第60話:たのしいこと
「お、あったあった。この饅頭が美味しかったんだよなぁ」
僕は旅館の一階にあったおみやげ屋さんで部屋に置かれていた饅頭を見つけ、その箱を手に取って見つめる。
おみやげを渡すような人はみんな一緒に来てしまっているんだけど、まあ自分とか姉ちゃん達用に買って帰っても良いだろう。
それにしても旅館の一部であるおみやげコーナーなのに、随分品揃えが充実してるな。この辺りは名産も多いし、紹介したいものが沢山あるってのは良いことだ。
売店の近くにはマッサージ椅子が置いてあるリラクゼーションエリアまであるみたいだ。風呂上りにやったら気持ち良いかもしれないな。
「まあまだ昼間だし、使ってる人は―――」
「おどどどど。揺れるでござう~」
「あずき!? なんでマッサージされてんの!? ていうかそれマッサージかな!?」
あずきはマッサージ椅子に座りながら、背もたれから送られる振動でドコドコと後頭部を揺らされている。
本来は背中に来るべき位置が頭に来てるからなんだろうけど、これもうマッサージじゃないよね。後頭部殴られてるだけだよね。
「しんどのぉ~。これ面白いでござうよぉ」
「マジでか。あずきのほっぺが揺れて面白いことになってるよ」
僕は頭に大粒の汗を流しながらあずきに近付き、そっとマッサージ機のスイッチを切る。
ようやく振動から開放されたあずきは、にぱーっと笑いながら言葉を発した。
「やー、面白かったでござる。旅館には面妖な機械が置いてあるでござるなぁ」
「あずきにはちょっと早かったかもね。肩もぷにぷにだし」
「はははっ。くすぐったいでござるよ」
つんつんとあずきの肩を触ると、ぷにぷにとした感触が返ってくる。
僕も肩こりがあるわけじゃないし、僕らがマッサージ機のお世話になるのはまだ少し先になるかなぁ。
「やーそれにしても、本当に楽しいでござるな。拙者旅行は初めてでござるから、ワクワクが収まらないでござる」
「そっか。僕もこんなに賑やかな旅行は初めてだし、凄く楽しいよ」
にっこりと笑った僕に応えるように、あずきはにーっと歯を見せて笑う。
その笑顔には一点の曇りもなく、僕は改めてあずきという存在の凄さを感じた。
「信どのに拾ってもらってから今まで、楽しいことしかおきてないでござる。なんだか怖いくらいでござるよ」
あずきはにっこりと笑いながら天井を見上げ、どこか遠い目で言葉を紡ぐ。
そんなあずきの言葉を受けた僕は、その頭をぽんっと撫でながら返事を返した。
「あずき。旅行も僕らの生活も、全ては始まったばかりなんだ。これからだって楽しい事は沢山おきるよ」
約束したっていい。そう言葉を続けながら、僕はにっこりと微笑む。
そんな僕の顔を見たあずきは一瞬ぽかんと口を開けていたかと思うと、少しだけ頬を赤くしながら顔を背けた。
「……そうでござるな。信どのの言う通りでござる」
やがてあずきは歯を見せて笑いながら、満面の笑顔を僕に見せる。
僕が無言のまま頷くと、あずきはぴょーんっと椅子から飛び降りた。
「では、拙者はそろそろお部屋に戻るでござる! 信どのもそろそろ戻った方が良いでござるよ!」
あずきはしゅぴっと敬礼してから、とことこと走って部屋へと戻っていく。
そんなあずきの背中を見送った僕は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。
「楽しい、か。まあこのメンバーだもん、楽しくなきゃ嘘ってもんだよな」
僕は楽しそうに笑うみんなの顔を思い浮かべると胸の奥が温かくなって、小さく笑う。
やがて部屋に戻った僕は、「寂しかったー!」と喚く猛の対応に手を焼くことになるのだった。




