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第64話:時雨流

 青い海と白い砂浜。楽しそうに遊ぶ人々の声もまるで一種の音楽のように僕の心を弾ませる。

 パラソルの陰に入っているシートに横たわると、心地の良い海風が体を撫でていった。


「いやぁモブ子さん。海って本当に良いところだねぇ。すごく落ち着くよ」

「そうだねしぐれくん。みんなも楽しそうだし、本当に来てよかった」


 モブ子さんははしゃぎまわる猛ときな子姉ちゃんの姿を見つめ、柔らかに微笑む。

 そんなモブ子さんの笑顔を隣で見た僕は、同じように笑った。


「ねえあなたたち、あずきを見なかった? ちょっと目を離したらいなくなってたのよ」


 いつのまにかパラソルに近づいてきていた桜崎さんは、胸の下で腕を組みながら僕たちに質問する。

 そんな桜崎さんの言葉を聞いた僕は、体を起こしながら返事を返した。


「あずきは見てないなぁ。さっきまで海で一緒に遊んでたよね?」

「ええ。ちょっと喉が渇いたから飲み物を飲みに来たんだけど、気づいたら浮き輪に乗ってたあずきがいないのよ」


 桜崎さんは心配そうに眉を顰め、キョロキョロと浜辺を見回す。

 僕とモブ子さんも一緒に浜辺を見回すが、確かにあずきらしき姿は見られなかった。


「おかしいなぁ。どこに行っちゃったんだろ―――」

「おぉーい信どのぉ! 拙者すごい沖まで来てるでござるよ!」

「ん? 今微かにあずきの声が……いたぁ!?」

「えっ!? ど、どこ!?」

「ほら、あそこ! めちゃめちゃ沖まで流されてる!」


 僕は沖で呑気に浮き輪に乗りながら手を振っているあずきを指さし、慌てた口元で言葉を紡ぐ。

 するとそれ以上に慌てた口で桜崎さんは言葉を返してきた。


「ほんとだ!? ど、どどどどうしよう! こういう時はえっと、人工呼吸!?」

「落ち着いて桜崎さん! まずは心臓マッサージだよ!」


 僕は沖合に流されたあずきの姿を見て完全に動揺し、混乱しながら言葉を返す。

 そんな僕の言葉に桜崎さんが「そ、そうね!」と返事を返したところで、モブ子さんがおずおずと言葉を発した。


「あ、あの、二人とも落ち着いて。まずはお姉さん達に知らせなきゃ」

「「それだ!」」

「ふぇっ!?」


 僕と桜崎さんに同時に指さされたモブ子さんは、明らかにびっくりした様子で頬を赤くする。

 やがて僕は刹那姉ちゃんたちが遊んでいた場所へと駆け寄り、すぐに声をかけた。


「おおーい姉ちゃん大変だ! あずきが沖まで流された!」

「ん? ああ本当ね。仕方ない、私が泳いで助けに行くわ」

「さっすが刹那姉ちゃん! 頼りになる!」


 僕は両手を組んでキラキラとした視線を送りながら、凛々しく海に向かって歩いていく刹那姉ちゃんの背中を見送る。

 しかしそんな刹那姉ちゃんの歩みを、横からしゅばっと現れたきな子姉ちゃんが制した。


「ちょおっと待ったせっちゃん! ここは私にお任せあれ!」

「いや結構よ。姉さんはそこで砂でもいじってて」

「扱いひどくない!?」


 あんまりな刹那姉ちゃんの言い草に、ガーンという効果音を背負いながら声を荒げるきな子姉ちゃん。

 やがて気を取り直すと、きな子姉ちゃんはふんすと鼻息荒く言葉を続けた。


「ま、大丈夫だよせっちゃん! ちょっと海割るだけだから!」

「全然大丈夫じゃないわよ! それやめてっていつも言ってるでしょ!?」


 刹那姉ちゃんはきな子姉ちゃんの声に反応すると、声を荒げて反論する。

 そんな二人の言葉を聞いたモブ子さんは、遠慮がちに質問してきた。


「あ、あのぅしぐれくん。海を割るってどういうこと?」

「あ、ああ。そういえば二人には話してなかったね。僕の家は代々格闘技道場を営んでいて、きな子姉ちゃんはそこの師範なんだ」

「そうだったの!? 知らなかった……」

「ええ。私も初耳だわ」


 二人は驚いた様子で僕を見返し、それぞれの反応を返す。

 そんな二人の姿を見た僕は、眉を顰めながら言葉を続けた。


「ごめんね。まあ話すほどのことでもなかったし、それに―――」

「ああもう姉さんやめて! やめ―――」

「よーし今助けるぞあずき! 時雨流格闘術奥義・下からの抉り込むようなアッパー!」


 きな子姉ちゃんは勢いよく拳を自身の体の後ろに引いたかと思えば、下段から抉るようなアッパーを海に向かって突き出す。

 すると海は地面から抉られるように割れはじめ、あずきの浮いている場所まで道が出来上がった。


「はぁぁぁぁぁ!?」

「う、海が、割れてる……!?」


 モブ子さんと桜崎さんはあんぐりと口を開け、目の前の状況に驚愕する。

 そりゃそうだよなぁ。僕だって最初に見たときは驚いたもの。


「まあ二人に話してなかったのは、きな子姉ちゃん達の滅茶苦茶な強さを表現する言葉がなかったから、なんだよね。ははは……」


 僕は苦笑いを浮かべながら、ポリポリと頬をかく。

 そんなことをしている間にきな子姉ちゃんは割れた海の道を駆け抜け、浮き輪ごとあずきを抱え上げた。


「おおーいせっちゃん! あずき助けたぞー!」

「助けられたでござる!」


 あずきは何故か誇らしげな表情できな子姉ちゃんに抱えられ、それを見た周囲の人々は声も出ない様子でぽかんと口を開ける。

 そんな状況を察した刹那姉ちゃんは、がっくりと両肩を落とした。


「ああもう、結局止められなかった……」

「ひゅうー! きな子姐さん最高っすよ! マジ半端ねえ!」


 興奮した様子の猛と、がっくりと肩を落とした刹那姉ちゃん。

 対照的な二人の姿に苦笑いを浮かべた僕は、改めてモブ子さんたちの方に向き直った。


「まあ見た通りきな子姉ちゃんは化け物みたいな強さだけど、気にしないでね。危害は加えてこないからさ」

「…………きゅう」

「桃園さん!?」

「モブ子さん!? 気をしっかり!」


 モブ子さんは目の前の光景があまりに刺激が強すぎたのか、ふらっとその場に倒れ込む。

 僕と桜崎さんは慌ててモブ子さんに近づき、その体を揺すり続けた。


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