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第59話:モブ子とたんけん

 結局男女別々の部屋に通されたため、僕と猛は部屋に荷物を置いてダラッっと畳の上に横たわる。

 綺麗に清掃された部屋の畳は背中に心地よく、なんだか眠くなってしまいそうだ。


「お、見ろよ信! この部屋海が見えるぜ!」

「落ち着かないなぁ猛は。部屋についたばかりなんだからお茶でも飲んだら?」


 飛び上がって部屋の窓に張り付いた猛を横目に僕はお茶の支度をはじめ、のんびりとした動作で湯呑の中に緑茶を満たしていく。

 猛は飛び跳ねるようにしながら僕の反対側の席に座ると、お茶をぐびぐびと飲んで返事を返してきた。


「なぁに年寄くさいこと言ってんだよ信! 俺ぁそこの窓から海まで飛び込むつもりだぜ!」

「うん。ほぼ死ぬよねそれ。ていうか海は遠くに見えてるだけだし」


 僕は猛にてきとうな返事を返しながら、机の上に置かれていたお菓子を一口食べる。

 どうやら饅頭のようだけど、甘さが丁度良くて緑茶に最適だ。下のお土産屋さんで売ってるのかな。


「あーでも、こういう甘いお菓子とお茶の組み合わせって安心するよな。なんか眠くなってぐー」

「寝とるー!? ちょ、猛! そんなに疲れてたの!?」

「ううーん、もう国会は食べられないよぅ」

「どういう夢見てんの!? ……いや、まあいいか。とりあえず放っておこう」


 僕は突然夢の世界に旅立ってしまった猛を置いて、のろのろと部屋を出ていく。

 刹那姉ちゃんもしばらくは休憩だって言ってたし、今すぐどこかに行くということもないだろう。

 とりあえず、一階にあったお土産屋さんに行ってみよう。さっきの饅頭が売ってるかもしれないし。

 部屋から廊下に出た僕は、綺麗な板張りの廊下を歩いていく。横目に写る窓の先には丁寧に整備された中庭が見え、改めてこの旅館のレベルの高さを実感した。


「さて、とりあえず一階に降り―――あれっ?」


 お土産屋さんに行こうとした僕の視界の隅に、モブ子さんらしき女の子が通り過ぎていく。

 気づけば僕はその背中を追いかけ、声をかけていた。


「モブ子さん?」

「ひゃいっ!? あ、し、しぐれくん。びっくりしたぁ……」


 背後から声をかけられたモブ子さんは一瞬肩をいからせ、びくびくとしながら返事を返す。

 相変わらずその目は前髪で完全に隠れていたが、なんとなく動揺しているような気がする。驚かせちゃったかな。


「あ、急にごめんね。見かけたから声をかけただけなんだ」

「ううん、私こそ驚いちゃってごめんなさい」


 モブ子さんはどこか困ったように笑いながら、細い声で返事を返す。

 そんなモブ子さんに向かって、僕はさらに言葉を続けた。


「そういえば、こんなところでどうしたの? 僕は一階にあったお土産屋さんを見てみようと思って出てきたんだけど」


 僕はぽりぽりと頬をかきながら、モブ子さんへと質問する。

 そんな僕の質問を受けたモブ子さんは耳を真っ赤にしながら顔を背け、小さく言葉を落とした。


「―――んけん」

「えっ?」

「あの、えっと……たんけん、してたの。私こういう旅館とか泊まったことなくて。楽しくなっちゃって……」


 モブ子さんは恥ずかしそうに両手の先をもじもじと合わせ、控えめな声で言葉を紡ぐ。

 そんなモブ子さんの言葉を聞いた僕は、にっこりと笑いながら返事を返した。


「あー、そっか。ちょっとわかるかも。僕だってお土産屋さんだけじゃなくて色々見て回ろうかと思ってたし」


 家以外の特別な場所に泊まるというワクワク感がそうさせるのか、こういう旅館に来ると探検したくなるのはよくわかる。

 僕は心の底から同意して返事を返した。


「えぅ。へ、変じゃない、かな」

「全然変じゃないよ! むしろ親近感すら感じるくらいだし」


 僕は笑顔のまま言葉を続け、そんな僕の顔を見たモブ子さんはさらに耳を赤くしていく。

 あったかいお茶でも飲みすぎたのかな? 熱があるとかじゃないといいんだけど。


「あ、そうだ! えっと、ね。しぐれくんに伝えたいことがあったの」

「うん? 何かな」


 もじもじと両手の先を合わせるモブ子さんに対し、自然体で返事を返す僕。

 やがてぎゅっと両手を握ったモブ子さんを見た僕が頭に疑問符を浮かべていると、細く控えめな声が響いてきた。


「あの、ね。今回は旅行に誘ってくれて本当にありがとう。桜崎さんや望月さんと仲良くなれて、すごく嬉しいんだ」


 モブ子さんは恥ずかしそうに俯きながらも、しっかりとその言葉を僕に伝える。

 そんなモブ子さんの言葉を受けた僕は、微笑みながら返事を返した。


「そっか。みんなが仲良くなってくれて僕も嬉しいよ。姉ちゃん達にも言ってくれればきっと喜ぶんじゃないかな」


 刹那姉ちゃんやきな子姉ちゃんも突然モブ子さんを誘ってしまったわけだし、この言葉はかなり嬉しいはずだ。

 そしてそんな僕の言葉を受けたモブ子さんは、はにかみながら言葉を続けた。


「あっ、う、うん。お姉さん達にはもう伝えたんだ。凄く喜んでくれて、私もその……すごく、うれしかった」


 モブ子さんはそこで限界を迎えたのか、りんごのように顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 そんなモブ子さんに声をかけようとした瞬間、いつのまにか現れた桜崎さんが嬉しそうにモブ子さんを抱きしめた。


「ありがとう桃園さん! 私も仲良くなれて嬉しいよ!」

「ふぇっ!? さ、桜崎さん!?」


 突然桜崎さんに抱きしめられたモブ子さんはびくっと肩をいからせて驚きながらも、かろうじて返事を返す。

 そんな二人を見た僕は、にっこりと笑いながら言葉を紡いだ。


「桜崎さんいきなり現れたね。忍者かな?」

「それはあずきでしょ。私は桃園さんを追いかけてきただけだもん」

「あ、ご、ごめんなさい。勝手に部屋を出ちゃって」

「いーのいーの。ただ刹那さんがお茶淹れてくれてるから、一緒に飲みたいなって思って」

「あ……うん! じゃあ戻ろうか!」


 モブ子さんは嬉しそうに笑いながら、こっくりと大きく頷いて見せる。

 そんなモブ子さんの笑顔を見た桜崎さんはにーっと悪戯に笑うと、そのままモブ子さんと腕を組んで歩いていった。


「じゃーね、時雨君! 私たちこれからデートだから」

「ふふっ。それは邪魔できないね」

「あ、えっと、しぐれくん。またね」


 桜崎さんに腕を引かれ、部屋へと戻っていくモブ子さん。

 そんな二人を見送った僕は、安心したように胸を撫で下ろした。


「よかった。モブ子さん、迷惑じゃなかったんだ」


 モブ子さんの本音を聞けた僕は安心したように小さく息を落とし、そのまま一階のお土産屋さんへと歩いていく。

 その後部屋で出会った饅頭に再会するのは、そう遠くない未来の話だった。

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