やっぱり刹那姉ちゃんも、心の底では感謝してるんだろうなぁ。
「モブ子どの。足元気をつけるでござるよ」
「ありがとう望月さん」
「もう具合は良さそうね。顔色も良くなってる」
「うん。もう全然元気だよ。二人ともありがとね」
いつのまにかモブ子さんはあずきに手を引かれながら車を降りていて、桜崎さんの言う通り顔色も良くなっているみたいだ。
そんなモブ子さんを見た猛は、安心したように笑いながら僕に話しかけてきた。
「やー、元気になってよかったよかった。ところで信。夕飯なに?」
「僕は女将さんじゃないんだけど……確か、この辺でとれた魚介類を使った海鮮料理らしいよ」
僕はチェックインした時に女将さんから聞いていた話を思い出し、猛に向かって返事を返す。
やがて旅館の玄関に入ると、猛が一点を見つめて動かなくなった。
「ん? どうしたの猛。……パンフレット?」
猛の視線の先には、いくつか観光案内のようなパンフレットが見える。
すると猛はその中の一枚を手に取り、言葉を続けた。
「おう。”流星の丘”だってさ」
「へぇ。この辺は星も綺麗なんだね」
「っ!?」
僕と猛が流星の丘について話していると、隣にたまたま立っていた桜崎さんから熱い視線を感じる。
そんな様子を疑問に思った僕は、直接聞いてみることにした。
「あの、桜崎さん。どうかした?」
「へぁっ!? い、いや、べつにぃ!?」
「???」
桜崎さんはそっぽを向きながらぴゅいーっと口笛を吹いていて、明らかにいつもと様子が違う。
そんな桜崎さんに疑問符を浮かべていると、今度は逆方向から猛の声が聞こえてきた。
「うーん。でも会場が結構遠いんだな。夕飯食ってから行くと遅くなるかも」
「ああ、そうだねぇ。今日のところは温泉を楽しむだけにしておこっか」
「あ……」
「???」
僕と猛の会話を聞いていたのか、桜崎さんのいる方から小さく漏れたような声が聞こえる。
その声を不思議に思っていると、いつのまにかあずきを抱っこしているモブ子さんが話しかけてきた。
「えっと、でも行けるんじゃないかな? ほら“当旅館から直通バスが出ています“って下の方に書いてあるし」
「あ、ほんとだ。こんな小さい文字よく見つけたねぇ」
モブ子さんに言われた通りパンフレットを見てみると、確かに直通バスの記述がある。それなら遅くなっても旅館に戻ってこれるかもしれないな。
「じゃ、じゃあ私、きな子さん達にも相談してくるね!」
「えっ? あ、うん」
普段と違って活動的なモブ子さんを不思議に思いながらも、返事を返す僕。
しかし動こうとしたモブ子さんを遮るように、きな子姉ちゃんの茶色い髪が飛び出してきた。
「その必要はないぜモブ子ちゃん! もう聞いてたからな!」
「ひやぁ!?」
「きな子姉ちゃん。おんぶされた状態でキメ顔しないでよ」
何故かキメ顔で声をかけてきたきな子姉ちゃんに対し、ツッコミを入れる僕。
しかしきな子姉ちゃんは僕に構わずさらに言葉を続けた。
「んなことより信ちゅわぁん! このイベントは絶対参加っしょ! 行くしかないっしょ!」
「あ、ああ、うん。僕も行きたいなぁとは思ってるよ」
顔をずいっと近づけながら声を荒げてくるきな子姉ちゃんに対し、頭に大粒の汗を流しながら返事を返す。
すると刹那姉ちゃんが、きな子姉ちゃんをおぶったまま言葉を挟んできた。
「ま、いいんじゃない。ここでしか見られないものもあるでしょ」
「そう、だね。じゃあ行くことにしようか」
刹那姉ちゃんの了承も得られたことだし、僕が否定する理由もない。
そうして場の空気が行くことに決まった瞬間、あずきはおーっと両手を天井に向かって突きあげた。
「おおーっ! お星さまでござる!」
そんなあずきを微笑ましく見ていたけど、そこで桜崎さんの意見を聞いてないことに気づいた。
僕は体を桜崎さんの方に向けると、意見を聞こうと口を開く。
「あ、そうだ。桜崎さんもそれでいい―――」
「いいわ!」
「えっあっ、はい」
食い気味で返事を返してきた桜崎さんに驚き、ぽかんと口が開く。
呆然とする僕を尻目に、きな子姉ちゃんは勢いよく片手を天井に突き上げた。
「よぉし、じゃあ夜は星空鑑賞だな! 楽しみだぜ!」
「楽しみでござるな、モブ子どの!」
「うん! そうだね!」
楽しそうに笑い合うみんなの姿を見ながら、僕も穏やかに微笑む。
こうして旅行先で過ごす初めての夜は、ゆっくりと更けていくのだった。




