第66話:俯いた頬には
「え、と、あの……」
「???」
わたわたとした僕の様子に疑問符を浮かべ、小首をかしげるモブ子さん。
綺麗な瞳には夕日が写り、僕の胸の鼓動はさらに早くなっていった。
なんだろう、なんだこれ。胸がドキドキして視線が定まらない。顔も熱い気がする。
「あの、しぐれくん。どうしたの?」
「へぇっ!? あ、いや、なんでもないよ!」
「そ、そう」
心配そうに眉を顰めるモブ子さんに、慌てた様子で返事を返す。
おかしい。なんでかモブ子さんの顔が見られない。なんでだろう。
「本当にだいじょぶ? 顔、赤いよ?」
モブ子さんは本当に心配そうに眉を顰め、一歩僕に近づく。
その瞬間女の子特有の花のような香りが届き、ますます僕の胸の鼓動は早くなった。
「えっ。あ、う……。ご、ごめん。モブ子さんを見てたらなんか、顔が熱くなっちゃって」
「えっ……」
しどろもどろになりながらかろうじて紡いだ言葉。
そんな僕の言葉を受けたモブ子さんは綺麗な両目を見開き、ぽかんと口を開ける。
そうしてしばらくすると、モブ子さんの顔もどんどん赤くなっていった。
「…………」
「…………」
そうして降りてくる、沈黙の時間。
僕とモブ子さんは向かい合ったまま赤い顔で俯き、互いに言葉を発せずにいる。
僕は意を決して息を吸い込むと、モブ子さんの方に顔を向けて口を開いた。
「あ、あの、モブ子さ―――」
「二人とも、そろそろ車の準備ができるわよ」
「ひぃあっ!?」
突然背後から響いてきた声に驚き、すっとんきょうな声を響かせる僕。
後ろに振り替えると、両目を見開いた桜崎さんが立っていた。
「び、びっくりした。なんて声出してるの?」
「ご、ごめん桜崎さん。びっくりしちゃって」
眉を顰めている桜崎さんに向かって、両手を合わせて謝罪する。
そんな僕の言葉を受けた桜崎さんは、小さくため息を落として言葉を続けた。
「こっちこそ驚いたけど……まあいいわ。とりあえず車はあっちの駐車場にあるから、時雨君は先に行ってて。私は桃園さんと少し話があるから」
桜崎さんは遠目にある駐車場を指さし、少し早口で言葉を発する。
そんな桜崎さんの言葉を聞いた僕は、頭に疑問符を浮かべながら返事を返した。
「えっ? 別に話があるならここで―――ナンデモナイデス」
有無を言わさぬ桜崎さんの雰囲気に気押され、数歩後ずさる僕。
そのまま静かに僕を睨んでいる桜崎さんを尻目に、僕は駐車場に向かって歩き出した。
「えっと、じゃあ先に行ってるね。モブ子さん、起きたばかりなんだから気を付けて」
「あっ、うん。ありがとう、しぐれくん」
ぱたぱたと手を振るモブ子さんと、小さく手を立てている桜崎さん。
少しいつもと様子の違った桜崎さんの様子に疑問を持ちながらも、僕はみんなの待つ駐車場へと急いだ。
信が立ち去った後の高台には、桜崎とモブ子だけが残される。
モブ子は信の背中が小さくなっていくのを見送ると、自身の両頬に手を当てて俯いた。
「……うぅ。なんかまだ顔赤いかも」
「…………」
困ったように眉を顰めるモブ子の横顔を見つめ、無言のまま胸の下で腕を組む桜崎。
やがて桜崎はゆっくりとした動作で海の方に体を向けると、小さな声で言葉を紡いだ。
「桃園さんって、さ。時雨君のこと好きなの?」
「へぅっ!?」
単刀直入に突き刺さる、桜崎の言葉。
モブ子はわたわたとしながらも返事を返した。
「えっと、その、好きっていうか、嫌いではもちろんなくて、でも私はただのクラスメイトだし、あの……!」
顔を真っ赤にしながらわたわたと両手を動かすモブ子。
そんなモブ子の様子を横目で見た桜崎は、小さく笑いながら言葉を続けた。
「ふふっ、もういいわ。なんとなくわかったから」
「あぅ」
なんだか自身の感情を全て見透かされているような気がして、モブ子はさらに熱くなった自身の体を抱きしめて俯く。
しかし次の瞬間、桜崎の言葉がモブ子の顔を上げた。
「……そっか。そっかそっか。じゃあ私は、身を引こうかな」
「えっ……」
モブ子はその言葉の意味が理解できず、しかしその声のトーンから、深い感情の込められたものだということを察する。
動揺したモブ子の瞳を見つめながら桜崎は歯を見せて笑い、言葉を続けた。
「私はもう、彼にふさわしくないのよ。私は桃園さんも大好きだし、二人が一緒にいたいというなら応援する」
いつのまにか力ない笑顔になった桜崎は、少し眉を顰めながら言葉を紡ぐ。
そんな桜崎の言葉を聞いたモブ子はようやくすべてを理解し、言葉を返そうと大きく口を開いた。
「桜崎さん! それは……!」
「それより行こう、桃園さん。みんな心配しちゃうよ」
「あっ、えっ、桜崎さん!?」
モブ子の言おうとしていることがわかっているから、桜崎はモブ子の手を引いて駐車場へと歩き出す。
俯いたその顔の表情は、誰も知ることはできない。
しかしその頬に流れる一滴の何かを、海だけははっきりと見つめていた。




