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第67話:きな子スーパーハッスルタイム

 夕暮れと夜の間。群青と茜色の空の下で、モブ子と桜崎は駐車場へと歩いていく。

 モブ子は眉を顰めながら遠慮がちに言葉を発した。


「あの、桜崎さん。さっきの話だけど……」

「ん? あー、気にしないでよ。私は大丈夫だし」


 桜崎は歯を見せて笑いながら、すっきりとした表情で返事を返す。

 しかしモブ子は相変わらず困ったように眉を顰め、さらに言葉を続けようと口を開いた。


「でも―――」

「いいから! あ、借りた車がある駐車場が見えてきたよ!」


 桜崎はレンタカーが置いてある駐車場を指さし、モブ子へと言葉を発する。

 そんな桜崎の言葉を受けたモブ子は動揺しながらも返事を返し、こくりとうなずいた。


「う、うん……えっ?」

「あれ。これって……」


 やがて駐車場に近づいた二人を迎える、二つの車輪。

 呆然と口を開ける二人だったが、やがてモブ子がぽつりと言葉を落とした。


「あの、これって自転車……だよね」


 呆然とする二人の前に置かれている、二人乗りの自転車。

 赤く輝くそのボディを見つめながら、二人は呆然とその自転車を見つめていた。







「ごめんねモブ子さん。レンタカーは借りれたんだけど、きな子姉ちゃんが車のキーをへし折っちゃって……」

「やー、申し訳ない。まさかエンジンスタートから躓くとは」


 僕は駐車場へとやってきた桜崎さんとモブ子さんに向かって、深々と頭を下げる。

 きな子姉ちゃんはカラカラと笑いながら頭をかいているけど、深刻さは欠片も感じられなかった。


「うーん、見事に根元からポッキリいってるでござる」

「どういう力でエンジンかけたらそうなるんすか姐さん。さすがっす!」


 あずきは「おおーっ」と感心した様子で折れたキーを見つめ、猛は興奮した様子できな子姉ちゃんをを賛美している。

 やがて状況を理解してくれたのか、桜崎さんは僕に向かって質問してきた。


「それで、代わりの車は借りれなかったの?」

「あ、うん。今日は利用者が多くて、これが最後の一台だったんだってさ」

「店主どの泣いていたでござるなぁ」


 状況は酷いものだけど、あずきが言うと何故か緊張感が無くなるなぁ。

 桜崎さんは苦笑いを浮かべながらあずきの頭を撫でると、さらに言葉を続けてきた。


「まあキーは弁償するとして……なんで自転車?」


 頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる桜崎さん。

 すると今度は、いつのまにか自転車に跨ったきな子姉ちゃんが返事を返した。


「だってこれなら人力でいけるっしょ!? 私がモブ子ちゃんをばっちり旅館まで送り届けてあげるかんね!」

「気合いがすごい」


 ぐっと立てた親指を突き出してくるきな子姉ちゃんと、それを呆然としながら見つめる桜崎さん。

 そんな状況を見た刹那姉ちゃんは、両手で顔を抑えて俯いた。


「ごめん。馬鹿な姉で本当にごめんなさい……」

「せ、刹那さん謝らないでください! 私だいぶ具合は良いですし、バスで帰れますから!」


 がっくりと項垂れてしまった刹那姉ちゃんを心配してくれたのか、モブ子さんはわたわたと両手を動かしながら声をかける。

 しかしそんなモブ子さんの言葉を聞いた猛は、腕を組んでバス停の方を向きながら返事を返した。


「いや、バスってのはちっと無理だろうな」

「えっ?」


 猛の言葉に反応したモブ子さんは、不思議そうにしながらバス停の方へ視線を向ける。

 そこでは、バスに乗ろうとする人々の地獄絵図が展開されていた。


『押すなコラァ! 乗れねえだろ!』

『ていうかこの人数でバス一台は無茶じゃね!?』

『荷物入れなら空いてるぞ』

『わぁーサウナ室みたいで素敵。マジやせる~……ってんなわけあるか!』

『み、皆さん落ち着いてくださーい!』


 バスの運転手さんは無理に乗り込まないように車内放送しているようだけど、ちょうど帰りの時間帯ということもあってバスは超満員だ。

 バス停にも大量のお客さんが残っているようだし、これは乗れるようになるまで何時間も待つはめになりそうだ。


「ご覧の通り、バスはアホみたいに混んでいる。恐らく次のバスもその次のバスも満員だろう」

「な、何故そんなことに……」


 モブ子さんは頭に大粒の汗を流しながら、大変なことになっているバス停を遠目に見つめる。

 そんなモブ子さんの問いに答えるべく、あずきが口を開いた。


「あー、なんでも突然割れた海を見に観光客が押し寄せたそうでござるよ」

「あはは。バスの運ちゃんも大変だよね~」

「それ原因きな子姉ちゃんだからね!? ちょっとは責任感じて!」


 あっけらかんとしているきな子姉ちゃんに対し、声を荒げる僕。

 しかしきな子姉ちゃんは全く悪びれる様子もなく、自転車に跨りながらバチコーンとウィンクしてきた。


「大丈夫だよ信ちゃん♪ 私は自転車上手いし!」

「あー……いや全然大丈夫じゃないよ! 一人しか運べないじゃん!」


 僕は湧き上がってくる頭痛を抑えながら、きな子姉ちゃんへとツッコミを入れる。

 するとそんな僕の言葉を聞いた刹那姉ちゃんが、突然俯いていた顔を上げた。


「一人しか運べない……? それだわ!」

「どれだわ?」

「いいから信。ちょっと耳貸して」

「あ、はい」


 刹那姉ちゃんに呼ばれた僕は、近くに寄って耳を差し出す。

 手を筒の形にした刹那姉ちゃんは、小さな声で内緒話を始めた。


「うんうん……ええっ!? そりゃいけるだろうけど、いいのかな……」

「緊急事態よ。四の五の言ってらんないでしょ」

「そ、そうだね。今は一刻も早く旅館に帰らないと」


 僕は刹那姉ちゃんの言葉に同意し、僕と刹那姉ちゃんは同時にこくりと頷く。

 そしてそのまま僕は、きな子姉ちゃんへと声をかけた。


「きな子姉ちゃん! ちょっといい!?」

「おう、なんだい信ちゃん。後ろはモブ子ちゃんが予約済みだぜ」

「そうじゃなくて、ちょっとやってみてほしい健康法があるんだ。この健康法を実行すると足が長くなって胸が大きくなり、ついでに頭もよくなる」

「マジで!? やるやる! やりますとも!」


 きな子姉ちゃんはキラキラと目を輝かせ、僕の話に耳を傾ける。

 なんだか騙すようで申し訳ないけれど、まあきな子姉ちゃんのせいでもあるからなぁ……






「刹那姉ちゃん。そこの信号を右だよ」

「オーケー。快調に進んでるわね」


 僕らは借りてきた車に乗り込み、順調に旅館に向かって進んでいる。

 僕は助手席から後ろに座っているモブ子さんの方を向き、声をかけた。


「モブ子さん、具合は大丈夫?」

「あ、うん。私は大丈夫なんだけど……」

「どうかした?」


 もじもじと両手を合わせているモブ子さんを不思議に思いながら、僕は小さく首を傾げる。

 するとモブ子さんは少し言いづらそうにしながらも、やがて言葉を続けた。


「えっと……きな子さんは大丈夫なの?」

「うおおおおお! 外あっちぃぜ! や、痩せる!」


 きな子姉ちゃんは今、僕たち6人が乗った車を一人で後ろから押している。

 押すこと自体はきな子姉ちゃんなら楽勝だろうけど、この暑さは多少こたえるかもしれない。


「まあ、大丈夫だよ。きな子姉ちゃんタフだし」

「これはタフとかいう問題なのかしらね」

「凄いガッツでござるなーきな子どの。さすがでござる」


 あずきはいつのまにかモブ子さんの膝上に座りながら、上機嫌で言葉を紡ぐ。

 モブ子さんはあずきが落ちないようにしっかりと抱きしめながら、困ったように笑った。


「あ、あはは。望月さんは全然動揺しないんだね」

「まあこれも修行の一環でござるからな! 拙者も参加したいくらいでござる!」


 あずきはにぱーっと曇りのない笑顔を浮かべながら、頭上のモブ子さんへと返事を返す。

 モブ子さんが「そっかぁ」と返事を返していると、桜崎さんが胸の下で腕を組みながら言葉を紡いだ。


「まあ、あずきはやめときなさい。あんたがやると絵的にやばいから」

「???」

「あ、あはは。きな子さんでも十分まずいと思うんだけど……」


 モブ子さんはどこかズレている桜崎さんのツッコミに苦笑いを浮かべながら言葉を返す。

 やがて車の後ろから、きな子姉ちゃんの大声が響いてきた。


「信ちゅわぁん! なんかめっちゃ汗出てきたんだけど、この健康法大丈夫!?」


 背後から聞こえてきた声に気づいた僕は刹那姉ちゃんと無言のアイコンタクトを取り、やがてゆっくりと助手席の窓を開ける。

 そのまま頭だけを外に出すと、迷わず返事を返した。


「その汗は効いている証拠だよきな子姉ちゃん! 明日にはナイスバディの仲間入りさ!」

「マジで!? よっしゃー! 地球の果てまで押してやるぜぇ!」


 きな子姉ちゃんはキラキラと瞳を輝かせ、これまで以上の力で車を押し続ける。

 僕は海風に吹かれながら若干の罪悪感を抱え、揺れの少ない車内からきな子姉ちゃんの様子を見守っていた。

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